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※30話『湯気の向こうに沈む衝動』
しおりを挟む湯は、静かに波打っていた。
私が沈むたび、淡い湯気がふわりと揺れて立ちのぼる。
髪を洗い終えたのか、背後でレオニスが湯を自分へゆっくりとかける水音が聞こえる。
その瞬間——
ちゃぷん、と湯の表面が大きく揺れた。
レオニスの長い足が湯に入り、次の瞬間には、彼自身が湯船へとゆっくり身を沈めていた。
「……」
息を止めたまま固まる私。
だ、だだ、だって——視界に“堂々と存在感を主張するもの”が入ってきたんだもんっ!!
見たくて見たわけじゃない。
視界に勝手に飛び込んできた。
事故だ。完全に事故。
それにしても。
……どれだけ元気なのこの人……!?
私は慌てて視線を逸らす。
湯気が熱いのか、顔が熱いのか分からない。
その間に、レオニスは何の迷いもなく私の背後へ回り込み、当たり前のように、湯の中で腕を伸ばし——
水の抵抗をすべるみたいに、すっと私の身体を抱き寄せた。
背中が彼の胸に触れた瞬間、呼吸が止まる。
「……茹だったか?」
低い声が、首筋にかかる。
「熱いです……」
「……このあと」
低い声が、湯気の奥から落ちてきた。
思わず肩が大きく跳ねる。
「えっ……?」
また……また何かされるの!?
と身構えた私の反応に、レオニスがわずかに瞬きをした。
そして、過剰に怯えた私を見て、小さく息を吐く。
「……食事のあとに、少し湖を見に行かないか?」
「あっ……ああ!!」
反射的に胸を押さえる。
び、びっくりした……
またすけべなこと考えてるのかと思った……
ごめんなさい……!!
気まずさで耳がじんじん熱くなる。
「見たいです。さっき——全然見れなかったから」
そう言った瞬間、自分で言って自分思い出して赤くなる。
レオニスは湯の中で体勢を少し変え、私の背中越しに穏やかに微笑んだ。
「……おまえは、気持ちよくなるとすぐに意識が遠くにいってしまうからな」
「意地悪言わないでください、もっと嫌いになりますよっ」
ぷしゅーーーッと湯気が心の中で噴き出る。
レオニスは喉の奥で静かに笑う。
あの、ずるくて、甘くて、理性を壊す声で。
「……いいのか?そんなことを言って」
レオニスの声が、湯気を震わせるように低く落ちた。
次の瞬間、私の唇は塞がれた。
触れたと思ったら、もう深くまで絡め取られている。
舌先が迷いなく入り込み、逃げ道なんて最初から与える気がない。
「……っ……ん……!」
息が奪われ、頭がぼうっと霞む。
キス、なんて軽い言葉じゃ足りない。
レオニスはゆっくりと顔を離し、溶けそうになっている私の頬に指を添えた。
「おまえの言葉を封じるには、これが一番だな」
くっ……!
悔しい。
悔しいけれど、どうしようもない。
だってこの人のキスは——甘くて、熱くて、気持ちよすぎる。
「……もう、ほんと嫌い」
意地で言い返すと、レオニスは微かに笑った。
「わざとか?」
「他に何を言っても聞いてくれないでしょう?」
「ああ。そうだな」
囁くと同時に、彼はふたたび私の口を塞いだ。
今度はもっと深く。
もっと執拗に。
舌が絡まり、吸われ、味わわれる。
濃密で、溺れるようで、息なんてとっくに足りない。
「……ん、っ……ふ……っ……」
湯気と水音が微かに響く中、レオニスはまるで噛みしめるように口付けを降らせ続けた。
唇を離しても終わらない。
下唇を甘く吸い、舌先でなぞり、また重ねてくる。
逃げられないように腰を抱かれ、その腕の強さに思わず背筋がふるりと震えた。
ああ、痛くて痺れているはずなのに、それより先に、身体の奥がじわじわ熱を帯びていく。
湯の中で、レオニスの硬くなった熱が私の下腹に触れてしまっている。
意識が、その一点に引きずられる。
——ああ、擦りたい。
太ももの間に挟んで、気持ちよくなりたい。
もう考えられるのはそれだけ。
「……レオニス……」
ふらつく声が、自分のものとは思えなかった。
執拗に弄ばれ続けた身体はもうおかしくて、
触れられるだけで火照りが一気にひらく。
そんな私を見て、レオニスの喉がひくりと鳴る。
「……その顔をするな」
低く掠れた声。
責めるようで、堪えているようで——その色が余計に、私を掻き立てる。
気づいたら私は、無意識のうちに彼の首へ腕を回していた。
膝の上に跨り、胸元へ縋るように抱きつく。
肌が触れた瞬間、レオニスの呼吸が止まった。
「また腫れ上がってしまうぞ?」
そう言われても、もう理性なんて残っていない。
私はそのまま、腰を小さく揺らした。
湯の中で、お互いの熱が擦れ合って——電流みたいな快感が走る。
ああ。
気持ちいい。
もう気持ちいいことしか考えたくない。
「……セレーネ」
レオニスの声が低く震える。
次の瞬間、彼の腕が強く私を抱き寄せ——そして、迷いを噛み殺すように引き離した。
「っ、どうして——!」
寸前で止められて、身体の奥がきゅっと疼く。
熱い息が漏れるのを抑えられない。
レオニスは、苦しげに眉を寄せた。
「……抱きたいのは、やまやまだが」
のどの奥で押し殺すような声だった。
「だが……顔が真っ赤だ」
その言葉を聞いて、やっと気づいた。
自分が湯気と熱と欲で、完全に茹だってしまっていることに。
レオニスはそっと私を抱き上げ、湯船から出る。
そして——額に、やわらかく口づけを落とした。
「……湯冷ましをしないと」
理性で縛りつけた声。
欲を必死に抑えている、危うい温度。
それが、痛いほど愛しくて——胸の奥で何かがまた、熱く揺れた。
浴室の湯より、ずっと熱いものが背中を走った。
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