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変わり者の貴族の屋敷

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「──これが今の段階での調査報告です」

「ああ、助かる」


 ここはこの御屋敷の主人であるシオン専用の執務室。テオはチェルシーと執務室前で別れると元々こちらに書類を届ける為に動いていた為通りがかりにカノンが洗礼を受けていたのを見過ごす事にした。
 あれもこの屋敷独特の通過儀礼のようなものが起きていただけに、主と哀れな後輩になるかもしれない相手を天秤に掛けても、こちらの方が今後重要であった。
 これは彼の為にもなるし、何より洗礼は危険な訳では無いと言うのも理由の一つ。


「やはりフックサー伯爵家から生存した奴隷を保護出来た事は大きな収穫でしょうね。彼の証言からもいくつか有力なものが得られたので、いつもだったら無惨な姿で森に棄てられた死体が」

「テオ」

「……不躾な物言い大変失礼致しました」


 シオンは嗜めるような目でテオを見た。テオは瞬時に発言の不誠実さに気付き、胸元に手を当て一礼した。


 異種族の多様化するこの世界では昔、差別意識が横行し、戦争、略奪、誘拐、殺戮とが後を絶たなかった。身体も弱く、魔力も低いが圧倒するほどの知力を駆使して、最大数を誇る陸の土地を牛耳る人族は他の異種族を凌駕していた。その中でも奴隷制度による逃げる事すら許されない強制的な隷属契約術は各種族の闘争を激化させ、どの種族も互いを苦しめ疲弊の一途を辿らせた。

 当時、人族の貴族は奴隷飼うのが当たり前で、それが美徳であり、その数は爵位関係無く多ければ多いほど、権力者となれる程の裕福さの象徴だった。やがて、奴隷の在り方は珍しい種族を隷属する事こそ素晴らしいと言うものに変わっていき、神に近い存在の信仰対象の竜族や神秘の力を秘めし妖精族、そして、祝福と天候を操る声を歌える魚人族の人魚が特に重宝された。
 そんなあまりにも種族に対しての理不尽な政策に一人の貴族が立ち上がり、革新的な声明で時代は移り変わって行く。多くの民衆、そして、皇族や諸外国多くが賛同し、彼の貴族亡き後、異種族をも含めた者が団結し、奴隷制度は忌むべきものとし、奴隷解放宣言が発令され、一部の犯罪者にのみその枷を嵌めて奴隷契約が執行されるようになった。
 現在では種族間での和平協定も結ばれ、新たな奴隷制度の法案が可決される。人族と同等又はそれ以上の知能を所持し、優れた能力を有しており、神格視される絶滅危惧種の種族である竜人族、魚人族並びに妖精族は如何なる理由があれど、一切の奴隷、隷属する事を禁ずる一文が加えられた。

 今やどの種族であろうと貴族間での奴隷を所有する行為は冷遇視される。しかし一方で、未だに加虐的思想や悪しき風習に囚われた一部の名ばかりの貴族が娯楽や悦楽として裏で人身売買や違法に奴隷を密輸する闇ルートから購入しているケースが後を絶つことは無かった。


「いや、テオは事実しか言ってないな……これだけだとまだ証拠が足らない。いくらでも逃れる術があるだろうな」

「状況証拠のみですね。まだいくつか気になる点も有りますし、ただカノン君がもしそういう種族であるならば、」

「ルーツを辿ってそこから根本を潰す事が可能になるかも知れない」


 二っと不敵に笑うシオンに、はあと息を吐くテオ。急にやる気になった主と経緯あれど実は専属の従者でもあり、それなりにできる事も多いテオは命令を受ければ当然従う訳である。


「だからって、急にやる気出さないで下さいよ」


 ただ森の不法投棄を阻止すると言う謎名目と共に騎士職を引退し、余生を謳歌するどころか、その不法投棄の因果で、今まで放置状態だった奴隷所持による悪徳貴族を法による根本から一斉摘発の元、処罰する事が主な目的だった。和平協定の事もあるが、たかだか一介の侯爵家の森の管理者の請け負う仕事では無いだろうに、と過去の功績や武勲そして、今も変わらぬ忠誠心がそうさせているのかは、テオは考える気にはならなかった。


「そりゃ停滞してた情報が舞い込んで来たら調べるだろう」

「それだけではないでしょうに……」

「ところで、彼はどうだ? 慣れてきた?」


 話を逸らしやがって、と思うもテオはそれ以上追及しなかった。見ればわかるが、誰かを拾うとこんな風に関わり過ぎるのはシオンの悪癖にも近い。


「まだ目覚めて一週間しか立ってませんよ。慣れる慣れないの話だと思っているんですか? それ以前にシオン様も合間をみては頻繁に会っていらっしゃるでしょ」

「ぐッ……俺の知らないところで何かあるかも知れないでしょ!」


 頬を膨らますシオン。いくら内側から温和そうに見える人間の表情も未だに衰える事も無い体格のガッチリした男が可愛こぶっても可愛くない。

「随分気に入っていらっしゃるようで」

「え? もしかして嫉妬?」

「…………」

「無言やめて」


 ドン引きした後に哀れみの目を向けたテオは、主人の貞操は多少評価はすれど、色恋には興味が無かった。シオンは少しふざけ過ぎたと苦笑した。


「はあ……まあ喋れるようにはなりましたから意思の疎通はしやすくなりましたが、今は何とも言えないですよ。あっ、でも」

 シオンの促すような視線にニッコリと作った笑みを浮かべてテオはこれ見よがしにと間をあけて告げる。

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