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24.婚姻という名の契約

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 砦の街の転移門はさほど大きくはないのだが、魔力量のある者が操作すれば騎馬ごとの転移が可能だ。

「風魔法で駆け抜けるのとどちらがいい?」
「アシュタイ側の門を確認させろ。通行料に警備体制など、まだ決めていないのだぞ」
「なるほど、それでこそ私の妻に相応しい」

 アラムハルトが騎馬を駆けさせれば、騎士たちの騎馬も追随してきた。どうやらアラムハルトの騎士たちは魔力に長けているようだ。

「くっ……っう」

 横抱きにされた状態で、風魔法を使って疾走する馬上でエディエットは苦戦していた。なにしろ揺れる。アラムハルトが、一応はシールドを張っているようだが、馬に横抱きで乗るなんて、なれない体勢を強いられているエディエットは、不本意ながらアラムハルトに、しがみつくしか無かった。

「私の妻は積極的だ」
「ふざけるな」

 無理やりかぶらされたベールのおかげで顔が近くても遮るものがあるのはありがたい。エディエットはベールで遮られていることを免罪符にアラムハルトの胸に顔を押し付けた。

「何故また、ベールで顔を隠すのだ?」
「ふざけるな。こんな装飾だらけの服に顔を直接つけたら痛いに決まっている」
「化粧がつくことに対してなら問題は無いが?」
「は?誰が化粧などしているものか」

 エディエットが顔を上げた時、ちょうどアシュタイ側の門に到着した。振動も何も無くなったので、エディエットはアラムハルトから体を離し、騎馬から飛び降りた。

「危ないだろう」

 アラムハルトが慌てて後を追う。

「ここを開通させるつもりがあるのか?」
「なぜ、私に聞く?」
「俺の領地が欲しいのでは無いのか?」

 エディエットはベールを上げ、改めてアラムハルトを見た。エディエットを見るアラムハルトの目には、企みごとの気配が見当たらない。

「言ったであろう?私が欲しいのはお前だ」
「妻にすれば俺の持つ全てが手に入るな」

 エディエットは皮肉気味に笑って見せた。

「まだ開通させないとしても、不審者のねぐらにされても困る。警備はしてもらおう」
「分かった。ご希望に沿うようにしよう」

 そんなことを言って、アラムハルトがエディエットの手を取ろうとしたので、エディエットはすぐさま振り払った。

「馴れ馴れしく触るな」
「つれないな私の妻は」
「まだなってはいない」

 2人のやり取りは大勢の騎士が見守る中行われているのだが、帝国の皇帝たるアラムハルトの手をエディエットが無下に払っても、騎士たちはピクリとも動かなかった。なぜなら皇帝であるアラムハルトからの命令がなかったからだ。
 それに、騎士たちは事前に知らされていたのである。「求婚しに行くからついてまいれ」と。


――――――――――――


 そうしてようやく着いたと思ったら、アラムハルトはエディエットを早々に執務室に連れ込んだ。そこには皇帝の片腕たる宰相が待ち構えており、結婚誓約書を準備していた。

「お待ちしておりました」

 宰相は恭しく頭を下げるが、エディエットは胡散臭いものを見る目で返した。そして、事務机の上に並べられた結婚誓約書を手に取った。

「……領地の自治権、俺の開発品の使用料、妃としての予算……ふむ、悪くは無いな」

 ひと通り読み終えて、エディエットは納得したらしい。

「それで?チールド帝国皇帝には正妃がいると聞いているが、間違いないか?」
「そうだ」
「それなのに俺を妻にする。と?」
「第二妃夫人だ。お前の国の言葉で言うと側妃という言葉が近いかもしれないが……」
「だいぶ違うな。第二夫人は子をなさない。社交と金銭管理を主にする奥方のことだろう?正妃、いわゆる本妻は子を成すのだったな」
「そうだ」
「ふん。我が母を知りながらからかうような事を口にするな。第二夫人とは名ばかりで、大抵の高位貴族は男を据える」
「…………」
「それが、役割だ。子を成す女と家を守る男。こちらの国々ならではの風習だったな」

 第二夫人の役割を知っているエディエットからすれば、典型的な政略結婚という構図しか見えてこない。

「魔獣の森は資源豊だからな。俺が作った街道を利用したいのだろう?俺だってあのおつむの緩い連中にくれてやるのは我慢ならないからな。帝国の一部にされるのは気が進まないが、第二妃夫人としてなら高待遇だな」
「では、この結婚誓約書に署名頂けると?」

 宰相が探るような目でエディエットを見た。

「予算がいささか少ない気がするが、女と違って衣装にこだわりはしないし、公には姿を見せる必要がないから、まぁ、いいだろう」

 エディエットは改めて金額を確認した。ウルゼンで書類仕事をしていた時に何度も目にしていたが、第二王子の生母セレーヌの衣装費は馬鹿みたいな金額だった。その分エディエットの生母であるフィナの衣装費は少なかった。

「よいのだな?」
「ふん、ここまで連れ込まれて拒否など出来ないだろうに」

 エディエットはそう言って結婚誓約書をアラムハルトに突き出した。

「では、署名しようではないか」

 アラムハルトは事務机の椅子に座り、宰相が用意したペンを持ち署名をした。それに続き、エディエットも椅子に座り署名をした。

「これであんたの負担が軽減されるわけだ」
「左様で。有難く存じます」

 宰相は恭しく書類をトレーに載せると、執務室を後にした。

「さて、あちらの会議室に大臣連中が集まっているのだかな」
「なるほど、あいにくだか俺は礼服など持ち合わせてはいない。そう領地でも話したはずだが?」

 エディエットが皮肉混じりにそう言うと、アラムハルトは黙って執務室の奥にある扉を開いた。鍵のかかったその扉のなかは棚になっており、重要な書類などがしまわれているようだった。

「これだ」

 アラムハルトが大きな箱を取り出して、エディエットの前に置く。

「なんだ?」

 訝しげに問えば、アラムハルトは嬉しそうに箱を開いた。

「………………ふざけるな」

 箱の中には白を基調として仕立てられた礼服が納められていた。
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