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ぎゅう
しおりを挟む遥斗のおかあさんが、ショッピングモールに設けられたチョコレイトコーナーに連れて行ってくれた。
きらきらの包み紙に、愛がいっぱい詰まっているみたいで、遥斗の胸がどきどきする。
500円玉をにぎりしめた遥斗は、一生懸命チョコレイトを選んだ。
ちょっと足りなかったけど、お小遣いの前借りで乗り切った。
「前借りなんて、これきりよ。癖になると、借金地獄に落ちるから」
こわい。
こくこくうなずいた遥斗は、チョコレイトを買った。白い包みに青いリボンの、きれいなチョコレイトだ。
凛として、涼やかで、かっこいー。
りょーくんに、似てると思った。
これだ! って。
遥斗の手のなかで、ちいさな箱に包まれたチョコレイトが揺れる。
カタカタ音が鳴るたび、とくとく鼓動が駆けた。
『友ちょこ、あげる』
そう言って、渡せばいい。
『りょーくん、だいすき』を。
2月14日、帰り道で渡そうと、ランドセルにチョコレイトを忍ばせた遥斗は、朝からどきどきだ。
涼真とつなぐ手まで、さっむいのに汗ばんでしまう気がする。
いちおう学校におやつを持ってきてはいけないことになっていて、チョコレイトもだめなのだけれど、年に一度の行事だからか、黙認してくれているようだった。
学校全体が、きゃわきゃわ、そわそわしている。
涼真と一緒に校門をくぐって、すぐだった。
「あ、あの、一条くん、これ──! もらって、ください!」
女の子が、♡のチョコレイトを差しだした。
瞬く涼真に、女の子はチョコレイトを押しつけて、真っ赤な耳で駆けていった。
肺を錐で刺されたみたいに、息ができない。
ぎゅうぎゅうする胸で、遥斗はふるえる唇を開く。
「……あ、あの……りょーくん、さっきの子と……つきあう、の……?」
「………………は…………?」
びっくりするほど、低い声だった。
跳びあがる遥斗を、いつも涼やかな涼真の切れ長の瞳がにらみつける。
「二度と、言うな」
「……で、でも……」
「絶対、ない」
断言してくれた。
喜んだら、あの女の子に申しわけない。わかっているのに、胸はとくとく音をたてた。
さっきは息ができないほど痛かったのに、今はふわふわあったかい。
「……りょーくん」
『僕も、りょーくんに、チョコレイト持ってきたんだ。りょーくんが、だいすきだから』
言えない唇が、もごもご動いた。
「行こう、ハル」
涼真が、手をひいてくれる。
つながる指があったかくて、頬が熱い。
涼真のそばにいられる、それだけで、いつだって、どきどきするんだ。
「一条くん、これあげる」
「あたしも!」
「もらってください!」
次々女の子がやってきて、可愛らしいチョコレイトの包みを渡していった。
「いらない」
断ろうとする涼真の手に、ぴんくの包みが押しつけられる。
「もらってくれるだけでいいの!」
「おねがい!」
困ったように涼真の眉が下がって、涼真の机にはチョコレイトが積みあがった。
「一条、やべえ」
男の子たちの視線は、最初は冷たかったけれど、だんだん尊敬になってきた。
チョコレイトにうずもれるような涼真を見かねた担任の先生が、紙袋をくれる事態だ。
「これに入れて机の横にかけておこうか。……いいなあ、一条──!」
お兄さんな先生の本音がこぼれてた。
「りょーくん、すごいね」
胸が痛いとか、切なさを超えて、遥斗まで、びっくりになってきた。
可愛い女の子からチョコレイトをもらったら、うれしいと思う。
けれど、うつむく涼真は、困っているようだった。
断っているのに渡されちゃうと、困ると思う。
『もらってくれるだけでいい』まで拒絶されたら、すごく傷つく。それをわかっているから突き返さないのだろう涼真は、やっぱり、やさしい。
紙袋にぱんぱんに詰まってゆくチョコレイトを見つめた遥斗は、そっとランドセルを抱きしめる。
遥斗のチョコレイトが、行き場を失くした気がした。
学校では勿論、帰り道でも、遥斗は『チョコレイト、あげる』言いだせなかった。
あんなにたくさんチョコレイトがあるんだから、さらに渡すと迷惑になるというのもあったし、数多のチョコレイトに埋もれてしまうという、さみしさもあった。
いつものとおり、手をつないで帰っているのに、涼真が遠くに行ってしまった気がした。
遥斗の手の届かない、遠くへ。
「……じゃあ、りょーくん、また明日ね」
手をふって、お互いの家に入ろうとしたとき、離そうとした手をつかまれた。
「ハル、これ」
涼真が鞄から取りだしたのは、白い包みだった。
「なあに?」
「やる」
ぐい、と押しつけられた遥斗は、白い包みに結ばれた赤いリボンの蝶結びに目を落とす。
「どうしたの、りょーくん。今日は、僕の誕生日じゃないよ。今日は──」
バレンタイン。チョコレイトをあげる日だ。
「…………え…………?」
手の中の包みに、目を落とした。
遥斗はずっと涼真にくっついていたから、女の子たちが涼真に渡したチョコレイトもぜんぶ見た。赤やピンク、たまに黄色の包み紙があったけれど、白はなかった。おぼえてる。
「……これ……」
涼真のまなじりが、ほんのり朱い。
跳びあがった遥斗は、あわててランドセルを下ろした。もう涼真には渡せないから、両親に、いつものお礼だと言って渡そう、そう思っていたチョコレイトを取りだした。
ランドセルのなかでカタカタ揺れて、曲がってしまったリボンを丁寧になおす。
「りょーくん、これ、あげる」
『りょーくん、だいすき』を、あげる。
差しだしたら、涼真は目をまるくした。
「……え……?」
遥斗とおんなじ反応だ。笑った遥斗は、涼真の手のなかに、青いリボンをかけた白い包みを押しこんだ。
「いっぱいあって、いらないかもしれないけど、でも、いつもありがとうの、僕の気もち」
ほんとは『だいすき』の気もち。
熱い頬で、ささやいた。
遥斗と、青いリボンのチョコレイトを何度も見た涼真の唇が、やわらかにほころんだ。
「……ありがとう、ハル」
笑ってくれた……!
きゅんきゅん、遥斗の胸が音をたてる。
「僕も、ありがとう! りょーくんからもらえるなんて、思ってもみなかったから、すっごくうれしい!」
白い包みを抱きしめて、笑う。
涼真も、青いリボンの包みに、微笑んでくれた。
「じゃあ、また明日!」
手をふって、家に入る。
どきどき鳴る胸で、ランドセルを背負ったままの遥斗は、ふるえる指で、紅いリボンをほどき、白い包みを開けた。
なかには、まるいチョコレイトが入っていた。ふわふわのココアがまぶしてある。
「おお、遥斗、おかえり。チョコレイトもらったのか!」
バレンタインだからと、会社員なおかあさんといっしょに有給休暇をもぎとって、ふたりでデートしたらしいおとうさんが、目敏い。
いや、玄関でランドセルを背負ったまま、包みを開けている息子がいたら、気になるだろう。しかも今日はバレンタインだ。
「はるちゃん、すごい! 初チョコレイトじゃない!? 見せて見せて」
おかあさんも飛んできた。遥斗の手のなかのチョコレイトに、おかあさんの目がまるくなる。
「すごい、トリュフじゃん。高そう。どこの?」
おかあさんに、ぺっと包み紙を奪われた。
「……あれ、何も書いてない」
ふつうなら店の名前を印字してあるのに、確かに紙は真っ白だ。
「わあ、これ、手づくりなんじゃない? はるちゃん、やるう!」
ばんばん背を叩かれた。いたい。
じゃなかった!
「て、手づくり!?」
「紙にもリボンにも店名がないし、原材料とかのシールもないでしょう。手づくりだよ、きっと。誰からもらったの?」
遥斗はもごもご口を動かして、首をふった。
「て、手づくりじゃ、ない、と思う、よ」
だって、涼真が遥斗に、手づくりのチョコレイトをくれるだなんて、ありえない。
あ、そうか、あのおねえちゃんみたいなおかあさんが、あのやさしそうなおとうさんが、涼真に作ってあげたチョコレイトの残りを包んでくれたのかも。それならわかる。おすそわけだ。
──きっと、何の意味もない。
わかっているのに、チョコレイトをつまむ指は、ふるえた。
そうっと口にいれる。
ココアパウダーが、ほんのりほろ苦くて、歯を立てると、くしゅりと溶けたチョコレイトは、とろけるように甘かった。
「……おいしー……」
涼真が、遥斗にくれたチョコレイトだ。
何の意味もなくても、おそすわけでも、胸の奥が、じんわり熱い。
うれしいのに、胸の奥が、ぎゅうっとする。
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