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※36話『光の検分』
しおりを挟む「……長居しては冷える。帰ろう」
湖の蒼を背に、レオニスがそっと私の手を引いた。
本来なら素直に頷くところだ。
けれど、今だけは――どうしても足が動かなかった。
……帰りたくない。だってまた、同じ寝室……。
「……もう少し、ここに……」
弱々しい声になってしまった。
レオニスの足が止まる。
横目でちらりとこちらを見る。
その瞳が、一瞬だけ気づいたように細められた。
「……セレーネ」
低く呼ばれる。
胸が跳ねた瞬間――レオニスは、ほんのわずか表情を緩めた。
「安心しろ。今日は……何もしない」
「……え?」
耳まで熱くなる私の手を、彼はそっと握り直した。
そのまま指を絡め、ゆっくりと湖畔の小径を戻っていく。
ほんの少しだけ、体温が伝わるのがくすぐったい――けれど心地よかった。
*
屋敷に戻り、寝室の扉をくぐった瞬間――ふわりと漂う柔らかな灯りと、大きな天蓋付きのベッドが視界に入った。
その圧倒的な存在感に、私は思わず肩をすくめる。
……本当に“何もしない”んでしょうね!?
疑心暗鬼そのものの視線でレオニスを見る。
当の本人はというと――意味深に、しかしどこか嬉しそうに、無駄ににこにこしている。
な、何その胡散臭い顔!?
私はそそくさとベッドに上がり、レオニスから一番遠い端にちょこんと横になった。
身体が冷えたせいで小さく震える。
毛布を引き寄せても、湖風の余韻が肌に残っていた。
しばらくした時だった。
背後から静かに気配が近づき――大きな腕が、ふわりと私の腰をさらうように回り込んだ。
「……っ、レ、レオニス!?な、何もしないって……!」
耳元で、低く笑う気配が落ちてきた。
「身体が冷えている。……温めているだけだ」
その声と同時に、背中に触れた胸板の温度がじわりと広がる。
驚くほど温かかった。
レオニスの胸元から、ほんのりとした落ち着いた香りが漂い、肩の力が抜けていく。
くやしいけど…………あったかい……
胸の奥が、どくんと跳ねた。
「おまえの香りは……落ち着く」
「……っ」
囁きが、心臓の内側を直接撫でた。
逃げようと背を丸めかけた私を、レオニスはそっと抱き寄せる。
その抱き寄せ方は――押し倒すでもなく、支配するでもなく、ただ、大切なものを守るような、そんな優しさだった。
そして彼は、私の髪に触れ、
軽く口づけるように深く息を落とす。
「言っただろう?」
「……な、何を……?」
「“おまえが欲しいと言わなければ、しない”と」
「そ、それは……っ!……レオニスが……」
「俺が?」
落ち着き払った低い声。
私の小さな言葉さえ聞き逃さないようにする、静かな圧。
視線だけで、全身をくるまれてしまうような。
「な……なんでもないですっ!!」
本当に、顔から火が出そうだった。
レオニスは小さく喉の奥で笑い、その腕に力をこめる。
ゆっくり、しかし確実に――私の心臓の鼓動に合わせるように、胸元へ引き寄せた。
「……おやすみ、セレーネ」
レオニスのその穏やかな声に安心し、そっと目を閉じようとしたその瞬間――
――ひやりとした温度が、首筋をなぞった。
「っ……レ、レオニス!!」
「すまない。……無意識で」
どんな無意識よ!
「だ、だめです!!もうっ!!」
「舐めるくらい、いいだろう」
「そこから止まらなくなるでしょう!!」
少しの沈黙。
そして、観念したような、しかしどこか名残惜しい声で。
「……今日は我慢しよう」
「常に我慢してください!!」
「……わかった」
返事は真面目なのに、腕の力だけは微妙に強くて。
……ほんとに、わかってます?
胸の中で小さく愚痴りながらも、温かい抱擁に包まれたまま、私は目を閉じた。
不安だ。
*
窓から差し込む柔らかな朝光に、私は久しぶりに、心の底から深い眠りから浮かび上がった。
ああ……快適……っ。
寝返りを打つように、ぐぐっと伸びをする。
「ん~~~~っ……!!」
その瞬間。
後ろから伸びてきた腕に、ぐいッと引き戻された。
「わっ……!?」
レオニスの胸の中に、ぴたりと閉じ込められる。
起き抜けの低い声が頭の上で落ちた。
「……よく寝たか?」
「あ……はい!!ぐっすり!久々に……こんなに寝ました……!」
胸に頬が触れ、ほんのりあったかい。
安心して寝てしまったのが分かる。
「レオニスは?」
「……久しぶりに、よく眠れた」
ぽつりと落とされたその言葉が、思った以上に真剣で、胸がきゅっとなる。
「よかったですね!」
そう笑った瞬間——
(あれ?)
抱きしめている腕が、まったく離れる気配がない。
むしろ、締まってきてない?
「れ、レオニス……?」
「……明るい場所で、おまえの裸を見たことがなかったな」
「はっ?」
言い終わるより早く、レオニスの指が私の寝間着の紐へすっと触れた。
「ちょっ……!?何しようとしてるんですか!!」
「明るいところでしっかりと、腫れていないか確認しないと」
「だめですっ! 視察に向かわないと!」
布団をぎゅっと抱えて逃げる私を、レオニスは片腕で軽々と引き戻した。
「ここも視察が必要だろう?」
「い、要らないですっ!!もう……やだっ……!」
「何が嫌なんだ?」
その声は低くて、からかうように甘い。
私の胸元に落ちた視線に、心臓がどくん、と跳ねた。
光の下であらわにされた肌に、レオニスの唇が、ゆっくりと、吸い寄せられていく。
胸の先端をざらついた舌が這う。
その刺激に身体がびくんと跳ねる。
「……ふむ。ここは腫れていないな」
指先がそっと触れたかと思えば、そこを摘んでまた舌を転がす。
「っ……!」
呼吸が乱れそうになるのを、必死に堪える。
恥ずかしくて死にそう。
「……敏感だな」
「ち、ちが……っ……!」
乳房の先端を甘噛みされた瞬間、身体が勝手に大きく跳ねた。
びくん、と。
自分の反応が恥ずかしすぎて、涙が出そう。
レオニスは――そんな私様子を、無言で、じっと観察している。
その眼差しだけで、全身が熱くなる。
「……明るいとよく見えるな」
「み……見ないでください……」
「見ないと確認できないだろう?」
逃げるように身体を引いた私の足首に温かな手が触れた。
次の瞬間。
——ふ、と重力が変わったように、身体が引き寄せられる。
「レ、レオニス……?」
返事の代わりに、軽く、指が足首を包んだ。
それだけで、力の差が歴然とわかる。
優しいのに逆らえない。
触れているだけなのに、すべて持っていかれるみたい。
「じっとしていろ」
低い声の直後、軽く触れられた脛(すね)が、そのまま引かれる。
まるで、重たい扉が静かに開くみたいに。身体の中心が、自然と、逃げ場をなくしていく。
「ちょっ……ま……!」
言葉がつまる。
でも抗おうとすればするほど、彼の手がゆっくりと導いてくる。
抗おうとしても、私の力じゃびくともしない。
触れられたところから力が抜けて、知らぬ間に、膝がふわ、とほどけていく。
「……いい子だ」
頭の奥がじん、と痺れた。
片腕で簡単に腰を支えられ、もう片方の手で太腿の位置を調えられる。
気づけば。
——私の身体は、レオニスの前に開かれていた。
自分の意思より先に、彼の掌の温度が身体を動かしてしまう。
「や……っ……!」
「おかしいな、汁が垂れている」
囁きが落ちた瞬間、全身が一瞬で固まるほどの熱が走る。
何をするでもなく、レオニスはただ見つめているだけで、熱がこもるのがわかる。
「……明るい場所で、ちゃんと確認しないとな」
その静かな声に、羞恥と熱と震えが一気に押し寄せてきた。
「な、にを……!」
「腫れが引いているかどうかだ」
その穏やかな声が、逆にこわい。
どこを見ているのか、想像しただけで頭が真っ白になる。
「……少し、まだ赤いな」
淡々と言いながらも、口元は僅かに、愉しそうにゆがんでいる。
恥ずかしさで限界が来るより一瞬早く、レオニスはふっと手を離した。
レオニスはベッドを降りかけて、こちらを振り返る。
そして——にやりと。
「朝食の準備をさせよう」
こっ、この変態ーーーーっ!!
笑う彼の横顔は、どうしようもなく余裕に満ちていて。
その余裕がまた、悔しいほど胸を焼いた。
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