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31話『静かな食卓、満ちる心』
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気づけば——私はふかふかのベッドの上にいた。
肌触りのいいバスローブを着せられ、髪もゆるく乾かされていて、湯浴みの熱が心地よく残っている。
ぼんやりと目を開けると——すぐ横に、レオニスがいた。
片肘をついて横になり、枕元に頬杖をつきながら、穏やかな光を宿した瞳で、ただ私を見つめている。
その表情は、いつもより柔らかくて——どこか幸せそうだった。
「……気絶するように寝ていたぞ」
「えっ……?」
「しがみついたままな」
喉の奥でかすかに笑いながら、レオニスは指先で私の頬に触れた。
「可愛いな……」
その声音があまりにも優しくて、私は思わず、ばっ、と上半身を起こしてしまった。
「き、気絶って……!」
耳まで真っ赤になりながら抗議すると、レオニスは楽しそうに目を細めた。
すると——手にしていた小さな鈴を、軽く鳴らす。
チリン、と涼やかな音。
その瞬間、扉の外から足音が近づき、食事のワゴンが静かに運び込まれてきた。
「……腹が減った」
レオニスはそう呟いて、当然のように私を見た。
「えっ、まさか……待っていてくれたのですか?」
「当然だろう?」
あまりに自然な顔で言われて、胸がきゅっとなる。
我慢をした顔でもなく、飢えた様子でもなく、ただ——嬉しそうに笑っていた。
食卓へ向かうレオニスの横顔はどこか誇らしげで、いつもより肩の力が抜けて見えた。
「……おまえと食べる食事は美味いからな」
振り返りざまに言われた言葉が、胸の奥で静かに波紋を広げた。
たったそれだけなのに、湯気よりも温かくて。
心が揺れた。
レオニスは席に座ると、私が席につくのを待って、静かにナプキンを広げた。
「……いただこう」
「は、はい」
並べられた料理は、旅路の疲れを癒すような優しい味のものばかりだ。
スープをすくうレオニスの横顔はどこか満足げで、眠たい子どもが大好きなおもちゃを手に入れた日のような、そんな穏やかさがあった。
「……そんなに見るな」
「見っ、みてませんっ」
「……スープ、冷めるぞ」
「あ、はい……」
ぽつぽつと他愛もない会話をする。
トルネアで食べたあの屋台の料理が美味しかったとか、このあと行く湖が楽しみだとか、
そんな、ただの雑談。
でも不思議と、胃の奥に落ちていくあたたかさはいつもより何倍もやわらかく感じた。
「うまいな」
レオニスがふいに言った。
「ここの料理、好きなんですか?」
「料理ではない」
「え?」
「……おまえと食べる食事が、うまい」
レオニスが当たり前のことのように言う。
むず痒くて、胸の奥がじんと熱くなる。
そして、ギュッと締め付けられるような痛みが走る。
「そんなの……ずるいです」
「何が」
「なんでもないです」
レオニスの事が嫌いなわけじゃない。
このままでも、いいとさえ思っている。
でもこの先の感情を認めてしまえば、私には破滅しか待っていない。
料理が半分ほど消えるころ、レオニスが言った。
「……食べ終わったら、湖へ行こう」
「はい。楽しみです」
自然と笑みがこぼれた。
湖の青は、あの透明な光は——ちゃんと、今度こそしっかり見たいから。
そして、レオニスはその笑みを見て、なぜか少しだけ息を呑んだように見えた。
「……よかった」
「え?」
「……おまえがいてくれて」
語尾に乗る微かな揺らぎが、胸の奥の深いところにすっと沁み込んだ。
食後の温かさよりも、
湯浴みの余韻よりも、
ずっと深く、ずっと甘く。
——温かい。
このままじゃ、ダメなのかな。
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