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3:鬼の花嫁と私の策略

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 花恋と私は同じ高校に通っている。だから、彼女の噂は嫌でも耳に入ってくる。

「王禅寺さん、あなたの妹のことなんだけど」

 花恋にココアをぶっかけられてから数日後。中庭のベンチで菜緒とともにお弁当を食べようとしていたとき、知らない女子生徒に声をかけられた。

「なに? 王禅寺花恋のことなら、深春に言ったってしょうがないよ。深春は保護者じゃないんだから」

 先回りして菜緒が牽制する。私も気を引き締めた。私の元に持ち込まれる花恋の話は、大抵ろくなものではない。鬼の花嫁との仲を取り持って欲しいとか、あるいは花恋の言動が目に余るかだ。

 女子生徒は困ったように眉を下げた。真面目そうな見た目をしている。制服は着崩していないし、髪も真っ黒だ。素爪も短く切り揃えられている。リボンの色から、同じ学年だと知れた。

「それは……分かっているけど。でも、王禅寺花恋には困っているの」

 私はため息をついた。後者だったか。

「悪いけど、あの子の言動を矯正するのは不可能よ。私に相談されても困るわ」

「でも……でも、あなたは王禅寺花恋の姉でしょう?」

 思わず自嘲の笑みが零れる。私が王禅寺花恋の姉。それが彼女にとって、一体何の意味を持つというのか。

「王禅寺花恋は、私の妹である前に鬼の花嫁なの。あのお姫様を反省させるなら、鬼の方をどうにかするしかないわね。できたら私がやっているけれど」

 吐き捨てるように言うと、女子生徒は目を丸くしていた。

「……なに?」

「あっ、えっと、意外に思って……」

「意外?」

 女子生徒は頷いた。

「鬼の花嫁の家族って、傲慢になることが多いから。花嫁に選ばれるのは名誉なことだし、その花嫁を育てた家族も偉いでしょう? だから、鬼や花嫁を悪く言うの、ちょっとびっくりして……」

 女子生徒は目を丸くしている。私は肩をすくめた。

「鬼は人間を支配する生き物。そんなものに選ばれるのを誇ってどうするのよ。それに、優れた人間だから花嫁に選ばれるわけじゃない。求婚なんか茶番だったわよ」

「そんな、言い過ぎよ。鬼は高い能力を持っているし、社会に貢献してるわ」

「それはその鬼が素晴らしいってだけよ。全ての鬼が優れているわけじゃない。まして花嫁なら尚更。──ねえ、こんなこと、道徳の教科書に載っているでしょう。今更講釈させないでよ」

 言葉を投げつけると、女子生徒は居心地悪そうに黙ってしまった。言いすぎたかもしれない。けれど、私はどうしても許せなかった。盲目的に鬼にすがるような物言いも、花嫁を賛美する声も。

 沈黙を取り繕うように、菜緒が口を挟んだ。

「それで、結局花恋はなにをやらかしたわけ?」

 そういえば、それを聞いていなかった。私が顔を向けると、女子生徒は言いづらそうにもじもじと指を組み合わせる。

「それが……彼女、私の彼氏と関係を持ってるみたいで」

「えっ?」

 菜緒が大きな声を出す。私は思わず周囲を見回した。幸いにも人影はない。葉を落とした木々が、寒々しく枝を揺らしているだけだ。まだ肌寒いため、誰も外に出たがらないのだろう。

「浮気ってこと?」

 声を潜めた菜緒の問いに、女子生徒は小さく頷いた。

「まあ、私の彼氏だけじゃなくて、他の男子とも付き合いがあるみたいだけど……」

「うげぇ、キモ」

 遠慮のない菜緒の反応に、少し笑ってしまう。同意だ。

「彼女のいない男子なら別にいいんだけど、誰かの彼氏にまで手を出すのはやめて欲しくて……」

「そりゃそうだよ。深春、どう思う?」

 話を振られる。私は考え考え、言葉を紡いだ。

「そういうことは、双方が合意しないと成立しないわけでしょう。男子の方はなんて言ってるの?」

「えっと、鬼の花嫁と繋がりを持ちたかったって……。色々便宜を図ってもらえるかもしれないからって」

「それは望み薄だと思うけれどね。花恋の方はなんて?」

「みんなに求められると、応えちゃうんだって。だから、誘ってくる男子の方が悪いって」

 いかにも花恋の言いそうなセリフだ。表情まで想像できる。菜緒がポキポキと指を鳴らしているが、あえて触れずにおいた。

「まるで慈善事業みたいな言い方ね。お優しいこと。期待に応えられなくて申し訳ないけど、私にできることはないわ」

「そっか……」

 女子生徒が肩を落とす。私はさりげない口調で聞いた。

「でも、浮気してるなんてどうやって気づいたの?」

「あ、写真があってね」

「……生々しいやつ?」

「それもあるけど、ここで出すわけないわ!? えっと、こういうのだけど」

 女子生徒がポケットからスマホを取り出し、私と菜緒に画面を向けた。そこには、花恋と知らない男子生徒が腕を組んで写っているプリクラの写真があった。

「なるほどね」

「彼氏の部屋で見つけちゃって、大喧嘩になったのよ」

「これ、私にも送ってもらっていい? できれば他の男子のも」

「えっ!? いいけど……なにに使うの? 悪いこと?」

 訝しげな女子生徒に、私は綺麗な笑顔を向けた。
「もちろん、良いことに使うのよ」
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