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25.儀式は通過するらしい

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 さすがに執務室に風呂の設備は無いため、エディエットは仕方なく浄化の魔法を使い体を清めた。そうして着替えを始めると、何故かアラムハルトが自分の顔を手で覆ったのだ。

「なんだ?」

 不審に思って問いかければ、アラムハルトは何かを呟いていた。
 そんなことは捨ておいて、エディエットは改めてて身につけた礼服を確認するために鏡を覗き込む。

(なぜサイズが合うんだ?)

 思った事をあえて口にするのはやめておいた。このような事態になったのだから、自分の知らないうちに領地に間者が入り込んでいたのだろう。服のサイズが知られているということは、商業ギルドに関わる者の可能性が高いだろう。だが実際は冒険者ギルドに紛れ込んで来たけれど。

「よく似合っている」

 鏡越しにエディエットはアラムハルトを軽く睨んでみたけれど、さして効果はなかった。

「私の妻は美しいな」

 そう言って髪をひと房手のひらですくいあげ、唇を落としたのだ。エディエットは思わず体を小さく震わせた。

「そう怖がらなくともよい。たぬき爺どもの相手をするのは私だ」

 そう言って後ろから抱きしめられ、エディエットは軽く固まった。頭一つ分とは大袈裟な表現になりそうだが、それにほど近い身長差があった。抱き抱えられた時に気づいてはいたが、アラムハルトの腕はなかなかに太い。ただ玉座に座り、書類にサインをしているだけの皇帝では無さそうだ。

「おい、ふざけるな」

 自分の体に回された腕を無意識に撫でるように触ったからなのか、アラムハルトがエディエットの首筋に顔をうずめてきたのだ。匂いを嗅がれているのか、なにやら生暖かい息がかかって思わず顔を背けるように頭を動かす。
 鏡越しにアラムハルトの様子を伺えば、目を閉じて本当にエディエットの匂いを嗅いでいるように見えた。

 (なんなんだこいつは?)

 あれだけの騎士を揃え、エディエットの留守を狙って攻め入ったくせに、争いの後はどこにも見当たらなかった。農夫を捕らえたというのに畑が荒らされた跡もなかった。魔法を使えるらしい騎士たちなのに、使用した形跡さえ見当たらず、ただ領地の街を静かに占拠するだけだったのだ。

 そうしてエディエットを拘束して放った言葉は求婚だった。ギルドを裏切ってまですることがコレなのかと拍子抜けしたのは一瞬。ガラハムの地を力で制圧するより、その地を治めるエディエットの能力を手に入れる方が有益だからだ。間者がいつからいたかは知らないけれど、魔獣避けの石も魔獣の森の堆肥も、エディエットが開発したものだ。
 
 だからエディエットを手に入れる。

 暴力によって支配したのでは、その知恵の恩恵を得るのは難しいだろうが、こうやって契約を交わし妻としての立場を与えればその能力を使うことが可能だ。

 (ウルゼンの狸どもといい勝負だな)

 エディエットだって、頭の中で計算はしていた。王都からは何も届かないから領地であるエディエットが何から何まで融通をきかせなくてはならないし、痩せた土地で領民たちは飢えていたから、根本的なところから見直さなくてはならなかった。
 国に税金を取り立てられない程に見放された土地だから、このまま何食わぬ顔で鞍替えするのもいいかもしれない。
 そう、打算案に思考を巡らせていると、ややトゲのある声が聞こえてきた。

「陛下、初夜の儀まではお待ちください」

 宰相が戻ってきていたのだ。ご丁寧に扉のところで仁王立ちしているのは、パフォーマンスなのだろう。アラムハルトは名残惜しそうにエディエットに回した腕を外した。だが、今度は恭しくエディエットの手を取った。

「なんだ?」
「準備が整ったようだ。我が臣下どもに私の美しい妻を紹介しなくてはならない」

 アラムハルトはそう言うと、エディエットの手に唇を落とした。

「さあ行こうか」

 エディエットの手を取りアラムハルトは歩き出した。目の前には宰相の背中が見える。身長差がそのままコンパスの差になっているようだが、アラムハルトはエディエットに合わせて歩いているようだ。
 そうして宰相が扉の前に立つと、護衛の騎士が両の扉を恭しく開けた。宰相の背中越しに見える部屋の中では、似たような衣装を身にまとった男たちが立っていた。それを見て思わずエディエットの喉がなる。話にしか聞くことのなかった帝国に、今こうしていることがにわかには信じ難いことではあるが、目の前でゆっくりと頭を垂れる男どもはこの帝国の政務を担う重鎮たちなのだ。
 エディエットはアラムハルトに引かれるままに歩き、部屋の奥へと歩みを進める。足の下の絨毯は毛足が長くその柔らかさに足を取られそうな程だ。

「さて、皆の者おもてをあげよ」

 アラムハルトの声を合図に男どもが顔を上げた。どいつもこいつも一筋縄ではいかないようないかすけない顔をしている。視線を落とす箇所が見当たらないので、エディエットはただ正面を向くことして唇を引き結んだ。笑う必要があるのかないのか判断がつかないからだ。

「書類は確認しただろうな?」
「「「はっ」」」

 一斉に返事をするのでエディエットは一瞬肩を震わせた。見たことは無いがまるで軍隊のようだ。皇帝の元に統率の取れた臣下たちがい並んでいる。

「意義のあるものは……いないようですね」

 宰相がテーブルの中央に置かれた書類を恭しく掲げた。そうしてアラムハルトの前に置く。アラムハルトが手に取ると、エディエットに見せるように書類に書かれたサインを示した。
 アラムハルトとエディエットの結婚誓約書に対しの承認者は宰相を初めとした帝国の大臣たちだった。そしてその最後にアラムハルトが玉璽を押した。

「こちらの書類は、今宵執り行われる初夜の儀を見届けた神官が神殿に納めますので、複写を二通ご用意致します」
「そうしてくれ」

 宰相がまた書類を恭しく掲げ、隣の部屋へと移動する。おそらくそちらの部屋に書記官たちが控えているのだろう。

「では改めて紹介しよう。私の妻のエディエットだ。位は第二妃夫人、アシュタイ国の王女を母に持つウルゼン国の元王太子で現ガラハム辺境伯だ」

 別段拍手も起こらなければ頭を垂れるわけでもない。だからエディエットも直立不動で対応する。

「では、今宵初夜の儀をもって正式に第二妃夫人となる故、私の妻は下がらせてもらう」

 アラムハルトはエディエットの手を取ると扉の外へと導いた。が、開かれた扉の外にまちかまえていたのは輿であったためエディエットの足が止まる。

「初夜の義を行う部屋まではこの輿に乗って行ってもらう」

 押し込められるように輿に乗せられて、エディエットは開いた口を真一文字に閉じた。
 
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