U C LAでつかまえて

H・カザーン

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ミッスルトゥの下で 3

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 とっさに危険から身をかわし、オレにすがりつこうとするシャーリーン。
 ドンッ!
 夢中で黒い影をつかむと、オレは思いっきり腕で押し返し叫んでいた。
「……っざけんじゃねーぞ! ごるらぁ!!」
 とっさに声をあげたけど、何が起こったのかは、よくわからない。
 不審人物がシャーリーンに抱きついてそれで? 何をしようとしてた? まさか……!? おい、ごるらぁ!!
 気がつくと見知らぬ男が、オレの前の床に叩きつけられていた。
「何すんだよ!? いきなりシャーリーンに……?」
 オレの鬼気迫る声は、すっげぇ低い声だった。だってオレはシャーリーンの面目も守ってんだから、大声を出したりして彼女に注目を集めるようなことはしたくない。幸い今はこの玄関に他の人影はない。みんなのいるむこうのリビングまで聞こえるような大きな物音は、たてなかった……はずだ。
 このやろう……、人影が減った隙を狙った犯行かよ!?
「いきなり何すんだだと? それはこっちのセリフだよ。痛いなぁ……ったく」
 バランスを崩していた男が、そろそろと体勢を起こし立ち上がった。
 年齢はオレより少し上……だろう。アイビーリーグ・カットの金髪、ダークスーツに揃いのベスト、醜態をさらしたばかりだというのに、乱れた前髪をかきあげる仕草が気取っていて、いかにも高慢な目つきでこっちをガン見してくる。まあ不細工とは言わないけど、それほどハンサムな外見ってこともないよね。なのにものすごく自尊心の強そうな……、なんか休日にハンプトンでヨットに乗ってそうなアピールを、めいっぱい発してくる。
「……ウィリアム!」
 息をのむほど驚いて、シャーリーンが震えてる。
 え、ウィリアム? ってもしかしてこいつの名前? 知り合い? ウィリアムって誰?
「リトル・スイート・ハート、久しぶりだねシャーリーン」
 悪びれない奴だな……ったく。
「そんな風に呼ぶのは、許さない……。あなた、ほんとに今日おばあさまに招待されてるの?」
 シャーリーンは怒っていた。オレが「誰?」って聞くと、彼女とその男はほぼ同時に口を開く。
「なんでもない、ただの知り合いよ」
「彼女の婚約者で、ハーバード・ロースクールに通う、ウィリアム・ハワードだ」
「こ、こん……何てこと言うの? ウィリアム・ハワード!! 私、あなたと婚約なんかして……」
「だってそうじゃないか。『僕のフィアンセになる?』って聞いた時、君は断らなかったよね」
「そ、それは……」
 シャーリーンは勢いよくそいつの腕をつかみ、「こっち来なさい」と図書室っていうか、書斎のほうへ引っぱった。
「キャメロンも、一緒に来て。お願いだから」
 あ、はい喜んで! いや、オレなんかで良ければ。行きます、もちろん。お望みとあらばどこまでも!
 シャーリーンの後に続く、オレとウィリアムなんとかって奴……。おかしな取り合わせだけど、図書室はパーティー会場の手前にあったんで、三人は誰とも会わずにそこへたどり着いた。
「どうして人を誤解させるようなこと言うの? ちゃんと彼に正しく説明してよ」
 中に入ると、彼女は開口一番にウィリアムに命じた。そしてオレの左腕に、両手を絡ませる。いやそれってオレとしてはすげえ嬉しいんだけど、向かいのエネミーがさぁ……。うわ、敵意のこもった目から放たれたレーザービーム攻撃を、いっそう増長させてしまったんだが。
「誰なんだよ?」
 奴はこっちに向けて顎をしゃくりやがった。
「キャメロン・コールドウエル、彼女と同じ大学の二年生(ソフォモア)だ」
「だーかーらぁ、そういうことじゃなくて、貴様はシャーリーンの何なんだって聞いてるんだけど?」
「それは……」
 くっ、悔しいが、今の段階ではまだ友達としか答えられない。
 初めて会ったのは数週間前だけど、配達人がいきなり女の子にアプローチするのも変だから、話せなかった。二度目に会って名前を聞いた頃は期末試験の直前で……、チャットぐらいは交換してるけど、まだ互いの気持ちすら確かめてないし……、だからデートにも誘う機会がなかったんだ。ああそーだよ、オレのガールフレンドだとか、勝手にこいつに宣言するわけにはいかないんだ。
「キャメロンは、おばあさまのお気に入りなの」
 シャーリーンが割り込んでくれた。ナイスフォロー、サンキュ!
「へえ、お気に入り……ね。で、UCLAのメジャーは?」
「……スクール・オブ・ミュージックだけど」
 それが何だってんだよ。
 案の定ウィリアムは、ふんと小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「シャーリーン、君のパパは、義理の息子に仕事を継いで欲しいんじゃないかなあ。弁護士になるのってそんなに簡単じゃないし」
 奴は上から目線でこっちを見た。ま、実際にはオレのほうが背が高かったんで、顎(あご)をのけぞらせてふんぞり返らなきゃならなかったわけだが。
 お、おう、悪かったな。確かにオレは音楽専攻だ。ロー・スクールには、たぶん行かない。うん……行くつもりもないけど。
「ふぅ……」
 隣でシャーリーンの深呼吸が聞こえた。
「その必要はないわよ。義理の息子の職業なんて、なんでもパパは構わないと思うわ。だって、私が後を継ぐんだから」
「へっ?」
 ウィリアムはたじろいだ。
 実を言うとオレも、「うっへえ!」とか思わず、すっとんきょうな声をあげそうになった。アターニーかぁ……。シャーリーンは大学を卒業したら、ロー・スクールに進学する予定なんだ。
 いや別に、スクール・オブ・ミュージックとどっちが上だとか下だとか、そういうことはないと思うよ。ないけどさ、やっぱ……どうしたって……さ……。卒業後にもらえる資格が、博士号と学士号って違いは明らかなわけだ。
 ぁ、でもこの前、キャンパスの本屋でオレの専攻を聞いたときのシャーリーンは、急に態度を変えたりってことは全くしなかったんだけどね。
 オレは、弱気になりそうな思いを振り払い、その反動で勢いつけて、ウィリアムのやつにたたみかける。
「なんでいきなり、あんなことしようとしたんだ? 無理やりとか、最低だな」
「はっ、教養のない奴はこれだから……。知らないのか、ヤドリギのルール? ミッスルトゥの下に立っている人には、誰にでも……」
 それぐらい知ってるけど。
「お前、なに言ってんだよ! シャーリーンは確かにミッスルトゥの吊るしてある部屋にはいた。だが……下になんて立ってないっ!」
 そうだよミッスルトゥは、玄関からリビングに向かうホールの天井に吊り下げてあるんだ。オレたちのいたとこから、十メートル以上離れてるだろうが。
「そうやって、事実をねじ曲げた弁論をする人って、裁判長への心証を悪くするのよね」
「ぅぐ……」
 シャーリーンの見事な切り返しに、奴はどうやら一言(いちごん)もないらしい。
「私があなたのフィアンセなんかじゃないってのも、今ここではっきり訂正してよ」
「ぇと、あのとき君はノーって言わなかったから、それはつまりイエスって意味だと思ってた……よ」
「イエスじゃないわよ。それに……」
 シャーリーンは指を突きつける。
「もし婚約を申し込んだのなら、どうしてあなたは寮の部屋に、他の女の子を招待したりするのよ?」
「あ、あれは、掃除のおばさんだよ」
「電話ごしに聞いた限りでは、若い女性の声だったわ」
 こらあ、ウィリアム! 掃除のおばさんなんて、男子学生が部屋にいる時に寮に入ってこないだろ。もろもろの事件を防ぐために、そういう決まりになってんだから。お前んとこの寮だって、同じルールだろ!?
「それに、あなたこの前の休暇におばあさまに偶然会った時も、女の子とデートしてたそうね」
「違うってば、あれは……」
 ウィリアムの言い訳に怒りを覚えたのか、シャーリーンは強く拳を握りしめていた。
「や……やむをえないだろ、だって君は、なんにもさせて……、いや、君のパパの監視が厳しくて……、だから正式に婚や……」
「婚約なんて……、私、まだ高校生だったもの……」
 シャーリーンが真っ赤になった。
「僕は四つも年上なのに、いつまで待たされるって……?」
 うわぁなんか話が、オレが聞いててもいいんだろうかって方向になってきた。
 あ、でもこういう男にとって、それなりの年齢になるまで相手を待ってろってのは、きっと至難の技だろうなとは思う。
「パパはあなたのこと、信用なんてしてなかったわ。もし私とつきあってたとしても、あなたはきっと裏切るつもりだったに決まってるもの」
「へえ、試してみる?」
「やめてよ!」
 ウィリアムが一歩近づこうとしたので、シャーリーンはオレにしがみついて、怒りでぎゅっと下唇をかみ表情を強張らせた。
「こっち来るなよ。嫌がってんじゃん」
 オレが盾になってる後ろでmシャーリーンはうつむいてたが、ため息と一緒に吐き出すように言った。
「私、もう、そういう人は絶対に信用しないの。男の子って、結局は自分を変えられないものなんだもの。一生変わらないのよ、あなたは」 
 シャーリーンは厳しい口調で、びしっとウィリアムに言い放った。
 君の言うことは正しい。シャーリーン、まったくもって正解だ。
「チッ」
 ウィリアムは舌打ちをして、部屋を出ようとドアに向かった。

 扉は完全には閉められていなかった。シャーリーンがわざとそうしておいたんだ。そのほうが誰も大声を出せなくって、修羅場になる可能性が低いからね。
「あら、ウィリアム」
 ちょうどホールを通りがかったミセス・グレンヴィルが声をかける。彼女が何かを思い出そうとしている間に、奴は慌てた。
「メリー・クリスマス・アンド・ハッピー・ニュー・イヤー、おばさま。うちの両親が、よろしくって言ってました」畳み掛けるような挨拶でかわそうとした。
「でも、あなたって確か……」
 逃げるように、その場をすり抜けるウィリアム。
 といってもすぐに、リビングから歩いてきた男の人に、道を塞がれてしまったんだけど。繊細な脚のシャンパングラス片手に、もう片方の手をさりげなく、トラウザースのポケットに指を引っ掛けて、壁際に佇むその人影は……、例のダンディな紳士だ。
「パパ!!」
 えっ! シャーリーンのお父さん!?
「君のパパって……」
「キャメロンも、会ったでしょ? この前うちにクリスマス・ツリーを届けてくれた時に」
「えっ! あ、あの人……お父さんなんだ」
 うわぁ! ってことは……。
 この前、ビバリー・ウィルシャー・フォー・シーズンズ・ホテルから、腕を組んで出てきた二人の映像が、オレの頭の中をよぎる。
 ……そうなのかぁ。……だよね、ぜぇったいそうだと思ってた。
 うん、こんな清楚な女の子を信じないで、オレはつい変な妄想を……、違う! 違うぞオレは! 後ろめたいことなんて、全然してなかったぞぉ。
 とにかく……だ。彼女のお父さんが、初めて会ったあの日、オレの目の前で、娘の肩に手を置いて髪に触れた、その理由が今わかったような気がする。おそらく娘の身を守るために、わざとそういう態度をとってオレを牽制していたんじゃないか……ってことを。
 さっきまで怒っていたシャーリーンの表情は、みるみる安らぎに包まれていった。
 シャーリーンのパパが、手にしていたグラスをコーヒーテーブルの上に置き、そいつの名をつぶやいた。
「ウィリアム・ハワード……」
 そう言った後、オレのほうにもちらりと視線を向けられたけど、シャーリーンが「助けてくれて、ありがとう」って言いながら、「向こうで待ってるわね」ってパパの前を通り過ぎ、リビングのほうに引っ張って行ってくれたんで、こっちにお咎めはなかったよ。
 後ろから、シャーリーンのパパの厳かな声がちらっと聞こえた。
「ウィリアム……、確か君とは、何か話すことがあったように思うんだが……」

 大勢の人で賑わうバッフェ・テーブルから、グリルド・サーモンと野菜をを取りながら、シャーリーンはオレに話し始めた。
「ごめんなさい、不愉快な思いさせて……。高校生の頃、お兄さんみたいに思ってた人なの。考えてみれば兄のように憧れてただけで、ボーイフレンドとしてじゃなかったんだわ。たまに一緒にお食事したりとか……。そういうおつきあいだったのに、急に、婚約……だとか言われた時は、びっくりして何も答えられなかった。だけど、私のことを大切に考えてくれてるんだと思ってた」
 シャーリーンの声が一瞬涙ぐんだ。でもまわりに大勢の人がいたから、唇を震わせて涙をこぼさないように我慢してる。
「でも今年の夏休み前にボストンの寮に電話したら、彼のすぐそばで、女の人が親しげに話しかけてる声が……それ以来、私は会うのをやめたのよ。なのに、将来うちのパパみたいなロー・ファームで働きたいらしくて……、そのために近づいたんだわ」
「近づいたのは」
 オレは、できることなら笑顔で包んであげたい。
「近づいたのは君が魅力的で、可愛かったからなんだろうな」
 その言葉に驚いたような表情で、彼女が顔を上げた。
「だけど君を悲しませる奴なんて、許せない」
 それでも、餌食にされなかったのは幸いだったね――それは、オレが感じた思い。でも口に出したらシャーリーンが傷ついちゃうから、心の中にしまっておいた。
 高校生くらいの年頃の女の子が、兄のような存在の男に憧れるのはよくあることだ。一人っ子ならなおさらだろう。あいつはハーバード・ロースクールの名前をひけらかしたりとか、年上の権力とかを使って、君を操ろうとしたわけだ。卑怯な手だよ、まったく。
 オレはシャーリーンの様子をうかがいながら、言葉を選んで口にする。
「嫌な思いをしたんだね。でも、これからは……」
「これからは……?」
 オレにまかせろとか、そんなセリフが言いたかったわけじゃない。この場面に必要なのは、気持ちを切り替えることだから。
 オレが一生懸命、誠意を込めたスマイルを浮かべようと努力してると、シャーリーンもそれにつられて綺麗な笑顔を見せた。
 そうだよシャーリーン。ブチ切れそうになった後には、そうやって無理にでも、少し笑顔を作ってみるのもいいかも……。たとえそんな気分じゃなかったとしても、笑ってる振りをしてるだけで、何だかこ心が軽くなってくることもあるから。
 だいたいボストンなんかにさ、カリフォルニアのエンジェルに勝る女の子なんているかよ? ここは天使の住む街、ロスアンジェルス――Los Angeles――だぞ!
「ありがとう、キャメロン」
 オレの瞳に何かを見出したのか、シャーリーンの声はとても安らぎを帯びていた。
 オレも皿に料理を取り、横ににんじんのグラッセを添える。
「もう、ああいう人は絶対に信用しない。なんだかんだ言っても、結局は自分を変えられないのよ、絶対に」 
 「オレもそう思う、シャーリーン。でもさ、なんでそんなに人生の機微に通じた人間みたいなことを……」
 このたった十八歳の女の子が、口にするんだろう。
「ママがそう言ったの」
 リァリィ(really)? シャーリーン! 君のママ? やっぱ、いるんだ。
「君のママって……」
「え?」
 ちゃんといるんだ。とは聞けないよなぁ。
「ど、どこに住んでるの?」
「あのキングス・ロードの家に決まってるでしょ、あなたがツリーを届けてくれた」
「あ……そうなんだ。いやまだお目にかかったことないし、どんな人なのかって思って……」
「ママ最近ちょっと、病院の仕事が忙しくて……、今日もパーティーに間に合わなかったみたい……」
 オレは「それは残念」とか「仕事大変そうだね」とか言いながら、ついさっき玄関ホールで会ったシャーリーンのおばあさまと、パパの様子を思い出していた。
「あ、そっか、君のパパって、ミセス・グレンヴィルのご子息なんだ」
「そうよ。まだ言ってなかった? 私これでも、おばあさまに似てるってよく言われるんだけど」
 シャーリーンはちょっと口を尖らせる。
 ああもう、そんな風に、唇を可愛らしくすぼめるのやめてくれないかな。本人は意識してやってるつもりはないみたいなんだけど。
 シャーリーンは飲み物を両手で持ちながら、その繊細なグラスの脚を指でトントンとタップしてる。
「に、似てるよすごく。キュートなとことか……」
 とにかく君とミセス・グレンヴィルは……
「笑顔が、すごくチャーミングなところとかも似てる」
 あれ、いま思わず勢いで、なんか言っちゃったのかな? シャーリーンの頬がぽおっと赤く染まったけど。
 うぁぁ、かわ……ゆい。
「あ、でも……、ママもうすぐ休暇が取れるから、ずうっとパパと三人で一緒にいられるの」
 家族の話をする彼女は、すごく嬉しそうだった。
 きっと素敵なクリスマスが過ごせるよ、シャーリーン!
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