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49話『帝都の金色の女帝(Golden Belle)』
しおりを挟む陽光に照らされて、ビンテージゴールドの巻き髪がゆらめく。
どこに立っていても視線を奪う、 私の母――イザベラがそこにいた。
ゆったりと歩み寄りながら、片眉を上げる。
「あなた、馬車の中でずっと“セレーネは怪我していないか”“ちゃんと食べてるか”って落ち着かなかったじゃないの。北部鉄道の話なんて一言もしてなかったわよね?」
「イ、イザベラ……!」
お父様が動揺している。
母はそんな父のことは気にも留めず、私に向かって腕を広げた。
「セレーネ、元気そうでよかったわ~! もう本当に心配で心配で、胸が締めつけられて死ぬかと思ってたのよ」
いや絶対そんなんじゃ死なないタイプだと思うけど。
私は苦笑しながら母の腕に抱き寄せられた。
「お母様も……来てくれたんですね」
「当たり前でしょう? 娘になにかあったら、私は帝国中を敵に回しても守るわよ」
その目は冗談みたいに言ってるのに、本気だとわかる。
横でお父様が控えめに咳払いする。
「……わ、私も同じ気持ちだ」
母はぴしゃりと返した。
「だったら素直に“娘が心配で飛んできた”って言えばいいのよ。見栄を張るところが本当に可愛いんだから」
お父様は言葉に詰まって目を逸らした。
――あれー?両親の愛を感じずに育ったんじゃなかったの??
私はそんな微笑ましい二人を見て、思わず胸の奥がじんわり熱くなる。
母がにっこり微笑む。
「さあ、セレーネ。あなたの顔をちゃんと見せてちょうだい。本当に元気ね? どこも悪くはない?」
(痛いところは……あるけど……言えない……)
「あら……?」
母の声が、まるで何か珍獣でも見つけたみたいに跳ねた。
私は背筋が一瞬で伸びる。
「あなた、その地味な格好はなに?」
母の視線は、“襟元が詰まって・装飾がなく・色味控えめ”の、いかにも地味なドレスに釘付けになっていた。
「こ、これは……えっと……」
「おかしいわ。絶対におかしいわ。こんな“凡人”みたいなものをいつから着るようになったの?」
(凡人扱い……!? いや、実際中身は凡人ですが)
というかこのド派手な母親からしたら、誰しもが凡人である。
母は額に手を当て、すぐに決意の光を宿して言い放った。
「衣装部屋はどこ?」
その瞬間、背後から慌てたイネスが飛び出して来た。
「イザベラ様、こちらでございます!」
イネスは母にお辞儀する。
「急ぎ案内してちょうだい!私の娘の美が危機なのよ!」
(危機って……そんな大げさな)
母はズンズンと屋敷を進み、私も引きずられるように後を追った。
*
扉が勢いよく開く。
「……なに、この部屋」
母の声が固まった。
そりゃそうだ。
かつて私が(前セレーネが?)愛用していた、宝石ぎっしり・胸元ざっくり・色派手で重いドレスたち……が、一着もない。
代わりに掛かっているのは、
●柔らかい素材
●ナチュラルカラー
●軽い布地のハイネックドレス
仕立て屋を呼んでわざわざ用意させたものばかりだ。
母がゆっくり振り返る。
「……セレーネ?」
その声は、やけに低い。
「これは……どういうこと?」
「え、えっと……わたし、こういうのが……」
私が言い訳を紡ごうと口を開いた瞬間、母はゆるりと息を吐いた。
それは呆れよりも、諦念に近い響きを帯びていた。
「セレーネ。あなた、見た目こそ私にそっくりなのに……中身はまるで違うのね」
静かに落とされた声に、胸がひやりとする。
「本当に、驚くほど奥手だわ」
……奥手。
確かにセレーネは床上手ではなかった。(大真面目)
「せっかく“バター犬”までそばに置いておいたのに、まるで興味を示さなかったものね」
(ば、バター……犬……!? ま、まさかクライヴのこと!?)
面白すぎて吹き出しそうになる。
ぶっ飛んでるでしょ、この母親!!
お母様、その犬はただのドMに育っておりました。
母は私の両肩に手を置く。
その指先には、女としての自信と確信が宿っているようだ。
「そんな調子では、いつまで経っても世継ぎなんて望めないわよ。
――こっちにいらっしゃい。私のドレスを貸してあげるから」
「ちょ、待っ……!」
制止の声は届かなかった。
母は熟練の手つきで私の襟元に触れ、驚くほど自然な動きで――ふっと、私の衣服を剥ぎ取った。
衣類が足元に落ち、私は反射的に身を隠すように覆った。
「あら……」
母の声が、次の呼吸で甘く緩んだ。
私の肌に散りばめられた――赤い痕。それはレオニスがバカの一つ覚えみたいにつけた印。
母はゆっくりと微笑を深めた。
「……なんだ。ちゃんと愛されているじゃない。ふふ、さすが私の娘ね」
「ち、ちがっ……!」
ち、ちがわなくもないのか。いや、なんだろう。
否定は喉に絡まり、言葉がほどけない。
母は満足げに私を見つめ続ける。
「心配した私が馬鹿みたいだわ」
指先がそっと私の頬を撫でた。
その仕草に、どうしようもなく頬が熱くなる。
「それにしても……あなたの旦那様って、ずいぶん“地味な女”が好みなのね?」
母が私を上から下まで眺めながら、しれっと爆弾を落とした。
「ち、地味じゃなくて……これは、私の趣味です」
「あらそう? じゃあ今まで派手に着飾っていたのは、無理をしていたの?」
「そ、そういうわけじゃ……」
やばい。追及が鋭すぎる。
けれど母はふと視線を柔らかくして、私の頬に指先を寄せた。
「まあ、愛されているなら何でもいいわ。
それに――なんだか、前よりずっと綺麗になったわね。セレーネ」
「……え?」
「あなたから連絡がきた時なんて、お父様、本当に嬉しそうだったのよ。
頼られたっ、て張り切っちゃって……ふふ、可愛い人」
母はくすくす笑う。
私はその笑い声を聞きながら、胸の奥がひゅっとなる。
(……なにこれ。私が想像していた家族像と……全然違う)
だって、セレーネはずっと思っていたのだ。
――父には愛されてない。
――母は遠い存在だ。
――私は“完璧に振る舞っていないとダメな娘”だ。
でも、目の前の両親はどうだろう。
娘を心配して駆けつける父。
娘の恋を全力で応援する母。(ただベクトルは異常)
微笑ましいほど仲が良い。
え、ちょっと待って……セレーネって……もしかして……
とんでもないレベルの……ポンコツ(鈍感)だったんじゃゃ……?
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