浮気され離婚した大公の悪役後妻に憑依しました

もぁらす

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※36話『光の検分』

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「……長居しては冷える。帰ろう」

湖の蒼を背に、レオニスがそっと私の手を引いた。

本来なら素直に頷くところだ。
けれど、今だけは――どうしても足が動かなかった。

……帰りたくない。だってまた、同じ寝室……。


「……もう少し、ここに……」

弱々しい声になってしまった。

レオニスの足が止まる。
横目でちらりとこちらを見る。

その瞳が、一瞬だけ気づいたように細められた。

「……セレーネ」

低く呼ばれる。

胸が跳ねた瞬間――レオニスは、ほんのわずか表情を緩めた。

「安心しろ。今日は……何もしない」

「……え?」



耳まで熱くなる私の手を、彼はそっと握り直した。

そのまま指を絡め、ゆっくりと湖畔の小径を戻っていく。

ほんの少しだけ、体温が伝わるのがくすぐったい――けれど心地よかった。





 屋敷に戻り、寝室の扉をくぐった瞬間――ふわりと漂う柔らかな灯りと、大きな天蓋付きのベッドが視界に入った。

 その圧倒的な存在感に、私は思わず肩をすくめる。

 ……本当に“何もしない”んでしょうね!?

 疑心暗鬼そのものの視線でレオニスを見る。

 当の本人はというと――意味深に、しかしどこか嬉しそうに、無駄ににこにこしている。

 な、何その胡散臭い顔!?

 私はそそくさとベッドに上がり、レオニスから一番遠い端にちょこんと横になった。

 身体が冷えたせいで小さく震える。
 毛布を引き寄せても、湖風の余韻が肌に残っていた。

 しばらくした時だった。

 背後から静かに気配が近づき――大きな腕が、ふわりと私の腰をさらうように回り込んだ。

「……っ、レ、レオニス!?な、何もしないって……!」

 耳元で、低く笑う気配が落ちてきた。

「身体が冷えている。……温めているだけだ」

 その声と同時に、背中に触れた胸板の温度がじわりと広がる。

 驚くほど温かかった。

 レオニスの胸元から、ほんのりとした落ち着いた香りが漂い、肩の力が抜けていく。

 くやしいけど…………あったかい……

 胸の奥が、どくんと跳ねた。


「おまえの香りは……落ち着く」

「……っ」


 囁きが、心臓の内側を直接撫でた。

 逃げようと背を丸めかけた私を、レオニスはそっと抱き寄せる。

 その抱き寄せ方は――押し倒すでもなく、支配するでもなく、ただ、大切なものを守るような、そんな優しさだった。

 そして彼は、私の髪に触れ、
 軽く口づけるように深く息を落とす。


「言っただろう?」

「……な、何を……?」

「“おまえが欲しいと言わなければ、しない”と」

「そ、それは……っ!……レオニスが……」

「俺が?」


 落ち着き払った低い声。
 私の小さな言葉さえ聞き逃さないようにする、静かな圧。

 視線だけで、全身をくるまれてしまうような。


「な……なんでもないですっ!!」

 本当に、顔から火が出そうだった。

 レオニスは小さく喉の奥で笑い、その腕に力をこめる。

 ゆっくり、しかし確実に――私の心臓の鼓動に合わせるように、胸元へ引き寄せた。



「……おやすみ、セレーネ」


 レオニスのその穏やかな声に安心し、そっと目を閉じようとしたその瞬間――

 ――ひやりとした温度が、首筋をなぞった。



「っ……レ、レオニス!!」

「すまない。……無意識で」


 どんな無意識よ!


「だ、だめです!!もうっ!!」

「舐めるくらい、いいだろう」

「そこから止まらなくなるでしょう!!」


 少しの沈黙。

 そして、観念したような、しかしどこか名残惜しい声で。


「……今日は我慢しよう」

「常に我慢してください!!」

「……わかった」

 返事は真面目なのに、腕の力だけは微妙に強くて。


 ……ほんとに、わかってます?


 胸の中で小さく愚痴りながらも、温かい抱擁に包まれたまま、私は目を閉じた。


 不安だ。





 窓から差し込む柔らかな朝光に、私は久しぶりに、心の底から深い眠りから浮かび上がった。

 ああ……快適……っ。

 寝返りを打つように、ぐぐっと伸びをする。

「ん~~~~っ……!!」

 その瞬間。

 後ろから伸びてきた腕に、ぐいッと引き戻された。

「わっ……!?」

 レオニスの胸の中に、ぴたりと閉じ込められる。

 起き抜けの低い声が頭の上で落ちた。

「……よく寝たか?」

「あ……はい!!ぐっすり!久々に……こんなに寝ました……!」

 胸に頬が触れ、ほんのりあったかい。
 安心して寝てしまったのが分かる。

「レオニスは?」

「……久しぶりに、よく眠れた」

 ぽつりと落とされたその言葉が、思った以上に真剣で、胸がきゅっとなる。

「よかったですね!」

 そう笑った瞬間——

(あれ?)

 抱きしめている腕が、まったく離れる気配がない。

 むしろ、締まってきてない?


「れ、レオニス……?」


「……明るい場所で、おまえの裸を見たことがなかったな」


「はっ?」

 言い終わるより早く、レオニスの指が私の寝間着の紐へすっと触れた。


「ちょっ……!?何しようとしてるんですか!!」

「明るいところでしっかりと、腫れていないか確認しないと」

「だめですっ! 視察に向かわないと!」


布団をぎゅっと抱えて逃げる私を、レオニスは片腕で軽々と引き戻した。

「ここも視察が必要だろう?」

「い、要らないですっ!!もう……やだっ……!」

「何が嫌なんだ?」

その声は低くて、からかうように甘い。

私の胸元に落ちた視線に、心臓がどくん、と跳ねた。

光の下であらわにされた肌に、レオニスの唇が、ゆっくりと、吸い寄せられていく。

胸の先端をざらついた舌が這う。

その刺激に身体がびくんと跳ねる。



「……ふむ。ここは腫れていないな」 


指先がそっと触れたかと思えば、そこを摘んでまた舌を転がす。


「っ……!」

呼吸が乱れそうになるのを、必死に堪える。

恥ずかしくて死にそう。



「……敏感だな」

「ち、ちが……っ……!」



乳房の先端を甘噛みされた瞬間、身体が勝手に大きく跳ねた。

びくん、と。

自分の反応が恥ずかしすぎて、涙が出そう。

レオニスは――そんな私様子を、無言で、じっと観察している。

その眼差しだけで、全身が熱くなる。



「……明るいとよく見えるな」

「み……見ないでください……」

「見ないと確認できないだろう?」


逃げるように身体を引いた私の足首に温かな手が触れた。

次の瞬間。

——ふ、と重力が変わったように、身体が引き寄せられる。

「レ、レオニス……?」 

 
返事の代わりに、軽く、指が足首を包んだ。

それだけで、力の差が歴然とわかる。

優しいのに逆らえない。
触れているだけなのに、すべて持っていかれるみたい。

「じっとしていろ」

低い声の直後、軽く触れられた脛(すね)が、そのまま引かれる。

まるで、重たい扉が静かに開くみたいに。身体の中心が、自然と、逃げ場をなくしていく。

「ちょっ……ま……!」

言葉がつまる。
でも抗おうとすればするほど、彼の手がゆっくりと導いてくる。

抗おうとしても、私の力じゃびくともしない。


触れられたところから力が抜けて、知らぬ間に、膝がふわ、とほどけていく。

「……いい子だ」

頭の奥がじん、と痺れた。

片腕で簡単に腰を支えられ、もう片方の手で太腿の位置を調えられる。

気づけば。

——私の身体は、レオニスの前に開かれていた。


自分の意思より先に、彼の掌の温度が身体を動かしてしまう。


「や……っ……!」

「おかしいな、汁が垂れている」


囁きが落ちた瞬間、全身が一瞬で固まるほどの熱が走る。

何をするでもなく、レオニスはただ見つめているだけで、熱がこもるのがわかる。


「……明るい場所で、ちゃんと確認しないとな」


その静かな声に、羞恥と熱と震えが一気に押し寄せてきた。


「な、にを……!」

「腫れが引いているかどうかだ」


その穏やかな声が、逆にこわい。

どこを見ているのか、想像しただけで頭が真っ白になる。

「……少し、まだ赤いな」

淡々と言いながらも、口元は僅かに、愉しそうにゆがんでいる。

恥ずかしさで限界が来るより一瞬早く、レオニスはふっと手を離した。
  

レオニスはベッドを降りかけて、こちらを振り返る。

そして——にやりと。



「朝食の準備をさせよう」



こっ、この変態ーーーーっ!!



笑う彼の横顔は、どうしようもなく余裕に満ちていて。

その余裕がまた、悔しいほど胸を焼いた。

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