20 / 152
5
しおりを挟む「ああ、素敵なお客さんで良かった!」
地下鉄で帰途につき、自分の小さなアパートに戻った志乃は大きく伸びをした。
ぱっぱと服を脱ぎ、ポイポイとフロアに落とし、そのままバスルームへ直行した。
もう九月とはいえ、残暑が厳しい。
暑い日は、シャワーだけで済ませる志乃だ。
しかし今日はバスタブに湯を張って、ゆっくりと疲れを癒した。
「いつも、あんな人だったらいいのにな」
客の中には、もう二度と会いたくないような、嫌な人間もいる。
やたらと体に触れてきたり、エッチな話で笑いを取ろうとしたり。
やけに偉そうにしたり、オメガの志乃をあからさまに下に見たり。
「でも、章さんは。穏やかで、優しくて。親切で、気前が良くて!」
あ……。
「や、やだな。章さんの誉め言葉なら、いくらでも出てきちゃう」
特定のお客様に、過剰な好意を持つことは、NG!
志乃は勢いよくバスタブから出ると、体を拭いて部屋着を身に着けた。
リビングへ戻り、まずはプレゼントのバッグを手にした。
「これ、高く売れるよね!」
志乃は、客からもらったプレゼントは全て、ネットオークションで売りさばいている。
他のスタッフもやっている、生きて、生活していくための知恵だ。
「でも……。あれ? 何か僕、変……」
売りたくないのだ。
章からの贈り物は。
これを肩から下げて、また彼に会いたいと思ってしまうのだ。
バッグを大切にテーブルに置くと、志乃は静かに脱ぎ散らかした服を拾い集めた。
「何か、いい匂いがする……。リンゴみたいな、章さんの匂い……」
服に染み付いた、章の残り香を、志乃は吸った。
「楽しかった、な……」
思い出にするには早すぎる、甘酸っぱい匂いだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる