浮気され離婚した大公の悪役後妻に憑依しました

もぁらす

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33話『リディアの虚構』

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エルゼリアの入口は、まだ水が引いたばかりの湿った土の匂いがしていた。

私が祈祷服の裾を掴んで馬車を降りると――ざわ……と民の視線が一斉に集まった。

その瞬間、私は微笑んだ。

「……まあ。皆さま、ご無事で……」

声を落とし、少し震わせる。
“慈悲深い私” を演じるために。

すると、最前列の老女が手を合わせた。

「り、リディア様……!戻ってきてくださったのですか……?」

耳に甘い。
甘すぎて胸が痺れるほど。

(そうよ……私は、えるばーんの“象徴”だったもの)

私は静かに膝を折り、老女の手を包み込んだ。

「ええ。私が、参りました」

その瞬間──民たちの表情が希望に変わる。

誰も言わないけれど皆わかっている。

今の大公妃は、あのローレンスの娘。成り上がりの恥知らず。

だからこそ。

民の瞳が、私の存在を懇願するように輝く。

(……私こそ、この地が求める“妃”なのよ)

慈愛を湛えたまま、私は祈祷を始めた。

水害の傷を撫でるように、川のほとりで静かに祈りを捧げる。

民が涙を流し、「やはりリディア様だ……」と呟く声が聞こえた。

(ほら……この国の誰が、あの成金娘など崇めるの?似合わないわ。どれだけ飾っても粗末な雑布)

私が立つだけで湖畔の空気さえ変わる。
これが“血筋と品格”というもの。

祈祷を終え、私はそっと目を閉じ、息を整えた。

そのとき――従者が耳元で囁く。

「リ、リディア様……
 殿下が今夜ご到着されるそうです……」

胸が跳ねた。

レオニスが……来る。


(きっと……きっと迷っているのよ。私を選ばなかったことを。だって彼の理想は……ずっと私だったんだから)

私は湖面に揺れる自分の姿を見つめた。

祈祷服に包まれた私。
美しい。厳か。聖女のよう。

私の代わりにレオニスの横に“あの女”が立つ姿なんてあってはならない。

思わず唇を歪めてしまう。

“私の湖”に、あの女を立たせるなんて。

(いや……もし彼が連れてきたとしても……この地の民はわかっているはずよ。誰が本物の“大公妃”だったのかを)

私は微笑んだ。

完璧な、陶器のような笑顔。

民たちが再び私に手を合わせる。

“リディア様だ……やはりこの方こそこの地の象徴……”

その声があちらこちらから聞こえてくると、胸の奥が甘く満たされていく。

(さあ、セレーネ。あなたの目で確かめなさい。どちらが真にこの地にふさわしい女なのか)

そして同時に。

(思い知らせてやらないとね。あなたの場所じゃないって。)

静かな湖風が祈祷服の裾を揺らした。

私は一歩、湖畔へ進んだ。

エルゼリアの湖面は――私を歓迎するように、深い蒼を湛えているように見えた。

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