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六章
鉢合わせ8
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「で、あれが、君の言ってた同窓生なんだ」
お風呂上がり、パジャマがわりのTシャツ姿でソファにもたれ座り、三本目になるビールのプルタブを勢いよく開けながら、夫はわたしに声をかけた。
「うん。部活の後輩。今は上司だよ」
嫌味たっぷりな言い方にわたしは険のある声で答えた。帰りみちも夫はずっと苛々としており、明らかにさっきの上月くんのことも、わたしのことも気に障ったようだった。
結局買い物はできずに、家にあるもので夕食を作ることになった。冷凍ごはんと玉ねぎとベーコンしかなくて、急遽オムライスを作ることにした。わたしはお腹いっぱいだったので、一人分を手早く炒め、卵で包む。
「ビール呑んでるのに、オムライスなんて」とこぼす彼を無視してサラダを添えた。
彼は不満げな顔をしながらも食べ始めたので、よっぽどお腹が空いていたのだろう。ビールも四本目をあけている。テレビではバラエティが流れ、スプーンのかちゃかちゃいうかすかな音だけが、リビングに響いた。
半分ほど食べすすめたくらいで、不意に彼は話の続きをはじめるように口を開いた。
「やっぱりあそこでのパート、やめたら」
「……どうして」
「なんか、ハンドメイドかなにかもやってるだろ。それで小遣い稼ぎになるなら十分じゃないか。なんだか、……みっともないよ」
エレベーターがくるのを待つのさえ惜しくて、5階からエントランスまで、階段を駆け下りた。
エントランスを抜け、マンションの敷地の外に出てやっと、わたしは大きく息を吐いた。
「……ぅっ……っ」
薄闇のなか、両膝に手をつき、肩で息をする。
(ダメ。こんなところで泣きたくない。あんな、裕一なんかの言葉で傷ついて泣いてるなんて)
そうやって、自分を必死で励ます。
何度も何度も深呼吸して、わたしは歩き出した。
公園を抜け、大きな明るい通りを避けて静かな住宅街を彷徨うように歩く。
どれくらい時間が経ったのだろう。
夜風に触れて歩くうち、暴風雨だった心の中が少しだけ、落ち着いてきた。
いつのまにか、一駅は歩いてしまったらしい。
(これから、どうしよう……)
このあたり、周りはオフィスビルや、ビジネスホテルのある界隈だ。
整ったビル群のなかに、見覚えのあるホテルチェーンの佇まいを見つけ、わたしは吸い込まれるようにそこへ向かった。
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