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29話『湯煙に溶ける支配欲』
しおりを挟む「……酷いです」
ぐったりとレオニスの胸にしがみついたまま、恨み節を搾り出す。
「悪かった」
謝る声が、どう聞いても嬉しそうなのは気のせいだろうか。
「痛いと言ったのに……!」
「悪かった」
「もう……嫌いです……!」
ぷい、と顔を背けた私を見下ろしながら、レオニスはなぜか幸せそうに息をついた。
「嫌いと言われれば言われるほど虐めたくなる」
ひぃ!
「好きです」
「俺もだ」
……。
「嘘です、嫌いです」
そう言う私を見て、レオニスは堪えきれぬように口元をほころばせた。
「ほっ、本当ですからっ」
慌てて睨み返す私を見ながら、レオニスはゆっくりと、名残惜しげに腕を緩めた。
「……いい加減、降りないとだな」
「えっ……あ、あの、ちょっ……!」
さっきまで乱されていた身体は、まだ思うように動かない。
どこをどう触れられたのか、熱が残っていて、ドレスの布が肌に触れるだけで変に意識してしまう。
レオニスは、落ちたストールを拾い上げ、まるで宝物でも扱うように肩へ掛けてくれた。
彼は私の背に手を回し、ドレスの留め具をひとつずつ整えはじめる。
その指が触れるたび、びくっと肩が跳ねた。
「動くな。留めづらい」
最後の留め具を留めると、レオニスは手を止め、少しだけ近づいてきた。
耳元で低く囁く。
「着せてしまうと……もう一度脱がせたくなる」
「もっ、もう結構ですっ!!」
「ああ。ここではな」
ひぃぃぃっ。
もう無理ぃぃぃぃ!!
私が真っ赤になったのを見ると満足したのか、彼は扉に手をかけた。
そして淡々と何事もなかったかのような顔で、私を軽々と抱き上げて外に降り立つ。
外で待っていたグレイとは恥ずかしくて目が合わせれない。
私はレオニスの肩に顔を埋め、目を閉じた。
絶対聞かれてた!!
恥ずかしい!!ここから消えたい!!
そのままなすがまま抱えられて屋敷へ入り、部屋を見て私は息を呑んだ。
「…………は?」
そこには——
堂々と置かれた、巨大な天蓋付きベッドが一つ。
ちょっ、
「グレイ!!」
私はつい声を上げた。
「寝室は別にしてってお願いしたじゃない!!どーゆーことおおおお!!」
「問題はないかと?」
問題しかないでしょおおおおおおおお!!
「あのねぇっ……」
頭上から、低い声が落ちた。
「……問題あるのか?」
「問題が多々、いや、大アリです!」
「寝室は同じでいい」
「ちょっ……!」
「心配するな」
淡々と、しかしどこか楽しそうに。
「おまえ次第だろう?」
腰がまだ震えている私は、もう何も言い返せなかった。
「……ばっ」
「湯の支度が出来ている」
「…………へ?」
あまりに自然な口調で言われ、私は思わず固まった。
そしてそのまま、奥にある浴室に向かってレオニスが歩き出した。
「えっ、えっ、まっ、まさか!!?」
「おまえと湯浴みに入るのは初めてだな」
「だ、大丈夫です!1人で入れ——」
「——却下だ」
即死級の破壊力を持つ言葉を、平然と落としてくる。
「そんなヘナヘナした動きでは湯が冷めるだろう?」
「そういう問題じゃないーーー!!」
湯気の立つ浴室へ運ばれていく。
「では、私はこれで」
背後でグレイの小声が聞こえた気がした。
*
浴室。
湯気が淡く視界を曇らせ、自分の鼓動だけがやたらと大きく響く。
そんな中で、レオニスは静かに私を床へ降ろし、本当にさっき言ったとおりに服を脱がせてきた。
「ま、待って、あの……っ」
肩、腕、背中——
ひとつひとつ、確かめるように。
その動きが、どこか狂気じみている。
「……赤い」
「え?」
彼の指が、背中に触れた。
「痛むか?」
「っ……そ、それは……っ」
痛いのはそこじゃないのよ?
お股が痛いのよ。
レオニスは、わざと私の視線を捕らえるように顔を寄せてくる。
「いちいち反応が可愛いな、おまえは」
そう、喉の奥で笑った。
——獣が喉を鳴らすみたいに。
湯桶に湯を汲み、温度を確かめてから、私の足首へそっと流す。
驚くほど優しい。
胸がぎゅう、と締めつけられた。
「熱くないか」
「だ、大丈夫……です」
「痛むところは、全部俺に言え」
その声音は温かいのに、どこまでも深い独占欲がにじむ。
まるで——
“お前の体は俺以外に触れさせない”
と、静かに刷り込むようだった。
痛いところ言うと舐めるでしょアンタは!!
レオニスが私の頬に指を添える。
「顔が赤い」
「だ、だって……恥ずかしいし……」
「恥じる必要はない。お前は全てが美しい」
「なっ……!」
顔が一気に熱くなる。
するとレオニスは、わずかに眉を寄せ、低く囁いた。
「……その反応も、俺を狂わせる」
告げられた瞬間、浴室の空気がまた一段と濃くなる。
「この痕も……全部、俺がつけたものだ」
湯気の中で、彼の瞳がゆらゆらと揺れた。
湖より深い青が欲望で濡れている。
「こっ、こんなにされては困ります……っ」
「どうして?」
馬鹿みたいに真剣な声で言う。
息が止まりそうだった。
「セレーネ」
名前を呼ばれ、肩が跳ねる。
「……虫避けだ」
ひどく真っ直ぐで、重い。
「だから……見せつけてやればいい」
気づけば、私は言葉を返せずにいた。
浴室の湯気の中、レオニスがそっと髪を撫でる。
その触れ方が、
怖いほど優しくて。
胸の奥が、ふるふる震えた。
湯気が白く漂う浴室の中で、レオニスは一度、深く息を吸った。
まるで——
自分の衝動を押さえ込むための呼吸。
そのあと、静かに言った。
「……髪を洗ってやろう」
逆らえない気配だった。
するとレオニスは湯桶を置き、私を湯船に抱き抱えてそっとおろすと、背後に膝をついた。
指先が、私の髪に触れ、そっと髪をすくい上げる。
濡れた髪を手のひらにまとめ、絡まないように指を通していく。
その触れ方が、
——あまりに丁寧で。
「……セレーネの髪は、柔らかいな」
低く落とされる声が、耳のすぐ後ろで震える。
「こんなに細い。少し強く梳いただけで切れてしまいそうだ」
静かに言いながら、指先がゆっくり頭皮へ触れる。
指の腹で、そっと円を描くように。
くすぐったいような、心地よいような……息が詰まりそうになる。
「痛くないか」
「だ、大丈夫……」
「ここは?」
後頭部に触れる。
「……うん」
「ここは」
首筋に触れる。
……
「っ……!」
「……反応がいい」
そこは髪じゃないでしょおおおおおお!!
レオニスの声が熱を帯びている。
湯気の中で、境界がどんどん溶かされていく。
「セレーネ」
指がゆっくりと髪を梳く。
嫌な予感しかしない。
「心配するな……髪を洗うだけだ」
言葉の端に、かすかな苦笑と、自制の影があった。
少しだけ、ホッと胸を撫で下ろす。
「……安心しろ。抱くのは、寝床の上にする」
冗談ですよねえええええ!!?
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