U C LAでつかまえて

H・カザーン

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ミッスルトゥの下で 2

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 そのとき会場にいた人たちも、オレと同じことを想像したようだ。ハリウッドスターが現れるのかと思って、一瞬みんなリビングの入り口に注目した。
 スポットライトを浴びてドラマティックな曲と共に登場したのは――、アンドレイニ先生だった。
 でも誰も、失望したりしなかったよ。教会関係者もたくさん来てたし、先生もLAではかなり名の知られたプロの音楽家だから、拍手がわき起こった。家族同伴じゃないのは、そろそろマリー・ルーの「おやすみタイム」だからに違いない。
 ……ああ、そっか! ミスターDJが、アンドレイニ先生を紹介するのを聞いてて思い出した。ロスアンゼルス・シンフォニーがこの曲をレコーディングしたとき、先生が第一バイオリンを演奏したって。
 うちの大学は創立以来もう百年以上にもなるし、なんと四万六千人もの生徒がいる。こういうヒストリカルで規模の大きな学校になると、ありがたいことに教師陣も有名どころの集まりになってくるんだ。だからスクール・オブ・ミュージックの教授たちは、たいていプロのミュージシャンでもあることが多くて、アンドレイニ先生もそのひとり。
 オレたちは、先生が他の人たちの歓迎から解放された頃を見計らって、挨拶に行った。
「メリー・クリスマス、シャーリーン、キャメロン」
「メリー・クリスマス! プロフェッサー・アンドレイニ」
 先生は、学校で会った時と同じように気さくにみんなに話しかけてくれた。
「キャメロン、君にいい知らせを持ってきた。ヴェネツィア・カルネバーレ・コンクールの件なんだが、最終審査会場が、ロスアンジェルス、ウォルト・ディズニー・コンサートホールに変更になった」
「えっ、ほんとですか!?」
 すごい、LA交響楽団のホームグラウンドだ。音響効果は、前に予定されてたホールよりずっといい。
 オレの目はそのとき、クリスマスツリーのてっぺんの星より輝いていただろう。
 マジ嬉しい。だって一次審査にパスすれば、本選に向けての指導は先生が、手取り足取り教えてくれるんだからさ。その先生が、直接そのニュースを運んでくれたんだもん。一次に通る自信は、ある。いや、まだわかんないっちゃ、わかんないんだけど。
 でもUCLAの規模の大きさのおかげでさ、なんかオレの心構えまで大船に乗ったみたいに大きくなっちゃうってのはあるよね。
 悩みどころは、音楽で名が知られてる学校じゃないってところかな。さっきも言ったように、優秀な指導陣もそろってていい音楽教育も受けられるけれど、他の学部でさぁ、スクール・オブ・ミュージックより有名なのがいくつかあったりするからね。それにこのコンクールには、ニューヨークのジュリアードを始め全米から音楽専攻の生徒が集まってきちゃうから、たぶん強豪なライバルだらけだよ。
 でも最終選考の地がLAってのは、すげえ強み。だってウォルト・ディズニー・コンサートホールには、オレすでに何回も行ったことあるもん。最終審査で初めて訪れたりするやつなんかよりは、断然有利だろ。ほら練習なんかする時に、あのホールでの本番をビジュアルイメージしたトレーニングとかもできちゃうんだよね。
 アンドレイニ先生は「じゃ、また」って他の人たちの話の輪に入っていった。

 後ろを振り返ると、シャーリーンとサラが、ダニエルと話しているところだった。
「ねえ、庭のロダンの彫刻、見にいかない?」
「うん!」
 オレたちは、もう一度テラスを抜けて、イルミネーションに彩られたガーデンに出る。
 木々に明かりが果実みたいに吊るされて、夜の庭は、この前オレが来た時とは全然違った雰囲気だった。うねりのある枝が、奇妙な影を落として、ちょっと魔女っぽいやつもある。
 しばらくして、聖ヴィンセント・デ・ポール教会の知り合いに会った。シャーリーンとオレはそっちの会話に加わったんで、アートの話で盛り上がってるダニエルとサラを残して、屋内に戻った。
 パーティー主催者の孫娘ってこともあって、シャーリーンは招待客のマスコットみたいに人気があった。
 一応ダンスパーティーと銘打った集まりじゃない、……とはいえ、楽しそうに踊っている人たちもいたよ。ときおり挟まれるDJのおしゃべりが、話し疲れた人を、会話の渦から解放してくれる。
 シャーリーンの大きな瞳は、サファイア色にキラキラ輝いてた。
 ウェイターが運んできてくれた銀のトレイから、飲み物を選んで、シャーリーンとオレは玄関ホールのほうへ歩いて行った。
 言っとくけど、別に二人っきりになろうとか、企んでたわけじゃないんだ。パーティー客の集うリビングから、少し廊下で隔たれてるけど、その間を隔てる扉があるわけじゃない。だから、こっちのホールにも人はいるし、執事とかも行き来してる。
 玄関側の窓からは、ダウンタウンとは反対側の景色が見下ろせるんだ。
 オレは、マリブ海岸とこの丘の間にある、小高い丘の頂上の明かりを見つけた。
「あ、ゲティ美術館だ」
 大富豪のポール・ゲティが、自分のコレクションを一般に無料で公開している。しかも建物は、丘の上の古代ローマ風ヴィラだったりとかさ。
 そういうのって、すっげぇ感動的なことなんだ。なんだけど、この日のオレは、やっと勉強から解放されて、シャーリーンとゆっくり話せるチャンスだったわけだ。美術館のことばかり、いくら話してたって、親しさが深まるような気がしないだろ。彼女だって、他の話をしたいんじゃないかと思う。でもいざとなると、どんな風に話したらいいか、結局わかんなかった。
 オレは思い切ってつぶやいてみた。
「今日のゴージャスなメイク、よく似合ってるね」
 言ったとたんに不安がよぎる。派手だって意味に勘違いされたらどうしよう。いつも淑やかなシャーリーンにしては豪華で、このパーティーの雰囲気に合ってるってことなんだけど。
 彼女は「ありがと」と頬を染めた。よかった、ちゃんと通じてたみたい。
「キャメロンは……、将来ミュージシャンになるの?」
「あ、うん。できれば、映画音楽の仕事をやりたいと思ってる。でもさ、うちの両親はあまり歓迎しないかもね。子供をミュージシャンにしたい親なんていないよ、親自身が音楽家でもない限り」
「でもLAなら、そういうお仕事たくさんあるんじゃない?」
「うん、そう願ってる。将来のための準備って感じで、少しだけど作曲もしてるんだ」
「わあ、どんな音楽?」
 シャーリーンは顔をぱぁっと輝かせる。
「えっとね、宮廷音楽っていうか、十八、九世紀ぐらいにヨーロッパで演奏されてたような、オーケストラ音楽をイメージして書いてる」
「すごぉい! それってつまり、現代のクラシックを創作してるってこと? キャメロンって、シンセサイザーも弾くって言ってなかった?」
「よく覚えてるね」
 オレが彼女にその話をしたのは、キャンパスの本屋で会った時。
「そっちも作曲してるよ。ラップっぽいやつ。ゲーム音楽の仕事をもらうのとかに、役立ちそうだから」
「おもしろそう。ねえ、いつか聞かせてもらえる?」
「ん、完成したらね」
 心なしかシャーリーンも、夢見るような目でオレを見上げていた。そして二人は横に並んで壁際にもたれ、しばし黙って夜空を見つめていた。

 リビングルームのほうから聞こえてくるのは、ミスターDJが操るジュ七世紀の作曲家コレッリのクリスマス・コンチェルト。まわりの空気が一気にバロック音楽に染まっていった。
 綺麗な女の子の隣、クリスマス・パーティー、ハリウッドの丘……、二か月半前までは、こんな満ち足りた聖誕祭が過ごせるなんて、思ってもみなかったな。
 このときオレは、幸せに酔っていたのかもしれない。
 後になって考えてみれば、彼女と向かいあわせではなく隣に立っていたこと……、そして片時とはいえ大切な女の子から目を離し、ほけぇーっと外を眺めていたことが災難の始まりだったんだ。
「きゃあっ!」
 シャーリーンの短い悲鳴が、オレを現実に呼び戻した。同時に、彼女が何かを避けようとしてオレの肩がぶつかってくる。
 いきなり黒い影が飛び出し、彼女に襲いかかった!
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