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一章
美しい人 4
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裏口にある馬車停めから降りて王宮へ続く小道を歩いていると、見慣れた長身の影があった。
「っ、ライアン様……!」
図らずもその人の名が口を吐いて出る。
「ん……?」
鋭く自分を呼ぶ声に男──ライアンが、緩やかにこちらを振り向いた。
耳の下ですっきりと切り揃えられた黒髪は昔と変わらず、しかし今はところどころに白髪が見え隠れしている。
笑うと下がる目尻にはうっすらと笑い皺が刻まれ、どこか可愛らしさがあった。
海のように青く澄んだ瞳も相俟って、年が経つにつれて妖艶さを醸し出しているように思う。
ミハルドが駆け寄ってくるのを目に留めると、ライアンは柔らかく口角を上げてゆっくりと唇を開いた。
「なんだ、そんなに血相を変えて。今帰りか」
どこまでも穏やかで耳に残る低音は、こちらを思いやってくれる人間のそれだ。
同時に『国王と側近』としてではなく、ただの『男』としての関係であればどんなにいいか──と、そこまで考えて止める。
(だから俺は何を考えてるんだ……! 仮にもライアン様と……ライトグラン殿の御前で)
ミハルドはライアンの背後で影のように控える男に、そっと視線を向ける。
ここ数日の間、ライアンはお忍びと称して頻繁に街へ出向いており、庶民の男となんら変わらない格好をしている。
それは背後に立つ男も同様で、しかし幾分かかっちりとした黒い上下の衣服に身を包んでいる。
ライアンは皺ひとつ無い白いシャツに紺色のベスト、同色のスラックスという簡素な出で立ちだ。
見た目こそ良家の貴族とその従者にも見えるが、ライアンその人は遠目から見ても存在感があった。
その飛び抜けた容姿を抜きにしても、国王という尊い身分だ。
いくら庶民の出で立ちをしているとしても、ミハルドから言わせれば高貴な雰囲気を隠し切れていなかった。
このままではリネスト国王その人だと気付かれるのも、時間の問題だろうと気が気ではない。
背後に立つ男──ディアンは国王直属の護衛で、ミハルドがいない時はこうして傍で支えてくれているからまだ楽だと思う。
但し、ディアンもライアンに負けず劣らず容姿がいいため、どちらにしろ問題が起こるのはそう遠くないかもしれなかった。
「側近殿との大切なお話は、執務室へ戻ってからでもよろしいかと。あまり風に当たっていては冷えますゆえ」
ふとディアンが主に向けてそっと耳打ちすると、ライアンはミハルドに対する時とはまた違った人の悪そうな笑みで言った。
「それを言うならお前もだろう、ディアン。一つしか変わらないとはいえ、その老体には酷だろう」
低く、けれど楽しげに放たれたライアンの言葉に、ディアンのこめかみがぴくりと動く。
「……私は毎日鍛錬をしておりますので。貴方のご子息や他の若いのに比べてもまだまだ丈夫な方ですし、むしろ心配なのは貴方様の方かと思いますが」
ライアンの頭から爪先までゆっくりと見ながら、ディアンが微笑む。
秋が深まっているからか夕方になると肌寒さを増し、ディアンの言葉通り今のライアンの服装ではやや薄着だろう。
確かに心配なところもあるが、これがこの二人なりの意思疎通の一つで、互いに本気で言っている訳ではないと理解している。
(遊んでいるくらいならば早く入って欲しいものだが)
内心では呆れつつも、二人はミハルドが緊張しているのを感じ取っているようだった。
その理由は分からないながらも、こうして軽口を叩き合うのは決まってミハルドの心が不安定な時だけだ。
王宮に来た時からずっとこの二人は常に一緒に居るようで、早い話腐れ縁というやつなのだと思う。
しかし気付けばディアンと代わるように国王の『側近』という地位に収まり、文字通り傍近くに立たせてくれている。
この立場が嬉しいと思う反面、やはり元々の場所に居た男と並び立つライアンの姿を見ると、わけもなく妬心に駆られた。
(こんな年になっても嫉妬するのは、俺がおかしいからだ)
先程までライアンのことを考えていたからか、失われていた自身への嫌悪と羞恥が綯い交ぜになった感情が、ゆっくりと膨らんでいく。
ミハルドは人知れず拳を握り締め、ややあって震えそうな唇を開いた。
「……私からすれば、お二人とも心配ですよ」
はぁ、とわざとらしく溜め息を吐いてみせると、二人は互いに顔を見合わせて小さく吹き出した。
「それもそうだな」
「ミハルドに言われては終わりですね」
ライアンがくすくすと笑うのに対して、ややあってディアンが前に進み出る。
「では心優しい側近殿の言葉通り、温かい紅茶でも飲むとしましょうか。──殿下には負けますが、構いませんか?」
ディアンはかすかに口角を上げ、ゆったりとした声で続ける。
こういう時のディアンは楽しそうで、それと同時にライアンに上達した紅茶の腕前を見せてやりたい、という感情が手に取るように分かった。
(趣味があるのはいい事だが……ちゃんと仕事をしていたのか、貴方は)
あまり放っておくと自分がやるべき職務すら放棄する節のある元教育係に、ミハルドはあまり開いていない目を更に細める。
「私はどちらでも。ただ、夕食後にしてくださるとありがたいのですが」
「まだ時間ではないはずだが」
体調でも悪いのか、とディアンの背後からライアンが気遣わしげな声で言ったと同時に、くるると可愛らしい音が聞こえた。
それは紛れもなく自身の──ミハルドの腹から奏でられたものだった。
「も、申し訳ございません……! ……今日、あまり時間がなくて。朝食を食べていなかったのです」
まさか今この場で盛大に響くとは思わず、次第に頬が熱くなっていくのが分かる。
慌てて頭を下げて謝罪をしても、蚊の鳴くような声しか出ない。
むしろ言葉を紡ぐ度に語尾が小さくなり、最後の辺りに至っては聞こえていないことだろう。
(寒さでもなんでもいいから、この際早く入りましょうと言うべきだった……!)
じっとこちらを見つめてくる二人の視線が痛くて、何よりこれ以上沈黙されるのが嫌で、震えてか細い声はそのままにミハルドは続けて口を開いた。
「あの、ですので。アルト様のために用意していた夕食の分も、その……部屋に持っていこうかと」
行きの馬車の中でアルトは『公爵邸に滞在する』という旨を部屋付きのメイドに伝えるのを忘れていた、と言っていたのだ。
『……多分、俺の分は捨てると思うんだけど。もったいないし、もし夕飯までに間に合ったら使用人達で分けてくれ、って伝えて欲しいんだ』
ごめんな、と申し訳なさそうに眉を下げて言ったアルトの顔が脳裏に浮かぶ。
事実、今日は朝食すら満足に食べていなかった。
ライアンは数日おきに街の外れへお忍びで向かっており、国王がいない間のやるべき事を半分ほどミハルドが請け負っている。
確認すべき書類や国内の貴族からの嘆願書、他国からの手紙や諸々は毎日のように来るのだ。
日中ライアンが不在の間に、負担を少しでも軽減しようと自ら進み出た事だが、ここ数日は特に空腹感が顕著だった。
それもこれも己が食事を疎かにしていたためだが、孤児院に着いた時フランツに事情を話して街で買ってくる事も出来た。
けれど疲労が蓄積していたのも事実で、心配したアルトに起こされるまで眠ってしまったのも仕方ない事だった。
「……だ、駄目でしょうか」
未だ何も言わない二人の視線に加え、次第に重くなっていく沈黙が怖くて、堪らずもう一度唇を開く。
一人分だけならばいざ知らず、二人分も食べるとなると食い意地が張っていると思われるかもしれない。
しかしほとんど一日ぶりの食事でもあるため、これくらい食べなければ力が入らないのも、悲しいかな己が成長し過ぎたせいだ。
(せめてもう少し、本当にあともう少し身体が小さければ)
胃袋は身体の大きさに比例しているのか、そもそも昨日も満腹になるまで食べていないから、二人分でも足りないと思う。
それを悟られたくなくて、ディアンはもちろんライアンの顔とて見れず、ミハルドは唇を閉じると顔を俯けた。
「──足りなかったらいくらでも持って来させるから、たくさん食べなさい」
やがて柔らかく落ち着いた低音が耳に届き、反射的に顔を上げた。
見ればライアンが淡く笑みを浮かべ、海のように深いそれと視線が交わった。
ディアンは気を利かせてくれたのか既に姿は見えず、代わりにライアンその人と二人きりになっている。
こちらを見つめる慈愛に満ちた青い瞳は、普段となんら変わらない。
なのにミハルドの前で紡がれる声音が優しげなのは、自分が目の前の男に焦がれてしまっているからだろうか。
ライアンも同じ気持ちであればどんなにいいか、と何度願ったかこの男は知っているのだろうか。
「は、はい──」
しかし馬鹿正直に心情を吐露する訳にもいかず、返事をしようと小さく口を開いた。
それと同時に先程よりもやや大きく、きゅうと腹の虫が鳴る。
「……っ、ごめんなさい」
慌てて腹を抑え、ミハルドは囁くように二度目の謝罪をした。
(これでは幼い子供と変わらない)
ライアンの前で砕けた口調になるのは、それほどの長い年月を共に過ごしてきたからだ。
普段こそ敬語を崩さず──気のおけない相手であっても敬語のままがほとんどだが──親しげに接する。
こうしてミハルドが素を見せられるのは、レオンハルトを除けばライアンしかいない。
エルのことは生まれた時から知っているが、むしろ年長者として完璧であらねばという感情の方が強い。
そのため昔のような言葉遣いをしてしまうのは、もはや目の前の男を好きとか嫌いとか、そういう話ではないように思う。
「謝るな。何も悪いことはしていないだろう」
ミハルドの腹に己のそれを触れさせ、ライアンはくすりと笑う。
大の男が腹を空かせている傍らに国王がおり、傍目から見ればおかしいこと極まりない状況にも見える。
他の者──特に同僚である衛兵らに見られたら事だろう。
だというのに、いつになくライアンの声音や手の平が温かく感じて、つい泣きそうになってしまう。
(俺も貴方も、年を取った)
それは紛れもない事実であり、あとどれほどの時をライアンと過ごせるのか、という想像したくない現実でもある。
同時に、この手の温もりが離れていくのは嫌だと思った。
「……はい」
また謝罪をする訳にもいかず、ミハルドはただただ小さな声で頷く。
短い応答に何を思ったか、ふっとライアンがかすかに笑った気配がした。
「っ、ライアン様……!」
図らずもその人の名が口を吐いて出る。
「ん……?」
鋭く自分を呼ぶ声に男──ライアンが、緩やかにこちらを振り向いた。
耳の下ですっきりと切り揃えられた黒髪は昔と変わらず、しかし今はところどころに白髪が見え隠れしている。
笑うと下がる目尻にはうっすらと笑い皺が刻まれ、どこか可愛らしさがあった。
海のように青く澄んだ瞳も相俟って、年が経つにつれて妖艶さを醸し出しているように思う。
ミハルドが駆け寄ってくるのを目に留めると、ライアンは柔らかく口角を上げてゆっくりと唇を開いた。
「なんだ、そんなに血相を変えて。今帰りか」
どこまでも穏やかで耳に残る低音は、こちらを思いやってくれる人間のそれだ。
同時に『国王と側近』としてではなく、ただの『男』としての関係であればどんなにいいか──と、そこまで考えて止める。
(だから俺は何を考えてるんだ……! 仮にもライアン様と……ライトグラン殿の御前で)
ミハルドはライアンの背後で影のように控える男に、そっと視線を向ける。
ここ数日の間、ライアンはお忍びと称して頻繁に街へ出向いており、庶民の男となんら変わらない格好をしている。
それは背後に立つ男も同様で、しかし幾分かかっちりとした黒い上下の衣服に身を包んでいる。
ライアンは皺ひとつ無い白いシャツに紺色のベスト、同色のスラックスという簡素な出で立ちだ。
見た目こそ良家の貴族とその従者にも見えるが、ライアンその人は遠目から見ても存在感があった。
その飛び抜けた容姿を抜きにしても、国王という尊い身分だ。
いくら庶民の出で立ちをしているとしても、ミハルドから言わせれば高貴な雰囲気を隠し切れていなかった。
このままではリネスト国王その人だと気付かれるのも、時間の問題だろうと気が気ではない。
背後に立つ男──ディアンは国王直属の護衛で、ミハルドがいない時はこうして傍で支えてくれているからまだ楽だと思う。
但し、ディアンもライアンに負けず劣らず容姿がいいため、どちらにしろ問題が起こるのはそう遠くないかもしれなかった。
「側近殿との大切なお話は、執務室へ戻ってからでもよろしいかと。あまり風に当たっていては冷えますゆえ」
ふとディアンが主に向けてそっと耳打ちすると、ライアンはミハルドに対する時とはまた違った人の悪そうな笑みで言った。
「それを言うならお前もだろう、ディアン。一つしか変わらないとはいえ、その老体には酷だろう」
低く、けれど楽しげに放たれたライアンの言葉に、ディアンのこめかみがぴくりと動く。
「……私は毎日鍛錬をしておりますので。貴方のご子息や他の若いのに比べてもまだまだ丈夫な方ですし、むしろ心配なのは貴方様の方かと思いますが」
ライアンの頭から爪先までゆっくりと見ながら、ディアンが微笑む。
秋が深まっているからか夕方になると肌寒さを増し、ディアンの言葉通り今のライアンの服装ではやや薄着だろう。
確かに心配なところもあるが、これがこの二人なりの意思疎通の一つで、互いに本気で言っている訳ではないと理解している。
(遊んでいるくらいならば早く入って欲しいものだが)
内心では呆れつつも、二人はミハルドが緊張しているのを感じ取っているようだった。
その理由は分からないながらも、こうして軽口を叩き合うのは決まってミハルドの心が不安定な時だけだ。
王宮に来た時からずっとこの二人は常に一緒に居るようで、早い話腐れ縁というやつなのだと思う。
しかし気付けばディアンと代わるように国王の『側近』という地位に収まり、文字通り傍近くに立たせてくれている。
この立場が嬉しいと思う反面、やはり元々の場所に居た男と並び立つライアンの姿を見ると、わけもなく妬心に駆られた。
(こんな年になっても嫉妬するのは、俺がおかしいからだ)
先程までライアンのことを考えていたからか、失われていた自身への嫌悪と羞恥が綯い交ぜになった感情が、ゆっくりと膨らんでいく。
ミハルドは人知れず拳を握り締め、ややあって震えそうな唇を開いた。
「……私からすれば、お二人とも心配ですよ」
はぁ、とわざとらしく溜め息を吐いてみせると、二人は互いに顔を見合わせて小さく吹き出した。
「それもそうだな」
「ミハルドに言われては終わりですね」
ライアンがくすくすと笑うのに対して、ややあってディアンが前に進み出る。
「では心優しい側近殿の言葉通り、温かい紅茶でも飲むとしましょうか。──殿下には負けますが、構いませんか?」
ディアンはかすかに口角を上げ、ゆったりとした声で続ける。
こういう時のディアンは楽しそうで、それと同時にライアンに上達した紅茶の腕前を見せてやりたい、という感情が手に取るように分かった。
(趣味があるのはいい事だが……ちゃんと仕事をしていたのか、貴方は)
あまり放っておくと自分がやるべき職務すら放棄する節のある元教育係に、ミハルドはあまり開いていない目を更に細める。
「私はどちらでも。ただ、夕食後にしてくださるとありがたいのですが」
「まだ時間ではないはずだが」
体調でも悪いのか、とディアンの背後からライアンが気遣わしげな声で言ったと同時に、くるると可愛らしい音が聞こえた。
それは紛れもなく自身の──ミハルドの腹から奏でられたものだった。
「も、申し訳ございません……! ……今日、あまり時間がなくて。朝食を食べていなかったのです」
まさか今この場で盛大に響くとは思わず、次第に頬が熱くなっていくのが分かる。
慌てて頭を下げて謝罪をしても、蚊の鳴くような声しか出ない。
むしろ言葉を紡ぐ度に語尾が小さくなり、最後の辺りに至っては聞こえていないことだろう。
(寒さでもなんでもいいから、この際早く入りましょうと言うべきだった……!)
じっとこちらを見つめてくる二人の視線が痛くて、何よりこれ以上沈黙されるのが嫌で、震えてか細い声はそのままにミハルドは続けて口を開いた。
「あの、ですので。アルト様のために用意していた夕食の分も、その……部屋に持っていこうかと」
行きの馬車の中でアルトは『公爵邸に滞在する』という旨を部屋付きのメイドに伝えるのを忘れていた、と言っていたのだ。
『……多分、俺の分は捨てると思うんだけど。もったいないし、もし夕飯までに間に合ったら使用人達で分けてくれ、って伝えて欲しいんだ』
ごめんな、と申し訳なさそうに眉を下げて言ったアルトの顔が脳裏に浮かぶ。
事実、今日は朝食すら満足に食べていなかった。
ライアンは数日おきに街の外れへお忍びで向かっており、国王がいない間のやるべき事を半分ほどミハルドが請け負っている。
確認すべき書類や国内の貴族からの嘆願書、他国からの手紙や諸々は毎日のように来るのだ。
日中ライアンが不在の間に、負担を少しでも軽減しようと自ら進み出た事だが、ここ数日は特に空腹感が顕著だった。
それもこれも己が食事を疎かにしていたためだが、孤児院に着いた時フランツに事情を話して街で買ってくる事も出来た。
けれど疲労が蓄積していたのも事実で、心配したアルトに起こされるまで眠ってしまったのも仕方ない事だった。
「……だ、駄目でしょうか」
未だ何も言わない二人の視線に加え、次第に重くなっていく沈黙が怖くて、堪らずもう一度唇を開く。
一人分だけならばいざ知らず、二人分も食べるとなると食い意地が張っていると思われるかもしれない。
しかしほとんど一日ぶりの食事でもあるため、これくらい食べなければ力が入らないのも、悲しいかな己が成長し過ぎたせいだ。
(せめてもう少し、本当にあともう少し身体が小さければ)
胃袋は身体の大きさに比例しているのか、そもそも昨日も満腹になるまで食べていないから、二人分でも足りないと思う。
それを悟られたくなくて、ディアンはもちろんライアンの顔とて見れず、ミハルドは唇を閉じると顔を俯けた。
「──足りなかったらいくらでも持って来させるから、たくさん食べなさい」
やがて柔らかく落ち着いた低音が耳に届き、反射的に顔を上げた。
見ればライアンが淡く笑みを浮かべ、海のように深いそれと視線が交わった。
ディアンは気を利かせてくれたのか既に姿は見えず、代わりにライアンその人と二人きりになっている。
こちらを見つめる慈愛に満ちた青い瞳は、普段となんら変わらない。
なのにミハルドの前で紡がれる声音が優しげなのは、自分が目の前の男に焦がれてしまっているからだろうか。
ライアンも同じ気持ちであればどんなにいいか、と何度願ったかこの男は知っているのだろうか。
「は、はい──」
しかし馬鹿正直に心情を吐露する訳にもいかず、返事をしようと小さく口を開いた。
それと同時に先程よりもやや大きく、きゅうと腹の虫が鳴る。
「……っ、ごめんなさい」
慌てて腹を抑え、ミハルドは囁くように二度目の謝罪をした。
(これでは幼い子供と変わらない)
ライアンの前で砕けた口調になるのは、それほどの長い年月を共に過ごしてきたからだ。
普段こそ敬語を崩さず──気のおけない相手であっても敬語のままがほとんどだが──親しげに接する。
こうしてミハルドが素を見せられるのは、レオンハルトを除けばライアンしかいない。
エルのことは生まれた時から知っているが、むしろ年長者として完璧であらねばという感情の方が強い。
そのため昔のような言葉遣いをしてしまうのは、もはや目の前の男を好きとか嫌いとか、そういう話ではないように思う。
「謝るな。何も悪いことはしていないだろう」
ミハルドの腹に己のそれを触れさせ、ライアンはくすりと笑う。
大の男が腹を空かせている傍らに国王がおり、傍目から見ればおかしいこと極まりない状況にも見える。
他の者──特に同僚である衛兵らに見られたら事だろう。
だというのに、いつになくライアンの声音や手の平が温かく感じて、つい泣きそうになってしまう。
(俺も貴方も、年を取った)
それは紛れもない事実であり、あとどれほどの時をライアンと過ごせるのか、という想像したくない現実でもある。
同時に、この手の温もりが離れていくのは嫌だと思った。
「……はい」
また謝罪をする訳にもいかず、ミハルドはただただ小さな声で頷く。
短い応答に何を思ったか、ふっとライアンがかすかに笑った気配がした。
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