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 医療棟で診察を受けたシャーロットは、マリアとメレディスと共に王城の図書室にやって来た。
「トレイシー・セルザム公爵令嬢が?」
 図書室の隅にあるベンチに腰掛けたマリアは、少し離れた所にあるテーブルに立ったままもたれるメレディスに言う。
「ああ。媚薬事件の後、トレイシー・セルザム公爵令嬢には密かに監視を付けていたんだ。その監視から昨日彼女が学園に出向いたと報告があった」
「ああ、ジムカーナ大会だから…選手の身内などが観戦に訪れるから生徒でなくても学園に入れたんですね」
「そう。ルーカス殿はその監視からの報告をユリウス殿下に伝えるために学園に来ていたんだそうだ」
「だからお兄様が事故の時学園にいたんですか」
 マリアの隣に座ったシャーロットは納得して頷いた。

「だから、ユリウス殿下もルーカス殿も俺も、昨日の事故はトレイシー・セルザム公爵令嬢の仕業なんじゃないかと思ってるんだ」
「え?瓦を落としたのが?」
 マリアが意外そうに言う。
「あの瓦で額を切ったんだから、もしかして頭に当てようとしたの?」
 シャーロットが目を見開いて言うと、メレディスは首を振った。
「まあ頭に当たったとしても、それはそれで有りだったのかも知れないが、あのポニー、学園で飼っているポニーの中でもかなり臆病でしかも大きな音が苦手で、動転すると辺り構わず走り回ると評判で、本来は試乗会には出さない予定だったが何かの手違いであの場にいたらしい」
「じゃあその『何かの手違い』の部分にトレイシー・セルザム公爵令嬢が関わってる、と?」
 マリアが顎に手を当てて言う。
「でも、私がポニーを見に行くとは限らないし、今回は私を狙った訳ではないんですかね?」
 首を傾げて言うシャーロット。
「そうだな。生徒会のテントの近くで起きた処を見るに、今回はユリウスを牽制するために事件を起こしたのだろう。たまたまロッテとマリアがポニーを見に来たから、丁度良いと巻き込んだんじゃないかと思うんだが」
「ユリウス殿下を…牽制って何故ですか?」
「陛下の国境視察でユリウスの婚約の発表が延ばされてるだろう?いよいよ明日には陛下が戻られるから、間違ってもロッテやマリアを王太子妃にはするなよ、と」
 メレディスはチラッとシャーロットを見る。
「…どれだけ間違ってもそれはないでしょ」
 俯いて呟くシャーロット。
 メレディスは心の中で「そうかな?」と呟いた。

「あくまで牽制だから、ポニーを走り回らせて騒ぎを起こすのが目的だと思う。ユリウスやロッテ、障害用の馬に乗っていた女子生徒を負傷させたのは想定外だったかも知れないが…いずれにせよ、これも証拠がない」
 お手上げのポーズでメレディスが言うと
「あー…」
 マリアが悔しそうな表情で天を仰いだ。

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「俺が王になると思い、付いて来てくれた侍従や護衛騎士には済まないと思う。望む者は次の王太子…スアレス付きになれるよう取り計らう」
 ユリウスはそう言うと、ソファから立ち上がる。
「殿下…私は、出世したくて殿下付きになった訳ではありません」
 ルーカスは両膝を床についてユリウスを見上げた。
「しかしルーカスには王太子の筆頭侍従としての経験がある。スアレスには心強いだろう」
「スアレス殿下が、ご自身が王太子になる事を望まれるとは、私は思いません」
「今はな。だが側妃やアイリーンが喜ぶ様子を目にすれば変わるだろう」
「アイリーン殿下も、ユリウス殿下が王太子でなくなる事を喜ばれはしません」
「……」
 ユリウスは膝を付いて自分を見上げるルーカスをじっと見下ろした。
 スアレスの事もアイリーンの事も、ルーカスはよくわかっているんだな。
 そうだな。俺なんかよりルーカスの方が余程二人と打ち解けているんだからな。

「それに、オードリー様はどうなさるんですか?五日後には婚約発表ですのに…」
 ルーカスからすっと目を逸らす。
「オードリーはスアレスと婚約すれば良い。オードリーは王太子妃になりたいのであって、俺と結婚したい訳ではないのだから」
「それは…」

「…もう話す事はない。出て行ってくれ」
 寝室の方へ歩いて行くユリウス。
「こんな何もかも投げ出すような真似、殿下らしくありませんよ」
 グリフが言うと、ユリウスは寝室の扉の前で振り向いた。
「…投げ出すか。確かにな。しかし俺は自分の身を挺して一個人を庇った。つまり、俺は一個人のために基本的な判断を誤ったと言う事だ。これからも政の重要な判断を誤るやも知れん。そんな人間が王になり、国の行く末を左右するなど、許される筈がないんだ」
「間違える事はありますよ。王とて人間なんですから」
 グリフが肩を竦めて言う。
「何よりの問題は、俺がそれを『間違い』と思っていない事だ。同じ事があれば、俺は何度でも同じ事をするだろうからな」
 微笑みながらユリウスは言った。



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