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2話 思い込みだけで話を進めてはいけない!
しおりを挟むーー1時間前
今日は家庭訪問だ。如月の存在が担任に不審に思われない対策として、私と如月は事前打ち合わせをすることにした。如月は言う。
「こういうのは大概、思い込ませたら勝ちです」真面目に言う如月が怖い。如月は続ける。
「そのためには嘘とほんの少しの真実を混ぜて伝えればいいのですよ」
「こちら、遠い親戚の粗大ゴミです?」
「…………」バカなのかな。とでも言いたげに、遠い目をした如月が私を見つめた。視線に耐えきれず私は聞く。
「……親戚の叔父さんが遊びに来てます、でいいのかな?」
「そうだね」如月はさっきの発言を引きずっているのか、薄く笑った。
ピンポーン。玄関のチャイムと共に、緊張が走った。来た、そう思ったからだ。
私は玄関へ行き、覗き穴から相手を確認する。担任の竹内先生がソワソワしながら立っているのが見えた。ドアノブに手をかけ、ドアが当たらないように、そっと開けた。ドアの向こうに居る先生と目が合った。
「先生、こんにちわ。部屋の中へ入りますか?」私はドアの内側に先生を招き入れ、ゆっくり閉めながら聞く。先生は「玄関先で大丈夫です」と微笑んだ。
そういえば、昨年も玄関先だったかな。近年は部屋の中へ入らないらしい。
先生は「お邪魔します」と言い、玄関先の段差に腰掛けた。
玄関先とはいえ、何か飲み物を出した方がいいのだろうか。昨年、何をしたのか全く覚えていない。兄が全てやってくれたのかもしれない。如月はリビングか、持ってきてもらおう。
「きさーー」まずい。言いかけた言葉を飲んだ。先生は見逃さなかった。
「きさ?」
「……喫茶店でやるかと思いました」苦しすぎる言い訳だ。先生は笑って「そんなところでは、やらないよ」と言った。
「おうちの人は居るかな?」先生は訊いた。
「きさーー喫茶店でやるかと思いました」何言ってんだ私!
「…………」さっきまで笑顔だった先生が無表情になった。せめて突っ込んで欲しかった。
「お茶、持って来たよ」如月は麦茶ポットとお盆に乗せた透明なコップを玄関まで持ってきた。意外と気が利くようだ。先生は訊く。
「おうちの方ですか?」
「はい、お父さんです」如月は真顔で答えた。
(打ち合わせと設定違うんですけどぉおお!)
嘘とほんの少しの真実どころか、嘘100%である。これ、絶対バレるよね。自分でお父さんとか言うか普通。私はこの状況に対して不安が止まらない。
先生はニコッと笑って言った。
「お父さんでしたか! お父さんかっこいいですね!」先生の目が光り輝いている。
如月がかっこいい?
如月の顔を見ると見たことのないお洒落丸メガネをしていた。おまけにサラサラなセミロングの髪は軽くウェーブがかかっている。
(こっ、これは丸メガネ効果ーー)
平凡な顔面偏差値の男子でも、お洒落丸メガネをかけることで顔面偏差値がアップし、イケメンに見えてしまう、丸メガネ効果。そしてウェーブの髪にラフな茶色ベースのシャツと黒のテーパードパンツという王道丸メガネコーデ。知的さとイケメン感を演出している。
なお女子が丸メガネで効果を得るのは、顔面偏差値が高い人に限る。可愛い人が更に、可愛くなる魔法のメガネだ。 解説:佐野卯月
「まず、住所、ご連絡先はこちらで合っていますか?」
「え? あぁはい、大丈夫です、多分」よく分からなさそうに答えながら、如月は廊下に腰を下ろした。
「卯月さんは学校では真面目に過ごしています。みんなのやりたがらない掃除やゴミ捨てなど積極的にやってくださって、助かります」
「そうですか」真面目に話を聞いているようだ。
学校といういつもの自分とは違うところを知られてしまうみたいで、少し恥ずかしく思う。
「おうちでの卯月さんはどうですか?」
「いつも家事を手伝ってくれます」いいぞ、如月。心の中で応援した。先生は更に聞く。
「進路希望についてなのですが、進路希望用紙には、『ごみ収集の人』と第一希望から第三希望まで書いてありましたが、どういう、いきさ「喫茶店でやるかと思いました」如月は食い気味で被せた。
言ってみたかっただけだろ。
先生は目を細めて無表情で如月を見つめた。私は居た堪れなくなり、口を開く。
「特に希望とかなかったから、適当に書いちゃいました~~」私は頭を掻きながら笑った。
「そうですか。ゴミ回収業はみんなの暮らしを支える素敵な仕事です。まだ時間はありますから、進路についてはまた一緒に考えていきましょうね」先生は如月の方をみて「お父さんも一緒に考えてあげてください」と続けた。
「あっ、今日はお母さんは「「喫茶店でやるかと思いました」」バレるといけないので私と如月は強めに被せて強制終了させた。
思い込み作戦は今のところ成功している訳だが、これは先生が新任だったから成功しているのだなと頭の片隅で考える。
出された麦茶を先生は一気に飲み切ると「では、そろそろ」と言い、立ち上がった。
「佐野さん、明日、学校で。サボっちゃダメですよ。お父さん、お時間ありがとうございました」
「はーい」
「いえいえ。貴重な、お話ありがとうございました」私と如月は玄関の外まで先生を見送った。
「なんとかなったね、お父さん」
「そうだね、娘よ」私たちは顔を見合わせて大きな声で笑った。
ーー家庭訪問後、職員室にて
私は竹内夏菜子。今年の春に、この中学校に赴任してきたばかりの新任だ。本日分の家庭訪問を終え、職員室に戻ってきた。
「竹内~~、佐野さんの家はどうだった?」主任の宮田だ。
「どうとは?」
「佐野さんの家は震災でご両親が亡くなっていてな。震災自体の地域被害は少なかったんだが、不慮の事故でな……。家庭環境に変わりはなかったかと思って。毎回少し気にしているんだ」神妙な表情で話す。
「へ?」
あれ、お父さんいたような。あれはお父さんではなかったということなのか。では誰がいたんだ。主任が間違えている? 今の話に偽りはなさそうだが。
仮に知らない人が居たら大問題だ。でもお父さんって言っていたし、親戚かもしれない。それにとても親しげに見えた。変に報告し、壊してはいけない気もする。困惑する私に「どうした?」と宮田は声をかける。
私は今日覚えた究極の切り札を使った。
「喫茶店でやるかと思いました」
意味不明な言い訳をした私はこの後、主任にお説教されたが、佐野家を守ることには成功した。
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