ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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 出口まで見送りに行った奈津が戻ってくると、いつになく機嫌のいい櫻井が手招きをした。

「相川くん、お疲れ! ちょっとお茶にしよう。本城くんもおいで! 休憩、休憩」
「はい、ありがとうございます」

 櫻井の声掛けに、オフィスの隅っこで黙々とパソコンに向かっていたマネージャーの本城が振り返った。

 櫻井音楽事務所は、代表以外の社員は奈津と本城の2人だけだ。しかし規模の小さな事務所とはいえ、請け負う仕事や現場は幅広い。自分たち以外にはプロの演奏者やボーカリスト、音響に司会者など、在籍者は数多く抱えている。

 代表の櫻井美奈子は、40代半ば過ぎで中肉中背の、肩下くらいの栗色の髪をした明るくて元気な女性だった。

 いつも思うのだが、40代、50代の女性というのは何故こんなに元気なのだろう? 20代半ばの奈津や30代前半の本城より、断然活力に満ちている気がする。

 櫻井音楽事務所は、彼女が28歳で設立した事務所だった。当初は自身もキーボード奏者として第一線で活躍しており、何人もの奏者を抱えて、自らレッスンも行っていた。櫻井音楽事務所の奏者はレベルが高いと評判も良く、それは櫻井が自負するところでもあり、幾つものホテルや披露宴会場と契約を交わしていた。

 しかし、時代の流れには逆らえず、披露宴で花形だったはずの生演奏は、やがて影を潜めてゆくことになる。追い討ちを掛けるように、ピアノの生演奏を入れていたホテルのラウンジやレストランも、需要は目に見えて減っていった。

 櫻井は唇を噛みながらも、音響メインの事務所へと移行せざるを得なくなった。

 それでも、彼女は前向きだった。
 いつも精力的に仕事をとってくるし、フットワークも軽い。今、本城がその資料の作成に奮闘しているフューネラル事業も、『やろう』と言い出したのは櫻井だった。

 フューネラル──葬儀。
 婚礼とは対極にあるイベントのように思うが、両方扱う事務所は少なくない。

 高齢化が進む昨今、葬儀の需要は確実に増えている。葬儀の場合、キーボードの生演奏を入れている会場も結構あり、櫻井はこの地域に来年4月にオープンする全国展開している某葬儀会館に、奏者と司会者の両方で参入する契約を取っていた。

 各レッスンを含め、年明け早々に本格始動に入る予定で、本城がそのメイン窓口となるため、ブライダルは基本、奈津の担当になる。

「紅茶で良かったですよね? どうぞ」

 3人分のお茶を淹れて、奈津も櫻井たちと共に、席に着いた。

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