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三章
諦めたかった 6
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「可愛らしいでしょう」
目に入れても痛くないとはこういうことを言うのか、アイリスを見るノーヴィンの視線は慈愛で満ちている。
「いやだ、お父様ったら。今年で二十七になる年増を可愛いだなんて……頭がおかしくなったのではありませんか?」
やんわりと眉を跳ねさせ、アイリスが怒った顔をする。
「何を言う。子供はいくつになっても可愛いもんだ」
ははは、とノーヴィンは娘の言葉をさして気にしていないというふうに笑い、アイリスの背中に手を添えるとわずかに前へ進ませる。
「公爵が結婚相手を探している、と小耳に挟んだものでね。知っているかもしれないが、我が家はアイリス以外、すでに婚約や結婚をしている。……こうした機会だから、一度対面で挨拶をしたかったんだ。そしてどうか色いい返事を頂ければ、と」
「は、い……?」
何を言われたのか、一瞬理解するのが遅れた。
ノーヴィンはあくまで下手に出ているようだが、つまりこの女性と自分を見合わせたいと言っているのだ。
言葉の節々は低いが、こちらがどう転んでも一度は肯定するしかなくなる。
ノーヴィンは王宮に出入りする貴族の間では策士と名高くて、ひとたび敵に回すと厄介な相手だと聞く。
まさか自分が標的にされるとは思わず、けれど回り回ってライアンの負担になるような事は避けたくて、ミハルドはにこりと微笑する。
「アルベル卿のお気持ちはありがたいのですが、今は陛下をお支え」
「そうだ、アイリス。いい機会だから二人で話してきなさい」
ミハルドの言葉に被せる形で、ノーヴィンがアイリスの背中を押す。
「え、ちょっと……」
突然の父の行動にアイリスは目を白黒させ、しかし強くは断れないようだ。
「……あちらに参りましょうか」
(分かってはいたが、話を聞いてもくれないのか)
頬が引き攣りそうになるのを気合でなんとか持ち堪え、ミハルドは改めてアイリスに笑みを向けた。
空いている長椅子に二人腰掛けると、丁度王宮お抱えの楽団が落ち着いた曲調の旋律を奏で始める。
広間の雰囲気がゆっくりと流れていくのを感じながら、ミハルドはちらりとアイリスの横顔を見つめた。
花のような顔立ちは美しく、自分にはもったいないと思いさえする。
甘さのある花の匂いがするのは、花に似た香りをドレスに焚きしめているからだろうか。
頭が小さくて長い手足はもちろん、歩き方や所作がどの令嬢よりも洗練されていて、ここに集う令嬢が憧れないはずがないと思う。
令息などはひっきりなしにダンスの誘いを申し込むと思うが、生憎と諸々の確認が終わっていなかったためその場面は見ていない。
(綺麗な方だと思うが……)
未だに己の心の奥底には、ライアンが居る。
突然『結婚してはどうか』と言われた時も困ったが、まさかパーティー中に結婚相手の一人を紹介され、二人きりにされるとは思わなかった。
ライアンはノーヴィンと仲がいい──と思う。
断定的でないのは、その実ノーヴィンを信用していないからでもあった。
腹の底では何を考えているのか分からず、ひとたびノーヴィンの策に乗ってしまえば最後、すべてを呑み込まれてしまう気がしてならないのだ。
中でもライアンは相手の感情の機微に疎く、場合によっては言葉のままに受け取る節がある。
そこのところを周囲の人間が、それこそ側近である自分が上手く対処できなければ、傀儡になるのも時間の問題だろう。
(なんとかして断りたいが、どうするべきか)
アイリスはきっと、父であるノーヴィンの手駒だ。
父親同様どう出るのか予想できない部分があり、結婚が正式に決まるよう知恵を働かせるだろう。
そうでなくとも他の人間を想っているのに、このままアイリスと結婚しては失礼にあたる。
自分が好意を寄せているのは、後にも先にもライアンだけなのだ。
年が離れていようと、この先ライアンに好いた相手が出来ようと、この気持ちは変わらないだろう。
「……アイリス様」
楽団の旋律に耳を澄ませ、優雅な所作でワインを口にしていたアイリスに小さく声を掛ける。
「はい?」
こちらを見つめるアイリスの瞳は柔らかく蕩けており、もしや酒に弱いのかと瞬時に思った。
「いえ、水をもらって参りますね」
丁度給仕する使用人が横切り、一言断ってから水の入ったグラスを持って長椅子に戻る。
「どうぞ」
「ありがとう、ございます」
アイリスはぽそりと口の中で礼を言うと、ミハルドの手からグラスを受け取った。
「……一つ、聞いても構いませんか」
互いに黙ったままどれほど経ったのか、やがて楽団の音楽が止んだ。
ミハルドはそっと腹に力を込めると、先程言い掛けていた言葉を唇に乗せる。
「こうしたことを女性に尋ねるには、不躾だと重々承知していますが……なぜご結婚をされないのかと思いまして」
美しいので、とは言わずに心の中に留めた。
不用意なことを言って好意を寄せられても困るため、当たり障りのないようにアイリスの顔を見ながらぽつぽつと続ける。
「貴方のような方は、引く手数多でしょう。……初対面の男に、こんなことを言われても困るかと思いますが」
そこまで言い終えると、ややあってアイリスが唇の端を淡く上げた。
「お優しいのですね。けれど本当に、ただ行き遅れただけなんです。幼い頃より絵を描くことが好きで、画家になりたいと思ったものですから……」
おかしいですよね、とアイリスが自嘲気味に言う。
「自分が女というだけで、好きなことができない。絵の勉強がしたいと言っても、父はいい顔をしませんでした。公爵様の前なのでああ言っていましたが、心の中では馬鹿な娘だと笑っているかもしれません」
アイリスは膝に置いていたグラスを顔の高さまで掲げると、ふっと唇を歪めた。
「それに、私は男女ともに面倒な性格だと言われていますもの。行き遅れても仕方がないんです」
ふふ、と口元を抑えてアイリスが笑う。
垂れ目がちな瞳は笑うと目尻がきゅっと下がり、可愛らしいと思う。
それは亡き正妃──ミシェルを彷彿とさせるほど、雰囲気がよく似ていた。
しかしその実、己が懸命に似ていると『思おうとしている』だけで、話し方は真逆そのものだ。
(……どうしてミシェル様が出てきたんだ)
ミシェルがおっとりとした芯のある性格に反して、アイリスは自分の意見をはっきりと言う勝ち気な性格なように思う。
思ったことを正直に言ってくれるのは、ミハルドからすればありがたい。
加えてやりたい事に一直線で、時には血の繋がった家族にすら反抗するのは、自分にはない行動力だった。
他の、それこそアイリスの周囲に居る男女は、彼女の考えに賛同しないのだろうか。
否、ノーヴィンが呼ぶまで一人で広間の隅のソファに座って周囲を見回していたあたり、仲のいい人間はこの場にいないのかもしれない。
けれど招待したい人間が居るのならば、ぎりぎりでも構わないから言ってくれたらよかった。
アイリスはああ言ったが、父親にすら本当の自分を顧みられていない可能性が濃くなったと推察してしまう。
どんな理由があったとしても、自分の好きなことを否定されるのは嫌だろう。
それがたとえ人であれ、ものであったとしても。
「──シュヴァルツ公爵」
ふとアイリスが話し掛けてきて、ミハルドは思考を止めてそちらに顔を向けた。
「なんでしょう、か……っ!?」
声を掛けるとほとんど同時に、アイリスの頭が肩に触れる。
柔らかな身体に加えて自分以外の体温も感じ、唐突な事にミハルドは図らずも瞳を開きそうになった。
けれどすぐに瞼に力を込めて、そっとアイリスを窺う。
数杯ワインを飲んでいたからか火照った頬は少し赤く、つい先程水を飲んだとはいえ、まだアルコールが抜け切っていないように思う。
初対面も同然の、年上の男に饒舌だったのも、この場の雰囲気も相俟って酔ってしまったのだろう。
「アイリス様。……アイリス様、起きてください」
努めて小声でアイリスの名を呼び、凭れてきた身体を離そうとした。
しかし仮にも嫁入り前の女性に触れていいものか悩み、ミハルドの手は細い肩に触れそうなところで止まる。
近くでノーヴィンが見ている可能性もあり、このままアイリスを介抱すると即座に側へやってくるかもしれない。
そしてミハルドの弱みを突き、ライアンに進言して結婚の話を進めようとするに違いなかった。
もちろん予想でしかないが、多少のことでも用心するに越した事はないだろう。
(仕方ない、他の使用人を……)
手の空いている者はいないか周囲へ視線を向けると、今一番この状況を見られたくはない人物と視線が交わった。
「っ」
まっすぐに青い瞳がミハルドを射抜き、手を動かすことはおろか呼吸さえもできなくなる。
「ラ、イ……」
自身が広間に来た時、ライアンは護衛代わりであるディアンを引き連れて他の貴族と歓談していた。
ノーヴィンに話し掛けられる前も無意識にライアンの姿を目で追おうとしたが、すでに人波に紛れた後だったため見つけられなかったのだ。
以降はほとんどアイリスに注視していて、満足にライアンの姿を探せなかった。
「どうかしたのか、ミハルド」
ゆっくりとした足取りで、ライアンがこちらに近付いてくる。
ここ数日は間近で顔を合わせていなかったからか、国王としての装いも相俟ってずっと神々しく見えた。
「あ、っ……こちらの令嬢が、眠いそうで。起こそうとしたのですが、その……どうすべきかと、思いまして」
ここでもまっすぐにライアンの顔を見れず、やや俯きがちになってしまう己を恥じる。
意地を張っている自覚はあるが、アイリスと二人で居るところを誤解をされるのはもっと避けたかった。
(どう足掻いても俺の片想いでしかないのに、滑稽だな)
ミハルドは内心で失笑する。
いつまでこんな気持ちを抱くことになるのか、自分でも分からない。
好意を伝えても躱されるばかりで、取り付く島もないのだ。
最早あの日『結婚してはどうだ』と言ってきたのも、ミハルドの気持ちを分かっていて提案したとすら思うほどだった。
「そうか。……ん? その子はアイリス嬢じゃないか」
ミハルドの言葉に小さく相槌を打つと、自身の肩に凭れている人物を見て目を丸くする。
頭を伏せているため顔はあまり見えないはずだが、ライアンはアイリスと気付いたらしい。
「ご存知なのですか……?」
招待客のリストを纏めたのは他でもない自分で、ライアンは軽く目を通すだけだ。
ただ今回ばかりは集まる人数が多かったため、ミハルドですら把握していない人間も居る。
不思議そうに問い掛けると、ライアンはあっけらかんと言った。
「知ってるも何も、お前の結婚相手にと選んだんだが」
目に入れても痛くないとはこういうことを言うのか、アイリスを見るノーヴィンの視線は慈愛で満ちている。
「いやだ、お父様ったら。今年で二十七になる年増を可愛いだなんて……頭がおかしくなったのではありませんか?」
やんわりと眉を跳ねさせ、アイリスが怒った顔をする。
「何を言う。子供はいくつになっても可愛いもんだ」
ははは、とノーヴィンは娘の言葉をさして気にしていないというふうに笑い、アイリスの背中に手を添えるとわずかに前へ進ませる。
「公爵が結婚相手を探している、と小耳に挟んだものでね。知っているかもしれないが、我が家はアイリス以外、すでに婚約や結婚をしている。……こうした機会だから、一度対面で挨拶をしたかったんだ。そしてどうか色いい返事を頂ければ、と」
「は、い……?」
何を言われたのか、一瞬理解するのが遅れた。
ノーヴィンはあくまで下手に出ているようだが、つまりこの女性と自分を見合わせたいと言っているのだ。
言葉の節々は低いが、こちらがどう転んでも一度は肯定するしかなくなる。
ノーヴィンは王宮に出入りする貴族の間では策士と名高くて、ひとたび敵に回すと厄介な相手だと聞く。
まさか自分が標的にされるとは思わず、けれど回り回ってライアンの負担になるような事は避けたくて、ミハルドはにこりと微笑する。
「アルベル卿のお気持ちはありがたいのですが、今は陛下をお支え」
「そうだ、アイリス。いい機会だから二人で話してきなさい」
ミハルドの言葉に被せる形で、ノーヴィンがアイリスの背中を押す。
「え、ちょっと……」
突然の父の行動にアイリスは目を白黒させ、しかし強くは断れないようだ。
「……あちらに参りましょうか」
(分かってはいたが、話を聞いてもくれないのか)
頬が引き攣りそうになるのを気合でなんとか持ち堪え、ミハルドは改めてアイリスに笑みを向けた。
空いている長椅子に二人腰掛けると、丁度王宮お抱えの楽団が落ち着いた曲調の旋律を奏で始める。
広間の雰囲気がゆっくりと流れていくのを感じながら、ミハルドはちらりとアイリスの横顔を見つめた。
花のような顔立ちは美しく、自分にはもったいないと思いさえする。
甘さのある花の匂いがするのは、花に似た香りをドレスに焚きしめているからだろうか。
頭が小さくて長い手足はもちろん、歩き方や所作がどの令嬢よりも洗練されていて、ここに集う令嬢が憧れないはずがないと思う。
令息などはひっきりなしにダンスの誘いを申し込むと思うが、生憎と諸々の確認が終わっていなかったためその場面は見ていない。
(綺麗な方だと思うが……)
未だに己の心の奥底には、ライアンが居る。
突然『結婚してはどうか』と言われた時も困ったが、まさかパーティー中に結婚相手の一人を紹介され、二人きりにされるとは思わなかった。
ライアンはノーヴィンと仲がいい──と思う。
断定的でないのは、その実ノーヴィンを信用していないからでもあった。
腹の底では何を考えているのか分からず、ひとたびノーヴィンの策に乗ってしまえば最後、すべてを呑み込まれてしまう気がしてならないのだ。
中でもライアンは相手の感情の機微に疎く、場合によっては言葉のままに受け取る節がある。
そこのところを周囲の人間が、それこそ側近である自分が上手く対処できなければ、傀儡になるのも時間の問題だろう。
(なんとかして断りたいが、どうするべきか)
アイリスはきっと、父であるノーヴィンの手駒だ。
父親同様どう出るのか予想できない部分があり、結婚が正式に決まるよう知恵を働かせるだろう。
そうでなくとも他の人間を想っているのに、このままアイリスと結婚しては失礼にあたる。
自分が好意を寄せているのは、後にも先にもライアンだけなのだ。
年が離れていようと、この先ライアンに好いた相手が出来ようと、この気持ちは変わらないだろう。
「……アイリス様」
楽団の旋律に耳を澄ませ、優雅な所作でワインを口にしていたアイリスに小さく声を掛ける。
「はい?」
こちらを見つめるアイリスの瞳は柔らかく蕩けており、もしや酒に弱いのかと瞬時に思った。
「いえ、水をもらって参りますね」
丁度給仕する使用人が横切り、一言断ってから水の入ったグラスを持って長椅子に戻る。
「どうぞ」
「ありがとう、ございます」
アイリスはぽそりと口の中で礼を言うと、ミハルドの手からグラスを受け取った。
「……一つ、聞いても構いませんか」
互いに黙ったままどれほど経ったのか、やがて楽団の音楽が止んだ。
ミハルドはそっと腹に力を込めると、先程言い掛けていた言葉を唇に乗せる。
「こうしたことを女性に尋ねるには、不躾だと重々承知していますが……なぜご結婚をされないのかと思いまして」
美しいので、とは言わずに心の中に留めた。
不用意なことを言って好意を寄せられても困るため、当たり障りのないようにアイリスの顔を見ながらぽつぽつと続ける。
「貴方のような方は、引く手数多でしょう。……初対面の男に、こんなことを言われても困るかと思いますが」
そこまで言い終えると、ややあってアイリスが唇の端を淡く上げた。
「お優しいのですね。けれど本当に、ただ行き遅れただけなんです。幼い頃より絵を描くことが好きで、画家になりたいと思ったものですから……」
おかしいですよね、とアイリスが自嘲気味に言う。
「自分が女というだけで、好きなことができない。絵の勉強がしたいと言っても、父はいい顔をしませんでした。公爵様の前なのでああ言っていましたが、心の中では馬鹿な娘だと笑っているかもしれません」
アイリスは膝に置いていたグラスを顔の高さまで掲げると、ふっと唇を歪めた。
「それに、私は男女ともに面倒な性格だと言われていますもの。行き遅れても仕方がないんです」
ふふ、と口元を抑えてアイリスが笑う。
垂れ目がちな瞳は笑うと目尻がきゅっと下がり、可愛らしいと思う。
それは亡き正妃──ミシェルを彷彿とさせるほど、雰囲気がよく似ていた。
しかしその実、己が懸命に似ていると『思おうとしている』だけで、話し方は真逆そのものだ。
(……どうしてミシェル様が出てきたんだ)
ミシェルがおっとりとした芯のある性格に反して、アイリスは自分の意見をはっきりと言う勝ち気な性格なように思う。
思ったことを正直に言ってくれるのは、ミハルドからすればありがたい。
加えてやりたい事に一直線で、時には血の繋がった家族にすら反抗するのは、自分にはない行動力だった。
他の、それこそアイリスの周囲に居る男女は、彼女の考えに賛同しないのだろうか。
否、ノーヴィンが呼ぶまで一人で広間の隅のソファに座って周囲を見回していたあたり、仲のいい人間はこの場にいないのかもしれない。
けれど招待したい人間が居るのならば、ぎりぎりでも構わないから言ってくれたらよかった。
アイリスはああ言ったが、父親にすら本当の自分を顧みられていない可能性が濃くなったと推察してしまう。
どんな理由があったとしても、自分の好きなことを否定されるのは嫌だろう。
それがたとえ人であれ、ものであったとしても。
「──シュヴァルツ公爵」
ふとアイリスが話し掛けてきて、ミハルドは思考を止めてそちらに顔を向けた。
「なんでしょう、か……っ!?」
声を掛けるとほとんど同時に、アイリスの頭が肩に触れる。
柔らかな身体に加えて自分以外の体温も感じ、唐突な事にミハルドは図らずも瞳を開きそうになった。
けれどすぐに瞼に力を込めて、そっとアイリスを窺う。
数杯ワインを飲んでいたからか火照った頬は少し赤く、つい先程水を飲んだとはいえ、まだアルコールが抜け切っていないように思う。
初対面も同然の、年上の男に饒舌だったのも、この場の雰囲気も相俟って酔ってしまったのだろう。
「アイリス様。……アイリス様、起きてください」
努めて小声でアイリスの名を呼び、凭れてきた身体を離そうとした。
しかし仮にも嫁入り前の女性に触れていいものか悩み、ミハルドの手は細い肩に触れそうなところで止まる。
近くでノーヴィンが見ている可能性もあり、このままアイリスを介抱すると即座に側へやってくるかもしれない。
そしてミハルドの弱みを突き、ライアンに進言して結婚の話を進めようとするに違いなかった。
もちろん予想でしかないが、多少のことでも用心するに越した事はないだろう。
(仕方ない、他の使用人を……)
手の空いている者はいないか周囲へ視線を向けると、今一番この状況を見られたくはない人物と視線が交わった。
「っ」
まっすぐに青い瞳がミハルドを射抜き、手を動かすことはおろか呼吸さえもできなくなる。
「ラ、イ……」
自身が広間に来た時、ライアンは護衛代わりであるディアンを引き連れて他の貴族と歓談していた。
ノーヴィンに話し掛けられる前も無意識にライアンの姿を目で追おうとしたが、すでに人波に紛れた後だったため見つけられなかったのだ。
以降はほとんどアイリスに注視していて、満足にライアンの姿を探せなかった。
「どうかしたのか、ミハルド」
ゆっくりとした足取りで、ライアンがこちらに近付いてくる。
ここ数日は間近で顔を合わせていなかったからか、国王としての装いも相俟ってずっと神々しく見えた。
「あ、っ……こちらの令嬢が、眠いそうで。起こそうとしたのですが、その……どうすべきかと、思いまして」
ここでもまっすぐにライアンの顔を見れず、やや俯きがちになってしまう己を恥じる。
意地を張っている自覚はあるが、アイリスと二人で居るところを誤解をされるのはもっと避けたかった。
(どう足掻いても俺の片想いでしかないのに、滑稽だな)
ミハルドは内心で失笑する。
いつまでこんな気持ちを抱くことになるのか、自分でも分からない。
好意を伝えても躱されるばかりで、取り付く島もないのだ。
最早あの日『結婚してはどうだ』と言ってきたのも、ミハルドの気持ちを分かっていて提案したとすら思うほどだった。
「そうか。……ん? その子はアイリス嬢じゃないか」
ミハルドの言葉に小さく相槌を打つと、自身の肩に凭れている人物を見て目を丸くする。
頭を伏せているため顔はあまり見えないはずだが、ライアンはアイリスと気付いたらしい。
「ご存知なのですか……?」
招待客のリストを纏めたのは他でもない自分で、ライアンは軽く目を通すだけだ。
ただ今回ばかりは集まる人数が多かったため、ミハルドですら把握していない人間も居る。
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