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12:冤罪
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近頃、学内を歩いているとこちらを見ながらヒソヒソと何事か言われている事が多い。おそらく悪口なのだろうが、王立学校に入ってから今まで割と平和に過ごせていたため何に対しての悪口なのか検討もつかなかった。身に覚えがないからと放っておいたのが悪かったのだろうか、段々エスカレートしてる気がする。
(もしかしてこの間の夜会で意地悪男と対峙したことかな…)
それだったらユーリアにも悪いことしたな、と思う。ユーリアまで悪く言われてたらシャレにならない。腹が立ってつい言い返してしまったがもっと良い対処の仕方があっただろうと軽く落ち込む。
そんなことを考えながら廊下を歩いていたときだった。
「キャーっ!!」
ドン、とものすごい音がなり、次いでは複数の悲鳴があがったので何事かと振り返る。
廊下の一番端にある階段の所で人だかりができていたのでそこに近寄ると――
「ソフィア様!?」
「っ…」
ソフィア様が階段の下で倒れているではないか。急いで駆け寄ると苦悶の表情を浮かべてはいるが意識はあるようでホッとする。
「早く医務室へっ」
「っ…平気よ」
「誰か手を貸してください!」
遠巻きに見ている人に声をかけると何人かの男子生徒がハッと気がつきソフィア様を背負ってくれた。
「しらじらしい」
ざわめきの中確かに聞こえた非難の声に、え、と思って辺りを見回す。声の主は誰だかわからないが私に向けた言葉なんだと言うことははっきりわかる。
(ん……?)
皆一様に階段を見上げている。私もその視線につられて見上げると。
「……ユーリア?」
踊り場には真っ青な顔をしてがくがくと震えているユーリアが立っていた ――
騒ぎに駆けつけた教師が何があったのか尋ねると遠巻きに見ていた生徒の一人が言った。
「ユーリア嬢がソフィア嬢を階段から突き落とした」と。
それから私たち姉妹は部屋で待機するように言い渡された。その間ユーリアはひと言も言葉を発していない。ただ青い顔をして震えているだけだ。
(ここまでの状態になってるんだから何か事情があるはず)
私は沈黙を続けるユーリアの背中を撫で続けることしかできなかった。
**
ソフィア様が階段から落ちて数時間後、私たちは校長室に呼び出された。校長と数人の教師、そしてソフィア様の父親であるランタラ侯爵。いつの間に遊学から帰ってきていたのかリクハルド様もいた。珍しく真剣な顔をしている彼に胸騒ぎがする。
「あの…ソフィア様の容態は」
「…幸い足を挫いただけで済んでいる」
ランタラ侯爵の返事に胸を撫で下ろす。頭でも打っていたら命だって危ない。そこだけは良かったと内心思っていると校長が口を開いた。
「先ほどソフィア嬢が階段から落ちた件、ユーリア・シルキアが突き落としたとの目撃証言が多数出ているが間違いないか?」
その問いかけにユーリアが小さく頷いた。
(ああ、何でこんなことに…)
例えソフィア様に何か言われたのだとしても手を出してしまえばかばうことが難しくなってしまう。
「その他にエルヴィ・レフトラ嬢への嫌がらせの報告も受けている」
「え?…エルヴィ様、ですか?」
「私物を壊されたり悪い噂を流されたりという事があがっている」
エルヴィ様はリクハルド様の婚約者候補であるが唯一今まで接点がなかった。割と大人しめの方で挨拶は普通にしてくれるし特に今までトラブルも起こっていなかった。
「調査によるとそれらは全てユーリア・シルキアの所業だとわかった」
「そんな!何かの間違いでは!?」
「目撃者も多数いる。直接被害にあったこともあるとエルヴィ嬢も証言している」
「そんな、」
嘘でしょ、何かの陰謀では、とユーリアを見るが泣きそうにただただ震えているだけだ。
「ユーリア、言いたい事ははっきり言って良いのよ?」
事情があるからと許されることではないが、もしかしたら自分の知らないところでいざこざがあったのかもしれない。言い訳でも何でも言うべき事は言った方が良い、そう思いユーリアを促す。するとユーリアがふと半歩前に出た。そして怯えたように顔を上げ校長を見ると――
「エルヴィ様のことも、ソフィア様のことも…ぜんぶ…お姉さまから、やるよう…命じられてっ」
「!?」
「これが、毎回…渡されてて…」
「…」
「やらなければ…シルキア伯爵家から追い出すと…」
目の前が真っ暗になった。
今ユーリアはなんと言った?
私が呆然としている間にも大粒の涙を流し始めたユーリアがポケットから何かを出し校長に渡した。メモが束になっていて校長がそれに目を通し、次いではリクハルド様にそれを渡した。リクハルド様の顔が一気に険しくなる。
「これは指示書だな」
「っ…そんなはずありません!私はそんなこと、」
「どうかな、殿下?」
問われたリクハルド様はメモに目を落としたまま、こちらを見てもくれない。
そしてメモを校長に返すと、
「……これはクリスティナ嬢の字に似ている」
「っ!?」
(嘘でしょ!?何でっ)
まさかの事態にパニック状態に陥る。
ただひとつ言えるのはここに誰一人味方はいないということだ。
「犯罪を指図するような令嬢と一緒の学校に娘を居させることはできない。他の伯爵家もそのように示すだろう」
大きなため息を吐いたランタラ侯爵が手紙を二通校長に渡した。おそらく他の婚約者候補の父親、レフトラ伯爵とスヴェント伯爵からの声明のようなものだろう。
(ダメだ…どうしたらいいのか何も浮かんでこない…)
助けを求めるようにリクハルド様を見るが下を向いたままだ。その冷たい態度に胸が抉られるような痛みを覚える。
(何で…)
その時校長室の扉が大きな音を立てて開き、ソフィア様が入ってきた。
「お待ち下さい!クリスティナ様が人を貶めるようなことは、」
「ソフィア」
「っ…」
恐らくかばおうとしてくれたのだろう、飛び込んできたソフィア様が言おうとした言葉はランタラ侯爵に遮られた。
「下手したら娘の命はなかった。これは殺人未遂ではないのかな」
ランタラ侯爵の凄みのある言葉に校長が頷いた。
「クリスティナ・シルキアを退学処分にする」
「っ…待ってください、そんな一方的な」
「これは十分証拠になりうる」
校長はバン、とメモ用紙を机の上に置いた。反論は受け付けない、そう態度で示された気分だ。
(いや、おかしいでしょ。私に何の聞き取りもしないで即犯人扱い、即退学とか)
だがここでどうあがいても何も覆らないだろう。調査なんてするわけない、それだけは理解できた。
「ユーリア・シルキアは二週間の停学処分。警察沙汰にしないというランタラ侯爵の恩情に感謝しなさい」
一方的すぎて言葉も出ない。何でこんなことになっている?考えが追い付かずにいるとランタラ侯爵がリクハルド様の方に体を向けた。
「リクハルド王子殿下はどう決断なさるのか?そろそろ茶番は止めていただきたい」
(茶番?茶番ってなんだ?)
彼が何をどう判断するのか睨むようにじっと見つめる。その間も一向に私のことを見ようともしなかった。
「…クリスティナ・シルキアは婚約者候補から外す」
へぇ…リクハルド様ってこんな表情もできるんだ。
見たこともない恐い顔、聞いたこともない恐い声で言い放ったリクハルド様の言葉は、鉛のように重く私の心に落ちていく ―――
…この時誰かがクスリと笑った気がした。
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