U C LAでつかまえて

H・カザーン

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オーリーを探せ!

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 UCLAの中をウエストウッドから北へ向かって歩くと、アスレティック・フィールドのあるスポーツエリアがキャンパス内に広がっている。その一角、テニスセンターの北を、デ・ニーヴ・ドライブ方面に抜ける通路のおしまいに、ドラマティックな9段の階段があるんだ。
 え? 9段なんて、そんなに感動的じゃないって?
 まあね、普通に歩いてのぼり降りするのには、まるで劇的じゃないよ。でもオレたちカレッジ・ボーイズは、これをスケートボードで降りるんだ。
 そう、スケートボーディング発祥の地カリフォルニア育ちのオレたちにとって、それは何ら特別なスポーツじゃなく、よちよち歩きの終わった頃から慣れ親しんできた遊びだもん。バランス感覚とちょっとの運動神経さえあれば、あとはただひたすら練習あるのみ。でももっと大事なのは、勇気かな。スケートボードに必要なのは、二十パーセントの運動神経(フィジカル)と八十パーセントのメンタル。
 とはいえ、今朝のオレのように寝不足の人には要注意。――三時間しか眠れなかった――バランスと集中力を問われるスケートボーディングは、コンディションの悪い時に無理をすると、大怪我することだってありうるからだ。下手すれば救急車で病院行きになりかねない。
 夕暮れのオレンジに染まったカリフォルニアの空を見上げ、思いっきり伸びをする。
 今日の授業が全部終わった後に、こんなところで友達とフラストレーションを発散しているオレ。なんか悶々としたものが、胸のうちにあってさ……。オーディションに選ばれた興奮、まだ見ぬライバルとの戦い、めくるめく恐怖……、昼休みは先生とトランペットの練習で忙しくて、シャーリーンにもなかなか会えないし……。しかも練習している曲のカデンツァの部分を、二種類あるんだけど、難しいほうのにチャレンジしたいんだけど、うまくいかなくてさ。いろんなものが渦巻いて、明け方まで寝付けなかった。
「うわぁあっ!!」
 階段上で右足を踏み切ってジャンプ!
 オレはそのまま膝を曲げ、ボードを引きつけながら着地……。一瞬成功したかに見えたオレの9段ステア・オーリーは、そのあとバランスを崩して背中から地面に崩れ落ちて行った。
「いってえ……」
 そのまま地面に寝転がっていたら、「大丈夫?」とローレインにのぞき込まれた。
 ローレインは、ご存知ダニエルのガールフレンドね。オレたちと同い年の二年生(ソフォモア)。
 彼女はオレの知ってる限りでは、唯一の女性スケートボーダー。スレンダーな体で、顔もかわいい。かなり……、いやダニエルに釣り合うくらい相当に。でもボーイッシュなんだよね。男子たちはどうしても、フェミニンな女の子と話をしたがるみたい。ローレインだってドレスアップすれば、他の女の子たちより可愛くなるんだけどさ。たぶん彼女が男子よりスポーツが得意だから、やつらにコンプレックスを抱かせてしまうんだろうか。だけど不評ってわけではもちろんなくて、男友達も女友達も多い。
 だがなぜか、彼女に恋する男が少ない。
 もしかしたらダニエルみたいにハンサムなボーイフレンドがいるから、他の男は彼女に憧れを抱かないんだって思ってる? それがちょっと違うんだよね。カリフォルニアでは、男って全然望みのない対象の女の子にさえも、はかない期待を持っちゃうんだよね。
 だからオレの意見では、ローレインと話をする時にドキドキする男子がもっと大勢いてもいいと思うな。だって、とても繊細な女の子だから。見た目もかなりおしゃれだしね。今だって、きれいなブラウンヘアを編み込んでたり、ストレートジーンズの脚のラインが、すげぇ格好よかったりとかさ。
 ま、確かに男って変なところにプライド持ってるからしょうがないかもね。スケートボードにしたって、この男女平等のアメリカにおいて、なぜかこれだけは男子のスケーターが多い。だからローレインがどんなに凄いトリックを乗りこなそうと、いやたぶん乗りこなせちゃうから、スケート・パークに行くと、男たちから嫉妬されてしまう。オレの好きなカリフォルニアにおける、ちょっと残念なとこだ。

 そんなこんなで、ここでオレたち三人だけで遊んでるっていうわけなんだ。
「……ううん、大丈夫じゃない」
 そう言いながらもゴロンと回転して起き上がったオレに、心配そうだったダニエルとローレインの表情は、緩んだ。
「おーし、じゃ次は俺な」
 身軽に階段の上へ移動したダニエルは、助走をつけ段の直前で身を屈めた。
 踏み切り、ジャンプ! ボード上で左足を素早くスライド、ボードを平行に、ちゃあ……くちぃ!
「いぇええーーーい!」
 だがダニエルのガッツポーズは一秒と持たず、両足ともボードから外れてしまった。主を失ったボードは、転がり続ける。
「あーあ」
 たった今あげた歓声を打ち消すように、彼はそれを追いかけた。ジャンプ後はしばらくボードに乗り続け、自分の意思で降りなければ理想的な成功とは言い難い。
 ところでこの階段なんだけど、通路の終わるところで、西と北の両方に降りられるように作られている。コンクリート製で、両方向とも真ん中に金属の手すりがあるんだ。どうしてオレたちが北向きでなく西向きの階段で遊んでるのかっていうと、北向きのはこの階段下の道を通る人のじゃまになって危険だからだ。それからこの突き当たりんとこは今オレたちが占領してるみたいだけど、一応ここ以外の部分も通路脇は階段状になっているんだよね。一般の人はそっちを降りればいいので妨げにはなってない……いやなってるか。でもこの辺を誰かが通る時は、飛ばないようにしてるし。いずれにしろ、そんなに長い時間やらない。すぐ終わっちゃうから……。
 次はローレイン。
「オン・ユア・マーク、ゲット・セット、ゴー!」
 みごとなジャンプ……と思ったら、スケートボードを外れて両足で着地。うーん、残念。
 ジャンプって言ったけど、本当はこの階段越えはただ跳ぶというより、オーリーと呼ばれる障害物を飛び越す技(トリック)なんだよね。地面を離れる直前に、後ろ足でテールを蹴る。それによって先端(ノウズ)が勢いで自然に持ち上げられる。その時前足をボードの上でスライドさせ、先端を抑え込む。スケートボードが足に吸い付いているように見えるのは、この瞬間だ。そして前足で押さえる行為によって、ボードは地面と平行になって、遠くへ飛ぶことができるというわけ。一言で言えば、テールという力点に力を入れる動きで、ノウズという作用点が蹴り上げられる、テコの原理を利用しているんだよね。この力を帯びたボードを体全体で抱え込むことによって、空中にジャンプしてるみたいに見える。
 オレは階段上の通路で障害物なしのオーリーを二、三度練習し、再度9段オーリーにのぞむ。
 キック! 跳んだ。跳んだのはいいが、腰をかがめ過ぎだ。
「あっぶねぇ!」
 かなり最下段の近くに着地し、ひやっとする。
 ステア(階段)のオーリーは、高さを必要としない。大事なのはスピードと距離だ。高さを追求すると距離も出ないし、着地の衝撃が増すので足に負担がかかってしまう。それから助走のスピードも、なくてはならないもののひとつ。
 その刹那、階段上からスケートボードの転がる音が近づいてきた。
「ヘイ、カレッジ・ボーイズ」
 黒いTシャツ、ブラックジーンズ、ドレッド・ヘアの黒髪……、まだ地面に座って下から見上げていたオレには、逆光の中を完璧なバランスで跳んだ黒い影だけが見えた。
「ウォウ!」
 軽い……、限りなく軽いその体は、地面に直接着地せず、金属の手すりの上を五十センチぐらい走らせランディングした。
 そいつはガッツポーズのまま、目の前を走り抜ける。オレたち三人の拍手を受けて、ハイタッチを交わした彼は、どう見てもまだローティーンだった。
「俺、ジャスティン」
 キャンパス内は、もちろん学生以外でもいろんな人が自由に歩いている。
「あ、オレ、キャメロン。君は……中学生?」
「うん、そこのミドルスクール」
 そう言って、南側を指差した。そこにあるゲフィン・アカデミー・ミドルスクールは、二〇一八年にキャンパス内にできた、新しい教育方針で子供の才能を引き出す中学校だ。当然ながらその教育法や結果は、UCLAのリサーチ対象になる。
 うーん、いかにも隣のアカデミー・キッズらしい、自由そのものの少年。
 この子の、特別な才能に恵まれてるって感じのふるまいは、自信に満ち溢れていた。オレのトレードマークである、ブラックジーンズまでパクられてるし。いや、……ま、どうせオレほど脚が長いわけじゃないし、まだかっこよくローライズで履きこなせないガキんちょだしな。
「ヒア・ウィー・ゴー」
 三人の見ている前で、もう一度階段の上にのぼって行ったジャスティンは助走を始める。
 踏み切って、跳び上がる。そして……、何と彼は、体をボードごと180度左に回転させ着地した。
 これって……!!
 踏み切りの時点ではこっちを向いてた体が、着地の時は後ろを向いている。フロントサイド180(ワン・エイティ)オーリーと呼ばれる、オレたちがやってた普通のオーリーより、数ランク上のトリックだ。しかも9段もある階段で……。
「イエェーイ!」
 着地後も安定したままのジャスティンは、ボードを降りると片足でテールを軽く踏み、空中にボードを放ち右手でがしっとつかんだ。
「ワァオ!!」
 激しい拍手と歓声が上がる中を、少年は誇らしげに通り抜ける。
 明らかにオレたちに挑戦しているのが見てとれる。
 ヘイ、キッド。スケートボードを楽しむのはいいんだけど、それって何か違うだろ。
 ああ、オレの番。
「頑張れ、キャメロン」
 うぅーもうダニエルまで、なに勘違いしちゃってんの?
 オレはもう一度ボードをつかんで、階段の上に上がる。大きく深呼吸を一回。
 助走、テールを蹴って、踏み切り。前足をスライド、ノウズを押さえつけ……、いける! ボードが体に吸い付いてきた。
 着地、成功!
 しばらくボードの上でバランスを保って滑っていたオレは、満足げな笑みを浮かべて降りた。右足でボードを踏み、跳ね上がったのをもう一度膝で軽くノックして手に受ける。
 そうだよ、普通のオーリーさ。でも、でも完璧なできばえだった。
 完遂した疲労感が、どっと押し寄せてきやがった。ああもう……いますぐ、このコンクリートの上でだって、横になったとたん眠りに落ちそうだよ。
 こっちにじっと注目していたジャスティンは、「どうして?」って表情でオレを見上げている。
 え? なんでオレが、君のトリックに挑戦しないのかって?
「いいんだよ。さっきより安定して跳べたんだから、これで今日の目標は達成なの」
 だいたいオレは寝不足なんだ。
 これ以上無理したら、ケガしちゃうよ。スケートボードは楽しむためのもの。競争じゃない。だからオレにとっていま最も大切なことは、コンクールの最終審査で、人生で一番素晴らしいトランペット演奏をすること。
 そこの、たぐい稀なる才能に恵まれたジャスティンくん。君はどうやら、未来の覇者となるべくして生まれた、天性のスケートボーダーらしい。……が、覚えといたほうがいいよ。「できる」って確信のないときは、恐れずにやめておく勇気。それを持つことって、ものすごく大切なんだ。
 こらぁ、疲れ切ったオレがこんなに頑張ってるのに、寝てんじゃねえよ。
 心の中でそう叫ぶと、オレはスリープモードのスマホを人差し指で無理やり起こした。五時四十三分。
「オレ、ちょっと寝てくるわ」
「三十分ぐらいに、アラームセットしときなさいよ。でなきゃまた今夜も眠れなくなっちゃうから」
 ローレインってさ、時どき姉ちゃんみたいに面倒見がいい。
「ああ、サンキュ。じゃあな」
 オレは彼らに手を振り、夕日を背に受けながら寮に向かって歩き始めた。
「キャメロン、またねぇ」
 ジャスティンのトーンの高い声は、挑発的な見かけによらず愛くるしかった。どんなに疲れていても、振り向いて余力のある限りの笑顔をしぼりだし、手を振らずにはいられないほどに。
 お、おぅ……また今度な。
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