【完結】廃嫡された王太子は沼にハマったようです

夢現

　いつからだっただろうか？
　記憶は定かではないけれど、ずっと居心地の良い空間にいた。暑くもなく、寒くもなく。柔らかな日差しがさして、窓から見える庭には美しい花が咲いていた。時折鳥がやってきてさえずりを聞きながら木の枝の間を飛び交い、青々とした芝生の上には時折猫が昼寝をしていた。
　
　口うるさい女官はおらず、怖い顔をしたお母様もいなくて、いつも優しく微笑んでくれるリズ。美味しい食事や大好きなお茶、甘いお菓子、どれも私の好みだ。着心地の良いドレスは、ずっと憧れていた童話の中のお姫様のようだ。幼い頃から着させられていた衣装は上質な布が使われていたけれど、決して可愛らしいデザインはしていなかった。

　退屈な毎日を過ごしていた時、見知らぬ異国の王様に手を取られた。大好きな童話の中に出てくるような格好をしていたから、夢を見ているのかと思ったけれど、豪華な馬車に乗せられて、ついた先は童話の中のお城だった。お城の中は夢のような世界が広がっていて、歩けば花が舞い散るのが素敵だった。

　そうして童話の中の王様に請われて愛されて、私が産み落としたのは愛らしい王子だった。王様はとても喜んでくれたけれど、肝心の印を刻んではくれなかった。だから王子の肩には私の刻んだ印と、リズが刻んでくれた印がある。リズはなんでもしてくれるから、私は何一つ不自由などなかった。愛らしい王子は魔力が豊富であったから、私のそばで不自由なく大きくなった。

　毎日毎日、別段退屈もしなければ、怖い思いもしなかった。愛らしい王子は大きくなって私のためにアレコレしてくれるようになって、いつの間にかに住む部屋を変えていた。それでも食事は一緒にするから、まだ愛らしい王子は私のためらしい。
　いつの間にかに童話の中の王様はいなくなっていた。けれど、そんな些細なことは私には関係のないことだった。

　毎日毎日、童話の中のお姫さまのようなドレスを着て、大好きな美味しいものを食べて、素敵な詩集の本を読む。リズがとても優しいから、なんの心配もいらない。愛らしい王子はとても優秀で、私のために色々してくれた。

　そんな毎日を送っていたら、ある日外の景色が変わっていた。花の咲く庭の向こうに大きな森が見えたのだ。幼い頃口うるさい女官が言っていた魔獣の森だ。とても恐ろしい魔獣が住む森で、人は入ることができないのだと言っていた。
　それなのに、愛らしい王子が森を切り開いて道を作ったと教えてくれた。そこを通ればすぐにアシュタイの城に行けるという。私は馬車に乗り久しぶりの外出に心を踊らせた。リズがいれば何も困ることはない。だから私は馬車でのお出かけを楽しんだのだ。

　久しぶりに入ったアシュタイの城は、少しばかり静かだった。お父様もお兄様もいらしゃらなくて、ついでにあの口うるさい女官もいなかった。
　お部屋に行ったらお母様もいらしゃらなくて、見知らぬ女が数名いた。互いに確認し合えば、相手はお兄様の妻と娘たちだった。色々な話をしていたら、知らぬ間に随分と時間が経っていたらしい。

　たくましくなったリズが私の左肩にそっと口付けを落とした。あの童話の王様はしてくれなかったけれど。
　そう言えば、愛らしい王子の左肩にもリズが印を刻んだのだった。ということは、そうなのだろうか？私が不安そうにしていると、リズが優しく微笑んで教えてくれた。
　だから私は安心してそれを受け入れたのだ。

　私はアシュタイの城のお姫さまで、リズは王様になったのだ。私の愛らしい王子はとても大きな国の王様の妻になったらしい。左の肩にそう刻まれていたから間違い無いのだろう。だから私は沢山のご褒美がもらえて、アシュタイの城で末永く幸せに暮らしていくそうだ。

　大好きな童話のお姫様と同じになれて私はとても幸せだ。