上 下
17 / 79
3. そうして私のこれからは

16枚目 見た目と中身にご注意を

しおりを挟む
 「そう、今朝けさ会った子なの。ねぇ、名前言える?」

 そっと麗の背に手を添えて問う。
 そもそも前世からの夫なのだが、一華に言っても余計に混乱させるだけだ。

 「うん! ──八坂やさか麗です。よろしく、えっと……」

 ふわりと一華に向かって麗が微笑む。
 そんな麗に対峙した幼馴染みはというと、口元に手を添えてふるふると小刻みに震えていた。
 きっと今の一華の脳内は『可愛い』で溢れかえっている。

 可愛いものに目がないのだ。それが人であれ物であれ、爆発すると──。

 「え待って、君可愛すぎない? あ、私は野々宮ののみや一華っていうんだけど。気軽に一華お姉ちゃんって呼んでね?? でも──どうしてこんなに可愛いの? 神様の暴力? それとも私の日頃の行い? いやでもここはいっそ両方よね、うんうん。きっとそうよ!」

 ワンピースが汚れるのも構わず、ガッと麗の小さな手を掴み、ブンブンと上下に振る。葵の目からしても見えないのだ、きっと麗は痛いに違いない。

 ──要は、一華は小さな可愛いものに目がない。特に人に。
 所謂いわゆるショタコンというやつである。
 その見た目と相まって、饒舌じょうぜつの上を行く饒舌になる。それに加えて早口なのだから、初対面の相手には引かれる事が多いのだが。

 一華に想いを寄せている男子が見てしまったら、それだけで百年の恋も冷めてしまうだろう。
 本人に恋愛する気はこれといって無いようなので(そもそも気付いてすらいない)、それはそれでいいのだろうが。

 (……オタクってやつ、かしらね)

 漠然とした予想でしかないが、きっとそうなのだろう。何故かそんな予感がした。
 それに、幼馴染みの奇行にもいい加減慣れていた。
 こうなってしまうと一華は止まらない。しばらく好きにさせるしかなさそうだ。

 「あの……」

 遠慮がちに、というか大分引いた表情で麗が抗議した。時間にすると一分も経っていないが、もう耐えられないといった風だ。

 「あ、ごめんなさい! 痛かった?」

 パッと一華が手を離し、麗のか細い手首をさする。
 赤くなっていないが、物理的に痛いのは変わらないのだろう。

 「や、大丈夫だけど……」
 「良かった~! あ、ごめんね葵。もう大丈夫だから!!」

 そうして今思い出したという風で、一華の後ろにいた葵を振り仰ぐ。
 表情からして満足したのだろう幼馴染みに、やっとかという念を覚える。

 「本当……やっとよね」

 一華が落ち着くまで葵は遠くを眺めていた。それまで黄昏たそがれていただけのだが、思っていたことが口に出るのも仕方ない。

 「ごめんって! で、二人で何をしてたの?」
 「学校が終わったら集まろう、って約束してたのよ。ねぇ」

 そうして麗に目線を合わせる。顔を覗き込むと、ほんのりとだが赤くなっていた。
 そんな麗に葵の表情は固まる。ぴしり、と。

 (あー、そう。和さまは私よりも一華がお気に召したようね、はいはい知ってる知ってる)

 表情で何を言いたいのか悟った麗が、慌てて小声で抗議した。

 「いや違うからな!? 俺はお前だけで」
 「……もしかして、麗くんを私に紹介するため?」

 コソコソと二人で話しているのを見ていた一華が、この場所に来た意味を口にする。

 「それもあるけど、やっぱり帰るのがね……」

 ポソリと葵が呟く。
 千秋と気まずいのは勿論だが、朝から結構な時間が経っている。
 元来、千秋は何事にもポジティブで明るい性格だ。もう気にしていないかもしれない。
 これは「千秋と二人きりで居たくない」という葵の我儘だった。

 「大丈夫でしょ? 千秋くん優しいんだから」

 一華は笑ってみせるが、どうしても気がかりにしかならない。

 「葵ちゃん、帰りたくないの?」

 くい、と制服の裾を掴んだ麗が遠慮がちに言った。
 コテリと首を傾げて葵を見上げるさまは、この空気には似合わない。けれど、その表情が「大丈夫か?」と言っているようで。

 「帰るよ。麗くんのお家ってこの近くなのよね? 送っていくからそろそろ行こうか」

 麗に向けて手を差し出す。

 「ん」

 心配を掛けさせまいとした、葵の意思をんでくれたのだろう。何も言わず首肯し、差し出した手をやわらかく掴んだ。
 ほわほわと温かい小さな手は、これから色々なことを知っていく。

 そんな未来のある麗に寂しくもあり、悲しくもある。

 (やっぱり母性本能が出てるみたいね……)

 こういう事を思うくらいには、麗に対しての感情がごちゃごちゃしているのを自覚した。

 そして。麗と葵が仲良く手を繋いでいるのを羨ましそうに見ている一華を、忘れてはならない。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

傾国の王子

BL / 完結 24h.ポイント:560pt お気に入り:12

チェンジ

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:1

おいてけぼりのSubは一途なDomに愛される

BL / 完結 24h.ポイント:177pt お気に入り:1,429

潰れた瞳で僕を見ろ

BL / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:21

メス堕ち異世界ハーレム!?

BL / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:86

桜の君はドSでした

BL / 完結 24h.ポイント:291pt お気に入り:16

処理中です...