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冒険しましょう

味方はいますか?

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ベルナールは優雅にワイングラスを傾け、顔を青褪めさせたヴィクトールに笑んでみせた。

「毒なんて入っていませんよ」

コトリとグラスをテーブルに置くと、ベルナールの従者たちがアーモンドやチーズなどが盛られた小皿をテーブルに並べていく。
ヴィクトールはその皿を凝視して、ゴクリと無意識に喉を鳴らした。
腹が減っているのではない・・・、ワインには毒が無くてもこの皿には・・・もしかして・・・。

「ふふ。すみません。冗談が過ぎましたね。大丈夫です。王族を憎んでいますが、貴方には利用する価値がある」

「っ!無礼ですよっ!ヴィクトール殿下は・・・」

「何の力もない。成人したての・・・弱い人族の青年です」

ユーグが前に出て威嚇するように怒鳴った声を遮って、冷えた現実を教えるベルナールはカリッとアーモンドを噛んでみせる。

「控えろ、ユーグ。ベルナールの言うことは・・・正しい」

ヴィクトールが、ユーグの上着を掴み力づくで後ろへと下がらせた。
ヴィクトールは探る目付きでベルナールを見て、ふと思い出すことがあった。
いや、それは忘れてはならないことだった。

ベルナールの母親は獣人奴隷で、リシュリュー辺境伯の獣人部隊にいた。
そしてリシュリュー辺境伯の兄と恋仲になり、ベルナールを産んだ。
その生まれた子供は、次期辺境伯の嫡男として歓迎されるべき存在だったにも関わらず、母親が獣人奴隷だったことと本人も獣人の身体的特徴を持って生まれたことにより、秘匿されることになる。
病弱として屋敷の奥でひっそりと育てられたベルナール。
不自由なことは多かったが、リシュリュー辺境伯の一族が彼と彼の母親を受け入れていたこともあり、それなりに幸せで穏やかに過ごせていたのだろう。

しかし、ある日突然、悲劇が襲う。
リシュリュー辺境伯領地を訪れた第2王子のユベールと第1王女のエロイーズ、付き添いのザンマルタン侯爵が、ベルナールの母親に目を付けた。
獣人奴隷として侮り、ユベールと剣での手合わせを仕組み、予想外の強さに怯えたユベールが禁止されていた魔法を使い攻撃、しかも続けて王族への不敬罪としてエロイーズとふたりで嬲り殺した。
その場にいたリシュリュー前辺境伯とベルナールの父親は、怒りから握りこんだ両手から血を滴らせていたという。
ベルナールは母親が非業の死を遂げたときも、屋敷で使用人たちに甘やかされ幸せの中にいた。
その数年後、父親でもある次期リシュリュー辺境伯も事故死する。

ヴィクトールの中ではユベールやエロイーズなど血を分けた姉弟とも思いたくないし、同じ王族として括られたくはないが、ベルナールにそれを納得させることは難しい。

つまり、ベルナールとしては憎き王族のひとりとして殺してやりたいほどに恨んでいるが、利用価値があるので生かしてやる、ということなのだろう。
ここで、ユーグが叫んだように、不敬だとして手討ちもできるが・・・。
果たして、自分の味方はどれだけいるのだろう。
チラッとユーグ以外の従者に視線を走らせる。
どれもリシュリュー辺境伯にて選定した者たちだ。
自分には、あのトゥーロン王国の王宮を抜け出したときと同様に、ユーグしか信じられる味方がいないことに気づき、愕然とした。

「・・・そんなに思いつめないでください。私にとって貴方がた王族は親の仇ではありますが、無差別に復讐するほど愚かではありません」

「・・・」

「おや?信じていただけませんか?私はアンティーブ国に行きトゥーロン王国王族への復讐を果たす道筋をつけたいだけです。貴方はさっきも申し上げたとおり弱い人族の青年です。・・・もはや、王族でもない」

ぐっと喉に詰まるヴィクトール。
食いしばった口から、絞り出すように吐きだす。

「まだ、王族だ。僕は」

「いいえ。貴方はもう死んでいるんです。ただの青年として私と行動を共にしてもらいます。私の念願叶った際には、新生トゥーロン王国の王として君臨すればいい。貴方ならまだマシでしょう。ジラール公爵が生きておられたら別ですが・・・」

「お祖父様が生きていたら、何だというのだ」

ジラール公爵の崇高な思想の元に、亜人奴隷の解放運動が高まっていったのだと思う。
自分は従者のユーグを通して、亜人奴隷の歪さやトゥーロン王族とミュールズ国との関係に複雑な思いを育てていったが、お祖父様の導きがなければ行動にまで移せなかっただろう。

「ジラール公爵が憂いていたのは、ミュールズ国との関係です。傀儡の王に辟易として自分が王となり統治していきたかった。そのため、民衆や他国に分かり易いように亜人奴隷解放を利用していただけです」

鼻で笑いながら、ベルナールは面白くなさそうに言い捨てた。

「まさかっ!」

「ジラール公爵とジェルメーヌ様はトゥーロン王国を正しく統治することが目的。リリアーヌ様は分かりませんが、そこの従者に同情して亜人奴隷解放に夢中になった第1王子とは違います」

否定したいが、否定しきれないものを感じたヴィクトールは、縋るように後ろに控え立つユーグを見た。
いつもは自分を真っ直ぐに見るユーグが顔を反らし、ピンと元気に立っている三角耳と尻尾がへにょりと垂れている。

そうか・・・。
目を瞑り耳を塞いでいたことだった。
自分やミゲルたち、リシュリュー辺境伯は亜人奴隷解放に向けて動いていたが、その中心人物のひとりであるジラール公爵には違う目的が、野心があるのではないかという疑い。

「もう、ジラール公爵はいません。貴方も純粋に亜人奴隷解放に向けて活動ができますよ。そして妹さんの仇を討つために、私に協力をしてくれればいいのです」

ベルナールは再びワイングラスをカチンとヴィクトールのワイングラスと合わせ、コクリと美味しそうに飲んだ。


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