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45話『面倒の気配』
しおりを挟む寝付けない。
こんなに優雅なひと時なのに。
ベッドの上でゴロゴロとローリングしていると、カタン、……と物音がした。
木製の扉越しに響く小さな音が、やけに胸に重たく食い込んでくる。
(……嫌な予感)
息を殺し、その場で寝返りを打って布団をかぶった。
寝たふりでやり過ごそうとした。
しかし——時間がどれほど経っても、そこにある確かな気配が消えない。
気になって布団からそっと顔を出し、薄く扉の隙間を開けて覗くと——
レオニスが、月明かりに照らされて棒立ちしていた。
「ひっ……!?」
怖い。
怖いって!!!
「な、何してるんですか!!」
レオニスは、ゆっくりとこちらを振り向いた。
その瞳は光を失ったように影を宿し、まるで行き場をなくした子犬みたいだ。
「……ソファで寝るから、同じ空間にいさせてくれないか」
自尊心とかプライドとか、そういうものが全部剥がれ落ちた声だった。
「ずっとそこにいたんですか?」
「……扉を出たら、足が……動かなくなって」
その言葉には大げさな響きはなく、ただの事実のように聞こえた。
私は恐る恐る手を伸ばし、肩に触れた。
ひやりとした感触が指先に伝わり、息を呑む。
……本当に、ずっと立ってたなこれ。
夜気にさらされて、彼の身体はすっかり冷えていた。
「もう……」
これ以上ここに立たせたら、絶対に風邪どころじゃ済まない。
「入ってください」
その一言で、レオニスの顔がぱあっと明るく咲く。
子供みたいに素直な表情になる。
部屋の中に入ると、一直線にソファへ向かう。
「ありがとう」
「レオニス」
「ん?」
「そんなところで眠らせるつもりがないの、わかってるでしょう?」
「……いいのか!!」
「白々しいんです」
言った瞬間、レオニスは現金にもベッドへ上がり、ぽんぽんと隣を叩いた。
さっきのしょぼくれた態度はどうした。
渋々ベッドに入ると——次の瞬間には胸の中に閉じ込められていた。
案の定、身体はひどく冷たかった。
「風邪をひいたらどうするんですか」
「……セレーネ」
「聞いてますか?」
「セレーネ」
「なんですか?」
レオニスは、月明かりを受けてほんのり青く光る瞳で、かすかな声で言った。
「……愛している」
胸の奥で、何かが強く跳ねた。
「どこにもいかないでくれ」
ああ、私も意地悪がすぎたかも。今のレオニスが嘘を言っていないことくらいはわかってる。
「いるじゃないですか、ここに」
そう答えると、レオニスは息を震わせ、私の肩へ額を押し付けた。
「いつかいなくなりそうで」
ドキッとする。
返事ができずにいると、レオニスの腕に力がこもる。
レオニスの香りがする。
何度も過ぎる感情を抑え込んで、私は目を閉じた。
考えちゃだめ。
自分の気持ちに蓋をしていたものが溢れ出して来そうになる。
冷静になれ、自分。
危機管理能力を怠ってはならない。
「子供じゃないんですから」
誤魔化すようにそういうと、レオニスは「おまえの前では赤子のようだ」と、つぶやいた。
大公様しっかりしてくれよおおお!!
そうツッコミたかったけど、レオニスの腕の中が心地良すぎて、気がついたら深い眠りの中にいた。
*
「起こしてよおおおおおお!!」
起きたら太陽は真上まで上がっていて、当然1人で目覚めた私はグレイを捕まえて叫んだ。
「奥様。流石にその足ではご無理なさらない方が」
そう、どうやら筋がやられていたのか、面白いくらいに足首の腫れが酷くなっていた。
「でも」
「今朝、ローレンス家からの追加の人員も到着して、人手は足りております。奥様が無理をしてこれ以上何かあったら」
「大丈夫でしょそんなの」
「いえ、違います」
「何が?レオニスなら」
「午後には、お父上がご到着されます」
「え?」
「レオニス様は奥様のお言葉で冷静になられましたが」
「な、なに……」
「私の首が無事で済むかどうか」
え、そんなやばいっけ?
「だ、黙っておきましょう」
「そういうわけにはいきません」
めんっどくっさあ!!
また気疲れするのか……このあと。
そもそも原作に登場していない人間のことは、セレーネの主観でしか人となりがわからないのだ。
彼女が興味がなかったものは、記憶にも当然残っていない。
記憶に感情が付随していないと、これほどまでに曖昧なのかと思うほどに。
だから正直、グレイもグレイヴも、リディアすらも。本来の人となりは今の私にはほとんどわからない。
接してやっと上書きされていくものになりつつある。
でも、記憶の中に、強烈な印象の人物がいる。
セレーネが手本にしたというか、その女性しか見本がいなかったというか。
ド派手な、母親。
母イザベラは、華やかで、誰も逆らえないカリスマ性を持っている。
なんとなく、不安がよぎる。
「昨夜はよく眠れたご様子でよかったです」
「1人じゃなかったわよ」
「えっ」
「でも、よく寝れたわ」
流石のレオニスも、怪我をしていたからか、大人しく眠ってくれたようだ。
「……なるほど」
「なにが?」
「いえ、では昼食のご用意を致します」
なによ?
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