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しおりを挟む「章さん。ちょっと、いい?」
意外と早くバスルームから出てきた志乃は、眉根を寄せていた。
「どうしたの?」
「何か、外に人がいるような気がして」
だから早々に、お風呂から上がって来た、と言う志乃だ。
「変だな」
章の家は、四方をぐるりとフェンスと生垣で囲んである。
庭へ入るには、門をくぐる必要があるのだが、鉄扉が鳴った気配はなかった。
「外を見てくるよ」
「気を付けてね」
ソファから立ち上がり、章はすでに暗くなった屋外へ出た。
東の空を覆う道路向こうの小山が、昇り始めた月の光で輝いている。
「誰かいるのか?」
声を上げながら、章は家をぐるりと一周した。
だが、人の気配はない。
「気のせいかな」
もう一度、玄関のポーチへ戻った章の耳に、かすかに志乃の声が聞こえた。
「……さん。章さ……!」
声のした方向をとっさに振り向いた章の目に、黒い乗用車が見えた。
ここは、章の所有する敷地だ。
そこに無断で停めてあったセダンが、急発進して逃げるように消えて行った。
「まさか。……志乃くん!?」
大急ぎで屋内に駆け込み、志乃の名を呼んだが、返事が無い。
ソファには、志乃が髪を拭いていたタオルだけが、残されていた。
玄関に戻ってみたが、彼の靴はそのままにある。
「裸足のまま……。まさか、誘拐!?」
乗用車の消えた方角には、闇が残るばかり。
「志乃くん!」
章の声だけが、その暗がりの中に溶けて行った。
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