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45.知らぬが仏と言わずもがな
しおりを挟む回復魔法は多少使えるらしいアラムハルトは、毎日ご丁寧にエディエットを風呂で清めながらかけてくれる。しかもかけ方が気に食わないのでエディエットの眉間にはシワがよる。
けれど結局は眠気に負けてエディエットは眠ってしまうのだ。朝、アラムハルトが寝台から抜けでる時に一度目が覚める。自分の体を包み込む暖かさが無くなるからだ。体力は回復しているのだけれど、眠くて仕方がないからエディエットは起き上がることはしないし、声をかける事もしない。ただ微睡むような時間に、緩く頬を撫でられるのは嫌いではなかった。
「ここで待つように」
いつも通りに後宮の入口で護衛の騎士を待機させる。中に入れる男子は皇帝のみで、エディエットは第二妃夫人という肩書きのおかげで許されているだけだ。
たくさんの侍女たちに周りを取り囲まれて、行き着く先は後宮のサロンだ。いつも通りに長椅子にゆったりと座るのは正妃であるアルネットだ。さすがに目立ってきた腹には刺繍の美しい布がかけられていた。
「本日はこちらを」
エディエットがいつもの通りに腰のポーチから紙の箱を取り出す。テーブルに置いてアルネットに見えるように蓋を開ければ、アルネットの目がキラキラと輝いた。
「季節の果物を載せたタルトです。少量づつ用意してみました」
そう言いながらエディエットは装飾の美しい小箱を取り出した。宝石箱のような作りではあるけれど、鍵がかかるような作りにはなってはいなかった。
「空間収納の魔法を施しました。権限をアルネット様としたいのですがいかがでしょう?」
それを聞いて壁際に立つ侍女たちの表情が変わる。後宮に住まう正妃だから、そのようなものは必要ない。以前断ったはずなのに。
「これからお忙しくなられるでしょう?それに、今現在は一度にたくさんは食すことが出来ないかと」
「随分と気の利くこと」
小箱の装飾の美しさに目を奪われていたアルネットは、一度断られたものを敢えて届けてきたエディエットの真意を読み取ろうとした。
「こちらの焼き菓子は日持ちはしますが、お手元にあった方が口にしやすいでしょう?アルネット様だけに権限があれば、不測の事も起こらないでしょう」
暗に何を言いたいのかを汲み取るのは容易かった。今が大切な時期で、そして帝国では乳母を雇わない。産み落とした母親が自ら乳を与えるから、合間合間でつまめる菓子を手元に置きやすく、ということだとすれば、随分と物知りな第二妃夫人という訳だ。しかも権限を正妃であるアルネット限定にするということは、それなりの意味がいくつか出てくる。
「これだけの品を作らせるのはさぞや時間がかかったでしょうに」
宝石箱のような作りになっている小箱には、本物の宝石がいくつも飾られていた。持ち運びしやすいように本体は木で作られてはいるようだが、金や銀の装飾に加え螺鈿細工も施されていた。この小箱だけでも相当な価値がありそうだが、そこに空間収納の魔法を施したとなれば、貴族の娘の嫁入り道具になりそうな一品である。
「帝国には腕のいい職人がいるのでさほど時間はかかりませんでしたよ」
エディエットが何食わぬ顔で答えれば、アルネットも美しい微笑みで返す。つまりは断られたのにも関わらず発注していたという訳だ。必ず必要になると見越していたという訳だ。
「では、最後の仕上げをしても?」
「構わぬ」
小箱を眺めていたアルネットの手を触らぬようにエディエットの両手が包み込む。ふわりとした柔らかな風のようなものに包まれる感じがすると、小箱全体が淡く光った。
「これで完了です。もし、手元に置いてなくとも、呼べば来ます」
「呼べば?」
「そうです。小箱を呼べば手元に来ます」
そう言ってエディエットはアルネットの手から小箱を取ると、壁際に立つ一人の侍女の手に載せた。
「呼んでみてください。 ああ、心の中で小箱のことを考えて頂ければ結構です」
エディエットに言われ、アルネットはそっと小箱のことを思い浮かべた。
すると、どうだろう。
アルネットの手の中に小箱が現れたのだ。さすがにこれには持たされていた侍女も耐えきれずに小さく悲鳴を上げてしまった。
「なんと、まぁ」
不思議なことを目の当たりにして、アルネットは瞳を瞬かせる。けれど大袈裟に驚いた様子は見せず、手にした小箱の蓋を開けた。
「つまり、コレをこうしてしまっておけば何時でも食せるという事ね」
「はい。他にもいくつか菓子を持ってきました。どうぞお楽しみください」
エディエットは腰のポーチから紙の箱をいくつも取りだした。市井で流行りの柔らかな焼き菓子は日持ちがしない。もちろん果物の乗ったタルトだって、明日には果物の色があせてしまうことだろう。
菓子屋のショーケースに冷蔵や保管の魔法を施しであることはよくあるけれど、空間収納の魔法のように時間を止めている訳では無い。そもそも、空間収納の魔法を施せる術者がほとんど居ないから、小箱とは言えど大変な価値があるのだ。
だからといって、そんな大層な品を菓子入れとするなんて、随分と贅沢な事だ。
「なんと、まぁ」
並べられた菓子はどれもこれも美味しそうで、壁際に立つ侍女たちも思わず見つめてしまう程だった。しかもエディエットはそれをたくさん持ってきた。上質な生菓子がいくつも並べられ、さすがにアルネットも困惑をする。
「こんなに入るものですか?」
「ああ、これは皆さんに試食して頂きたいのです」
そう言って、エディエットはびっしりと名前の書かれた紙をアルネットに差し出した。
「ガーデンパーティを開くのです。招待客のリストです。ご確認頂けますか?」
エディエットがそう言えば、アルネットは頷いた。つまり第二妃夫人として初めての社交を行うにあたり正妃の意見を伺いに来たというわけなのだ。
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