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82 夜明け 2
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「エルランド様!」
広間のあちこちで、皆が思い思いに朝食をとっているところに現れたのはウルリーケである。
彼女は昨夜の大騒ぎを知ってか知らずか、一度も様子を伺うことはなく、扉を閉ざして部屋にこもっていたのだ。
「おかえりなさいませ! ご無事でようございました! こちらは大変だったのですわよ!」
ウルリーケは丹念に巻いた金髪を揺らしながら、エルランドに飛びついた。しかし、エルランドはシチューの器を盾にうまく身を躱した。
「ウルリーケ嬢、おはようございます。私はかなり汚れておりますので、そばにいらっしゃってはいけません」
「そんなこと平気ですわ。大変なお役目を果たされたのですもの。私も少しはがんばりましたのよ! 同じ辺境に生きるものとして!」
たまたま傍で聞いていたニーケは、危うくしゃもじを取り落としそうになった。
「私も、怪我人の手当てを手伝ったんですの。持ってきた貴重なお薬を全部提供いたしました! 村民達の避難誘導にも手を貸しましたわ」
ウルリーケは恥ずかしげもなく言ってのけた。
この場で自分の言葉に逆らうものなど、誰もいないと自信を持っている様子だ。
ニーケは呆気に取られてリザをみると、リザも不思議そうな顔をしていたが、特に何も言わなかった。それをいいことにウルリーケがリザにも話しかける。
「ねぇ。リザ様? 私が提供したお薬は効きましたわよね?」
「左様でございます。一番ひどい痛みの方に飲ませて差し上げたら、すぐに眠ってしまいましたわ。ウルリーケ様には心から感謝いたしております」
「……なるほど」
エルランドはにやりと笑った、彼にはもうわかっていたのだ。
リザが殊更丁寧なものの言い方になる時は、その相手に反感を持っているのだという事を。
朝から完璧に化粧をして、手の込んだ衣装を着ているウルリーケが何か手伝ったはずはない。
「あらアンテ、しばらく見ないと思っていたら、こんなところにいたのね。早速だけど、私の朝食を部屋まで持ってきてちょうだい。ここはちょっと人が多すぎるから」
泥だらけの兵士や、疲れ切った村民たちを眺めてからウルリーケは無邪気に言ったが、アンテは丁寧に言い放った。
「お断りいたします。ご自分の侍女様に運んでもらってください。私はリザ様の御朝食を持って参りますので」
そう言ってアンテはすたすたと厨房に入っていった。
「まぁ! リザ様、使用人の躾がなっておりませんわよ!」
しばらく呆気にとられていたウルリーケだが、瞳を怒らせてリザに食って掛かった。
「本当ですわね。ごめんなさいませ」
リザは素直に頭を下げた。
「ウルリーケ殿」
「まぁ、なんでしょう? エルランド様」
途端に甘ったるい声でウルリーケが笑顔を作る。
「あなたはもう、ノルトーダに帰られるがよい。ちょうど今は時刻も良い。朝食がすんだら、馬車を仕立てるほどに、ご用意なさってください」
「まぁ! なぜですの? しばらく滞在の許可が下りたはずですわ」
「見ての通り、我が城はまだ混乱状態だ。これから後始末もせねばならない。あなたの面倒まで見る余裕は残念ながらここにはないのです」
「私は面倒などおかけいたしませんわ!」
「これは領主たる俺の判断です。あなたは面倒しかかけない」
エルランドはすっと立ち上がった。
「護衛は十分つけるほどに、速やかに父上の領地にお戻りください。いつか機会があったらまたご招待しよう」
厳然と言い放つ言葉に、ウルリーケはさすがに鼻白んだようだった。
「……私にそんなことを言ってよろしいんですの? エルランド様」
「むしろなぜいけないのか、俺が聞きたいくらいだ。お父上との話はいずれまたつける」
「……わかりましたわ。ここはエルランド様に従います。でも、きっと後悔されるかもしれません。その時もう一度私の手お取りなさいませ。私はきっと受け入れて差し上げますわ」
「ウルリーケ嬢には大変寛容でいらっしゃる」
さらりとエルランドが受け流すと、ウルリーケは憤然とリザを睨みつけ、階上へと消えて行った。
「やりますねぇ! お館様!」
セローがうきうきとやってきた。手にはまだシチューの器を持っている。
「俺はあの人が苦手で苦手で」
周り中がうんうんと頷いているのをエルランドは面白そうに見ていたが、リザに自分の隣に座るように手招きをした。
「アンテが村はずれの荒屋に住み着いているのは知っていた。あれのしたことを許してやったのか?」
「アンテが私に冷たかったのは気づいていたわ。彼女はとても有能な人だから、なんの能もない私が許せなかったのね。でもアンテから学ぶところは多かったの。それにウルリーケにも私は感謝しているのよ」
「感謝?」
「だってウルリーケがエルランド様とべたべたしなかったら、私は自分の気持ちに気がつけなかったかもしれないもの」
「俺はべたべたなんかした覚えはないぞ!」
「うん。べたべたしてたのを嫌がらなかっただけよね」
「嫌だった! 俺は滅茶苦茶嫌だったさ! 客だから我慢していただけだ!」
「はいはい。お館様もリザ様もお仲がよろしいのはわかりましたから、そこまでになさってください。独身連中にとっては目の毒ですよ」
そう言うコルの額には包帯が巻かれていたが、とても嬉しそうににこにこしていた。
「そうですよ~。俺も早く嫁さんほしいなぁ」
「それならまず、その軽薄な仮面を取っ払うことですね! セロー様?」
ニーケはつっけんどんに言いながらも、空になったセローの器を満たしてやった。
広間のあちこちで、皆が思い思いに朝食をとっているところに現れたのはウルリーケである。
彼女は昨夜の大騒ぎを知ってか知らずか、一度も様子を伺うことはなく、扉を閉ざして部屋にこもっていたのだ。
「おかえりなさいませ! ご無事でようございました! こちらは大変だったのですわよ!」
ウルリーケは丹念に巻いた金髪を揺らしながら、エルランドに飛びついた。しかし、エルランドはシチューの器を盾にうまく身を躱した。
「ウルリーケ嬢、おはようございます。私はかなり汚れておりますので、そばにいらっしゃってはいけません」
「そんなこと平気ですわ。大変なお役目を果たされたのですもの。私も少しはがんばりましたのよ! 同じ辺境に生きるものとして!」
たまたま傍で聞いていたニーケは、危うくしゃもじを取り落としそうになった。
「私も、怪我人の手当てを手伝ったんですの。持ってきた貴重なお薬を全部提供いたしました! 村民達の避難誘導にも手を貸しましたわ」
ウルリーケは恥ずかしげもなく言ってのけた。
この場で自分の言葉に逆らうものなど、誰もいないと自信を持っている様子だ。
ニーケは呆気に取られてリザをみると、リザも不思議そうな顔をしていたが、特に何も言わなかった。それをいいことにウルリーケがリザにも話しかける。
「ねぇ。リザ様? 私が提供したお薬は効きましたわよね?」
「左様でございます。一番ひどい痛みの方に飲ませて差し上げたら、すぐに眠ってしまいましたわ。ウルリーケ様には心から感謝いたしております」
「……なるほど」
エルランドはにやりと笑った、彼にはもうわかっていたのだ。
リザが殊更丁寧なものの言い方になる時は、その相手に反感を持っているのだという事を。
朝から完璧に化粧をして、手の込んだ衣装を着ているウルリーケが何か手伝ったはずはない。
「あらアンテ、しばらく見ないと思っていたら、こんなところにいたのね。早速だけど、私の朝食を部屋まで持ってきてちょうだい。ここはちょっと人が多すぎるから」
泥だらけの兵士や、疲れ切った村民たちを眺めてからウルリーケは無邪気に言ったが、アンテは丁寧に言い放った。
「お断りいたします。ご自分の侍女様に運んでもらってください。私はリザ様の御朝食を持って参りますので」
そう言ってアンテはすたすたと厨房に入っていった。
「まぁ! リザ様、使用人の躾がなっておりませんわよ!」
しばらく呆気にとられていたウルリーケだが、瞳を怒らせてリザに食って掛かった。
「本当ですわね。ごめんなさいませ」
リザは素直に頭を下げた。
「ウルリーケ殿」
「まぁ、なんでしょう? エルランド様」
途端に甘ったるい声でウルリーケが笑顔を作る。
「あなたはもう、ノルトーダに帰られるがよい。ちょうど今は時刻も良い。朝食がすんだら、馬車を仕立てるほどに、ご用意なさってください」
「まぁ! なぜですの? しばらく滞在の許可が下りたはずですわ」
「見ての通り、我が城はまだ混乱状態だ。これから後始末もせねばならない。あなたの面倒まで見る余裕は残念ながらここにはないのです」
「私は面倒などおかけいたしませんわ!」
「これは領主たる俺の判断です。あなたは面倒しかかけない」
エルランドはすっと立ち上がった。
「護衛は十分つけるほどに、速やかに父上の領地にお戻りください。いつか機会があったらまたご招待しよう」
厳然と言い放つ言葉に、ウルリーケはさすがに鼻白んだようだった。
「……私にそんなことを言ってよろしいんですの? エルランド様」
「むしろなぜいけないのか、俺が聞きたいくらいだ。お父上との話はいずれまたつける」
「……わかりましたわ。ここはエルランド様に従います。でも、きっと後悔されるかもしれません。その時もう一度私の手お取りなさいませ。私はきっと受け入れて差し上げますわ」
「ウルリーケ嬢には大変寛容でいらっしゃる」
さらりとエルランドが受け流すと、ウルリーケは憤然とリザを睨みつけ、階上へと消えて行った。
「やりますねぇ! お館様!」
セローがうきうきとやってきた。手にはまだシチューの器を持っている。
「俺はあの人が苦手で苦手で」
周り中がうんうんと頷いているのをエルランドは面白そうに見ていたが、リザに自分の隣に座るように手招きをした。
「アンテが村はずれの荒屋に住み着いているのは知っていた。あれのしたことを許してやったのか?」
「アンテが私に冷たかったのは気づいていたわ。彼女はとても有能な人だから、なんの能もない私が許せなかったのね。でもアンテから学ぶところは多かったの。それにウルリーケにも私は感謝しているのよ」
「感謝?」
「だってウルリーケがエルランド様とべたべたしなかったら、私は自分の気持ちに気がつけなかったかもしれないもの」
「俺はべたべたなんかした覚えはないぞ!」
「うん。べたべたしてたのを嫌がらなかっただけよね」
「嫌だった! 俺は滅茶苦茶嫌だったさ! 客だから我慢していただけだ!」
「はいはい。お館様もリザ様もお仲がよろしいのはわかりましたから、そこまでになさってください。独身連中にとっては目の毒ですよ」
そう言うコルの額には包帯が巻かれていたが、とても嬉しそうににこにこしていた。
「そうですよ~。俺も早く嫁さんほしいなぁ」
「それならまず、その軽薄な仮面を取っ払うことですね! セロー様?」
ニーケはつっけんどんに言いながらも、空になったセローの器を満たしてやった。
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