浮気され離婚した大公の悪役後妻に憑依しました

もぁらす

文字の大きさ
18 / 63

17話『月の灯に溶ける口づけ』

しおりを挟む



「レオニス、もう大丈夫」

私がそう声をかけてやっと、彼の手が止まった。
しんとした夜気が満ちる。

外では風が木々を揺らし、遠くで波が微かに返る音がする。

布団の中で、私は顔を埋めたまま呼吸を整えた。
月明かりが薄く差し込み、部屋の灯火と溶けあって、静かな影を落とす。

その影がふいに揺れる。
衣擦れの音とともに、そっと布団の端がめくられた。

「……顔が見たい」

掠れた声が、夜の空気に溶ける。
光の筋が差し込んで、頬まで真っ赤に染まった私の顔を照らした。

レオニスの瞳が、月光を映してきらりと光る。
その視線に捕らえられ、身動きができない。

「セレーネ」

指先が頬に触れた。

灯の温もりが滲むように、胸の奥がまた熱を帯びていく。


「……口づけをしてもいいか?」

掠れた低い声が、夜気を震わせた。
胸の奥がひゅ、と鳴る。

その問いは、命令ではなく、確かに“許しを乞う”響きをしていた。

「……そんなこと……」

問い返したつもりだったのに、声が掠れて言葉にならない。
レオニスの指が、そっと顎の下に触れる。

ゆっくりと、逃げ道を塞ぐように顔を上げさせられた。

月光が彼の睫毛を白く縁どる。
その距離の近さに、息をすることさえ忘れる。

「嫌なら、言え」

唇が触れる寸前、微かに震えながらそう呟いた。


次の瞬間、柔らかな熱が静かに重なり、灯火がかすかに揺れた。

最初は触れるだけの口づけだった。

けれど次の瞬間、彼の指が頬から後頭部へと滑り、逃がさぬように包み込む。

唇の温度が深くなる。

息を吸うたびに、胸の奥で何かが溶けていく。

「……んっ」

触れた箇所が熱を持ち、頭の芯まで痺れるような感覚が広がる。

「やめてほしいなら、止める」

低く囁かれて、首を振ることしかできなかった。

その仕草に、彼の喉が小さく鳴る。
次の瞬間、深く、貪るように唇が重なった。

灯火がふと消えかけ、月光だけが部屋を照らす。
銀の光が、絡み合う影を滲ませていた。


唇が重なって、どれほどの時間が経ったのか分からなかった。

ただ、互いの息が混ざり合い、月の光だけが静かにその輪郭を照らしている。


「……セレーネ」

低く、囁くように名前が呼ばれる。
その声が、唇越しに震えを伝える。

彼の指が頬をなぞり、髪を撫で、首筋へ。
触れられるたび、身体の奥が熱を帯びて、理性が少しずつ形を失っていく。

舌が絡む。

甘く、静かに、けれど確かに貪るように。

彼の息が頬に落ちるたび、胸の奥が小さく軋んだ。

「もう……」

言葉にならない声が漏れる。

けれどレオニスは応えず、ただその唇で、また私を塞いだ。

何度も、何度も。
夜の深さに比例するように、接吻は深まり、途切れることなく続いた。

月光が淡く滲む。

消えかけの灯火が静かに揺れ、二人の影だけが、ひとつに溶け合っていく。

熱を帯びた吐息が頬をかすめ、ふたりの距離は少しも遠のかない。

「……まだ、足りない」

その響きに、胸の奥がざわめく。

再び唇が触れた瞬間、それはもう穏やかなものではなかった。

むさぼるように、確かめるように。

まるで――初めてキスを覚えたかのように、不器用で、切実な熱を帯びていた。

息が合わなくなるほど近くて、どちらの鼓動が早いのかわからない。

唇の隙間から漏れる息さえ、甘く震えて絡み合う。



理性を保とうとするのに、触れ合うたびに、もっと深く沈んでいく。


息を整えようとするたび、彼のぬくもりが肌に残っているのがわかる。

――どうして。

どうして、こんなにも胸がうずくのだろう。


拒めばいい。


それなのに、身体は正直に彼を求めていた。

触れられるたび、痛いほど心が脈を打つ。
まるで、愛しいという感情がそこに生きているみたいに。

でも、ダメだ。

私はこの先の未来を知っている。
深みにはまって、また痛い思いをするのは嫌だ。

――それなのに。

レオニスの腕の中にいると、その考えが遠い夢のように霞んでいく。

苦しいのに、温かい。

ふと、先程の夜を思い出す。

光街灯が川面に滲み、金糸の波がゆらゆらと揺れていた。
風に髪をさらわれながら、彼は何も言わずにその景色を見つめていた。

――クスリと笑ったレオニスの顔を思い出す。


あの時、胸の奥が熱くなって、その気持ちに気づかないふりをした。

もし、この時間がずっと続くのならと考えが過ぎる。

胸の奥が痛くてたまらない。


触れているのに、どこか遠い。

手を伸ばしても、いつかは届かなくなる。


これはただの情、同情、あるいは一時の錯覚。
そう言い聞かせるたびに、胸の奥が締めつけられる。

どうして――こんなにも苦しいのだろう。
  

なのに、触れられるたび、理性が音を立てて崩れていく。


この想いを育ててはいけない。
この温もりを、願ってはいけない。

だって、この先には“終わり”が待っているのだから。



この人は、リディアの元へ必ず戻る。


その未来を受け入れているのに、どうしてこんなにも――抗えないのだろう。


胸に残るぬくもりを両手で押さえつける。
まるで、その熱を心の奥に封じ込めるように。


――お願いだから、これ以上、惹かれませんように。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』

由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。 婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。 ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。 「君を嫌ったことなど、一度もない」 それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。 勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...