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9:バカンス!?①
しおりを挟む夏期休暇 ――
とっても良い響きだ。
読めなかった本を朝から晩まで自由に読めるのだ。波の音を遠くに聞きながら漂流記なんかを読むと益々気分が上がってくる。
そう、波の音 ――
「なぁなぁ何でこんな所まで来て本読むんだよ」
「……」
「聞いてんのか、なぁティナ~浜辺行って遊ぼうぜ」
うっさいな!
明日から休みだ~久しぶりに家に帰ってずっと本でも読もうか、もしくは寮に残ってずっと本でも読もうかという幸せな二択に悩む間もなくほぼ誘拐のように馬車に詰め込まれて王家所有の別荘地に連れてこられた。
しかも他の婚約者候補の令嬢も一緒だなんてどんな修羅場だよ。絶対みんなギスギスしてるわ。
「他のご令嬢とご一緒すれば良いじゃないですか。皆さん喜んでここに来たのでしょう?」
「いや、もう皆浜辺で遊んでるんだって。ティナだけ来ないから」
「私は喜んでここに来たわけじゃありませんから」
「…つまんねーの」
そう言ってリクハルド様はどすっとソファに座り込んだ。
「? 私に気にせず遊びに行ってください」
「いーや、ここにいる」
「…そうですか。リクハルド様も何か読みます?」
「ティナが読んでるやつ」
何だと!?私が楽しんでるのを横取りする気か!?
少しムッとしているとリクハルド様が自分の横をポンポンと叩いた。ここに来いということだろう。
「どんな話なんだ?」
「ああ、これはですね…歴史のもしもシリーズですね」
「ほう」
日本の歴史で言えば…もし関ヶ原の戦いで西軍が勝っていたらとかもし黒船がやって来なかったら、とかそういう類いの話だ。
「200年前に活躍したリントネン将軍の話ですが」
「? 誰だ?」
え、嘘やん。
仮にも王族が自国の歴史知らんとか。
「授業で習いましたよ?」
「知らん。詳しく話して」
「はぁ…仕方がないですね」
ifどころか史実からの説明か。
聞いてるのか聞いてないのか適当に相槌をうっているリクハルド様に呆れながらも説明を続けているとトン、と肩に頭がのっかかった。
「リクハルド様」
「ん~眠い…」
「はぁ」
遂に聞く気もなくなったのか寝息をたて始めた。まぁ色々計画して疲れたのだろうとそのままにして私は続きのページを開く。
(まぁ静かだから良いか)
しばらくそのまま読み進めていたが、
ふにゅっ
「……」
「痛って!」
「セクハラはお止めください」
肩から胸に頭を移動させたリクハルド様の頭を叩いた。
「俺は王子だぞ!」
「王子なら相応しい振る舞いをなさって下さい」
「…お前は婚約者だし」
「候補です」
「チッ」
本当に何しでかすかわからんな、この王子は。
「他の婚約者候補の方なら喜んで受け入れるかもしれませんよ?」
「いや、ティナが一番デカイしさすがに他には失礼だからしない」
「(怒)」
ふざけるなよ、このエロ王子が!
この醜態をみんなに叫んで知らせたい。
「はぁ…仕方ありませんね」
「な、何だ!?」
大きな音を発て本を閉じ、すくっと立ち上がった私を見てリクハルド様はビクビクしている。
「行きますか、浜辺」
「!やった!」
子供みたいに破顔して喜ぶ王子に呆れながらもその顔を見て笑ってしまう。
(嬉しそうだし、まぁいっか)
一気に眠気などなくなったのかリクハルド様はソワソワして部屋を出た。早く散歩に行きたい犬みたいでちょっと可愛い。
ご機嫌なリクハルド様と共に浜辺に行くべく廊下を歩いていると向こうの方から可愛い足音が聞こえてきた。
「お姉さま!」
「ユーリア!」
嬉しそうに走ってきたユーリアが私にぎゅっと抱きついてきた。うん、可愛い妹よ。
「元気にしてた?」
「はい!」
砂糖菓子みたいな匂いのするユーリアはまさしく乙女!といった感じだ。少し見ない間に可愛さもレベルアップしている。
「ふふ、感動の再会だね」
「スレヴィ様」
「久しぶりだね、ティナ」
「スレヴィ様とご一緒させて頂いたの!」
ユーリアから遅れてのんびり歩いてきたのはスレヴィ様だ。彼もバカンスに無理やり誘われたのだろうか。
「そういえばユーリアはリクハルド様とは初めて会うのかしら?」
そう尋ねるとユーリアは、はい、と少し緊張気味にスカートの裾を摘まみお辞儀をした。
「は、はじめまして。妹のユーリアと申します」
「お、おう…俺はリクハルドだ」
ユーリアの可愛さに当てられて王子が頬を染めてソワソワしている。そのまま惚れてくれても構わんよ。あ、こら目測で胸の大きさチェックは止めろ!
「ユーリア嬢、先に部屋を案内するよ。それから浜辺に行こう」
「あ、はい!」
スレヴィ様が華麗にエスコートしてくれているので任せて良いだろう。
私とリクハルド様は先に浜辺に下りることにした。
**
「って言っても泳いだりはしないのね」
「泳ぐの?そんなのこの国では軍隊だけだよ」
「水着ないもんね。海水浴するなら海の家もライフセーバーなんかも必要かしら」
「水着?海の家?それちょっと後で詳しく教えて」
「相変わらずですね、スレヴィ様は」
貴族令嬢と王子様が戯れるのを見ながら私とスレヴィ様はパラソルの下に座っていた。
国を発展させることに貪欲なスレヴィ様は私の前世情報に興味津々だ。
この国には海水浴という習慣はない。日本の夏みたいに暑くて仕方がないというような気候でもないから泳いで涼むという考えが湧かないのかもしれない。したがってビーチで遊ぶと言っても砂遊びとか軽く足を浸けての波遊びとかそんなもんだ。
今は貝探しでもしているのかしゃがみこんで何やらしている。一喜一憂する皆さまは純粋に可愛いらしく見えた。
「…ユーリア嬢可愛いね」
「そうでしょう?両親とも上手くいってるようだし良かったわ」
「そう」
ユーリアからの最新の手紙によるとダンスが上達したご褒美にドレスを仕立てて貰ったと大層喜んでいた。
キレイな貝でも見つかったのかユーリアが嬉しそうにそれを摘まんでこちらを向いた。
見て見て!とでも言うように手を振るもんだから可愛くて手を振り返す。
「私は小さい頃から可愛げもなかったから両親も楽しいんじゃないかしら」
「…ティナだってきっと可愛い娘だよ」
「そうかな」
「僕はティナの話が好きだなぁ。あ、ここにいる間に星見たいな」
「神話?」
「うん、約束ね」
スレヴィ様が目を細めて笑う。
う…少し会わない内になんかセクシーな表情するようになったな。天使のような笑顔でテディベア抱えてた頃とは違いすぎる。末恐ろしいわ…。
「ティナ!スレヴィ!お前らもこっち来い!」
リクハルド様から呼ばれてやれやれと重い腰を上げる。
無邪気に遊ぶ自信はないが少しぐらいは努力しますか、とエメラルドグリーンの海に向かって踏み出した。
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