浮気され離婚した大公の悪役後妻に憑依しました

もぁらす

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※27話『堕ちゆく先』

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 ——ああ。
 なぜ、こんなにも触れれば触れるほど壊れそうなのだろう。

 そう憂(うれ)いりつつも、壊してしまいたい願望にかられる。

 腕の中に抱き寄せながら、胸の奥でなにか黒いものが、ゆっくりと息を吹き返した。

 その時だった。

 「……少しだけなら」

 セレーネがそう言った一瞬——俺の中で、タガが外れた。

 
 それは、たった一滴の水が砂漠へ落ちた程度のものかもしれない。
 しかし俺にとっては——飢えた獣に差し出された餌のようだった。

 衝動に任せ唇を重ねた瞬間。
 理性は、細い糸のようにぷつりと音を立てて切れた。

 欲しい。
 触れたい。

 彼女の震えを腕で感じるたび、その震えの理由を、俺だけのものにしたい衝動が喉の奥で燃え上がる。

 セレーネの唇が触れるだけで、呼吸が苦しくなる。
 こんなにも苦しくなるほど欲しがるなど——俺はいつからこんな男になった?

 いや。
 最初から、だったのかもしれない。

 拒まれ続けた日々。
 寝室を出ていかれた朝の、あの空虚。

 思い出しただけで胸が締めつけられる。


 セレーネは戸惑い、俺の腕の中で小さく息を呑んでいる。

 ああ、かわいい。
 たまらなく。

 どうにか逃げようと様子を伺っているのを察する。

 「……離れようとするな」

 唇が触れたまま、声が低く漏れる。


 俺から逃げようとするな。

 逃げ足ごと抱きしめ潰してしまいそうな力が、腕に宿る。

 セレーネが怯えたように目を瞬かせる。

 
 違う。
 恐れてもいい。
 その震えですら、愛しい。


 愛さなくていいと言ったが——そんなものは嘘だ。

 愛して欲しい。
 俺を求めて欲しい。

 言葉で得れないのであれば、身体で確かめるまで。

 自制心はもう残っていない。
 胸の奥から溢れる何かをどう表せばいいのかわからない。


 ただ、蜜にまみれるその反応は、甘い痺れが走らせる。


 愛されたい。
 求められたい。
 今すぐ欲しい。
 全部。

 「……セレーネ」

 名前を呼ぶだけで喉が焼ける。

 セレーネの肌に触れる、たったそれだけで意識が真っ白になる。

 ああ……だめだ。もう、我慢なんてできない。

 何度も自制するのに、セレーネを前にすると制御が効かなくなる。


 セレーネ、セレーネ、セレーネ。


 セレーネの香り、鼓動、温度、すべてが俺を狂わせる。

 獣のように、喰らうように、さらに強く彼女を抱き寄せる。

 いつもだ。

 ——ぷつん、と音がする。
 ほんのわずかな理性の繋ぎ目が、切れてしまう。

 ああ、もう止められない。


 「……セレーネ」

 名前を呼ぶたびに、セレーネから甘い吐息が漏れる。

 壊してしまいたい。
 彼女の全部を奪ってしまいたい。

 そんな感情が胸の奥で燃え上がり、形を変えていく。
 焦がれ、苛立ち、渇望し、そして黒い感情に支配される。


 こんなにも怯えた顔をしているのに、俺の腕の中から本気で逃げるという選択をしない。

 なぜ逃げないのか。
 なぜ震えたまま受け入れる?
 そんな姿を見せられたら——

 確信してしまうではないか。

 唇を離した瞬間、セレーネの喉の奥から低く、掠れた声が溢れた。

 セレーネの目が揺れる。
 怯えと、迷いと、少しの戸惑いが混ざった熱った色。

 美しい。

 抱き寄せた腕が、自分でも驚くほど強くなる。

 「や、やめ……レオニス……っ」

 弱々しい拒絶。
 押し返せない腕。

 そのすべてが、俺の中の炎を煽った。

 「……駄目だ」

 ゆっくりと言い返した。
 
 彼女は知らないだろう。
 俺がどれほど——この声を、この温度を、この体を求めているのか。

 おまえが逃げるたびに……この想いは募るばかりだ。



 いつも、理性なんてものは跡形もなく溶けていく。



 セレーネの指を絡め取った。
 震えているのに熱くて、小さな指。

 喉奥で熱が唸る。

 セレーネの瞳に涙が滲む。

 その涙すら美しくて、壊したくて、愛おしい。



 もう限界はとうにこえていた。

 唇が触れ、そのまま執着の深みに落ちていく。

 彼女の震える呼吸、
 甘い香り、
 細い肩……すべてが俺を狂わせる。

 指先が彼女の秘部に触れた瞬間、身体がびくりと震えた。

 その微細な震えが、自分の手の中で熱を帯びていくのがわかる。

 ……俺に感じて濡れている。

 胸の奥がぞくりと痺れた。

 呼吸が乱れ、押し殺すように喉が震えて、セレーネの指先が俺の腕を掴んだ。

 桃色に染まった身体が熟れている。

 

 その姿が更に俺の理性を容赦なく削っていく。

 俺に触れられて反応する姿に、視界が揺れる。

 セレーネの膝が震え、浅い息がこぼれ、堪えようとするほど身体が熱で締まる。

 ——もう駄目だ。



 俺の舌先の動きにセレーネは恥ずかしさで頬を染め、唇を噛みしめて、首を振る。

 その仕草が更に俺を煽る。


 「……やめて……そんな……」

 「……」


 呼吸が触れ合い、セレーネの心臓の音が俺の胸に直接響いてくる。

 その震えが、熱が——更に俺を狂わせる。


 セレーネの瞳が揺れる。
 涙がにじむ。
 その弱い表情が、俺を深くえぐった。

 「レオニス……お願い、やめ……」

 本当に“やめてほしい”のだろうか。

 “感じているから、これ以上は堪えられない”

 いつもそう言うセレーネは、最後は欲しいと涙ぐむ——だから俺はそう理解している。


 「……セレーネ」

 唇をそっと触れさせる。

 「欲しければ言わぬと……」

 喉の奥が熱で唸る。

 「……欲しいです」

 その言葉は、闇に沈んでいった。

 「レオニスっ……!」

 涙をにじませて俺の名前を呼ぶ声。

 抱く腕が熱に沈む。

 「……俺だけが知っていればいい……」

 闇に堕ちゆく瞳で、彼女をまっすぐ捕らえながら囁いた。

 「全部、俺のものだ」

 吸い付く熱が肌に、胸の奥が灼けた。

 

 もう戻れない。

 頭では分かっているのに、身体が彼女の熱に引きずられる。

 触れた部分だけじゃない。
 呼吸の震えも、指先の強張りも、すべてが俺の皮膚に張りついて離れない。


 脳がじりじりと痺れていく。
 理性の縁が、熱で溶けて崩れはじめる。

 
 自分でさえ驚くほど“欲”に濡れていた。

 セレーネがびくりと身体を震わせる。

 その反応ひとつで——視界が真っ黒に染まる。


 胸が焼ける。
 思考が切れる。

 自分で自分を止められない。
 抗えない。
 落ちていくことすら心地いい。

 「……そんな声を出すな」

 セレーネの鳴く声が掠れている。
 それが苦しいほど熱い。


 身体中の血が一箇所へ押し寄せた。

 セレーネの香りが満ちると——視界がぐらっと傾く。


 血が脈打ち、筋肉という筋肉が熱で痺れる。

 セレーネは必死に俺の肩を押す。

 その小さな抵抗が、かえって俺を刺激した。

 「……逃げようとするな」

 低く唸るような声が漏れる。


 呼吸が荒ぶ。
 胸が上下しすぎて、苦しいのに——その苦しさが快感へ変わっていく。

 セレーネが果てるたびに、自分の奥底にある何かが剥き出しになる。

 抑えつけてきた“雄”の衝動が、全部、皮膚の裏から這い出てくる。

 

 手のひらで彼女の腰を捕まえる。

 そして無意識の中、激しく中に入れた。


 セレーネの声が震え、唇が熱く乾き、喉が嗄れたように喘ぐ。

 締め付けの苦しさが快感に変わって、その二つの境界が消えている。

 ——狂っている。

 その自覚はあった。



 

 俺に呼応するようにセレーネの呼吸の乱れが激しくなる。

 指先だけで、跳ねる。
 引けば追ってくる。
 触れれば蕩ける。


 焦らすたびに、彼女の声が少しずつ高く、細く、甘く崩れていく。


 蕾に触れた俺の手が動くたび、セレーネは必死に唇を噛んで声を殺そうとする。

 たまらない。

 “少しだけ”と言った彼女につけ入るのは——簡単だ。

 

 「……感じているくせに」

 そう囁くと、セレーネの身体はいつもさらに熟れていく。

 俺の手ひとつでどうにでもなる素直な身体に、芯が熱くなる。

 ああ、可愛いセレーネ。

 もっと欲しくなる。
 もっと壊したくなる。
 もっと俺だけのもので満たしたくなる。


 そのたびにセレーネは泣きそうな声で喘いで——最後には。


 「……や……気持ちいいっ……」

 ……血が、逆流していく。

 胸の奥を殴られたみたいに熱が広がり、ずっと抑えていた何かがぶちぶちと切れていく。

 俺はセレーネを見ると、頬を赤く染め、涙をにじませ、俺の手を必死に求める顔。

 その姿が——美しすぎて。

 唇の端が、勝手に上がった。
 堪えきれないほどの愉悦が胸を満たす。

 

 そっとセレーネの顎を掴み、涙の縁を親指でなぞりながら囁く。

 「おまえの……望むままに」

 

 息を吸い込むだけで、彼女の甘い香りが肺まで満ちていく。

 理性なんてもう欠片もない。

 ただ——圧倒的な支配欲だけが残った。

 

 どこまでも、——堕ちればいいだけだ。

 俺が囁いた瞬間、彼女の瞳が大きく揺れて、熱が滲んだ。

 その反応があまりに可愛くて、腹の底が熱く満たされる。

 
 怯えと戸惑いと、抑えきれない熱が混ざっているその体温に、沈んでゆく。

 腰に手を回し、彼女の身体を自分の膝の上へ引き寄せる。

 絡ませ合う舌と、絡み合う下腹部が連動しているかのように、セレーネはのけ反って果てた。


 喉奥で笑いそうになる。

 可愛い。
 どうしようもなく、壊したくなるほど可愛い。

 俺の腕に抱えられた彼女は、完全に俺の支配下に落ちている。

 「もうやだ……」


 その声一つで、体の奥まで熱が走る。


 欲望が胸を焼き、彼女の耳元に顔を寄せる。

 そして頭を撫でる。


 「欲しいと言ったのはお前だぞ……セレーネ」

 耳たぶに唇が触れ、彼女の身体がびくりと跳ねた。

 逃げようとした腰を、片腕でしっかりと抱き寄せる。

 「まだだ」

 低く命じると、セレーネの呼吸がひゅっと細くなる。

 その首筋に、唇を落とした。

 最初は優しく。
 次に深く。
 そして——噛む寸前でやめる。

 そのたびに、彼女の呼吸が乱れ、俺の胸が狂気じみた熱で満たされていく。

 これは長い“堕落の儀式”だ。

 指先を、ゆっくりと太ももへ滑らせながら囁く。


 「俺の手で……お前が壊れてゆくのがたまらなく愛しい」


 彼女の身体が、震えて、揺れて、しがみついてくる。

 そうだ。
 それでいい。

 それがいい。

 「堕ちてくれ。俺に」

 耳元で囁き、唇が彼女の首筋をなぞる。

 セレーネが声にならない声で震えた瞬間——俺も中に吐き出した。

 熱の中心へ滑り込み、セレーネが息をきらせて力を失った。

 俺に堕ちていく彼女を、ずっと支配したい。

 理性のない声はどこまでも俺を狂わせる、
 余裕のない叫び。

 もっと聞かせてくれ。

 指をひと撫でしてやると、彼女は息を呑み、俺の服をぎゅっと掴んだ。

 「…嫌い……」

 喉奥から絞り出すように。
 泣きそうに。
 縋るように。  

 そう言って、また締め付ける。

 たまらなかった。

 胸の奥が痺れるほど悦びで満たされる。

 「……そうか」

 俺はゆっくりと彼女の腰をまた引き寄せる。
 逃げられないように、完全に体を重ねるように抱き締める。

 セレーネは肩を震わせて俺にしがみつく。

 その動物的なまでの反応が、俺の理性をまた吹き飛ばしていく。

 「——可愛い」

 囁きながら、彼女の髪に指を差し込み、首筋に唇を押し当てる。

 震えて、
 息を乱して、
 必死に耐えようとして耐えられず、
 俺の肩に爪を立てるセレーネ。

 その必死さに、全身が焼けるような熱で満たされる。

 

 抑えろという方が無理だ。

 「セレーネ」

 名前を呼ぶたびに、彼女の身体が反応する。

 そのひとつひとつが——どこまでも俺を狂わせていく。


 俺の中の獣が目を開ける。

 このまま、意識を奪うほどに甘やかして、返事もできなくなるほどに蕩かして、この狭い馬車で——完全に俺のものにしてしまいたい。

 「セレーネ」

 もう一度名前を呼び、彼女の顎に触れ、顔を上向かせる。

 瞳が潤んで、焦点が合っていない。

 

 俺は、微かに笑った。



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