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「だから何?足りないわよ」
文句を言った私にランスは微笑みを深めて頷いた。
頷きはするけれど、それ以上のことは何も言わない。
ランスは明日、改めて王都へ向かう。
齧りついてでも一緒に行こうとは思うけれど、自由な二人だけの時間が確保できるかは定かではなかった。
夫の決意を覆すなら、今日が最後のチャンスだ。
「テレザ夫人が言ってくださったの」
「うん?」
背の高いランスは、私の為にいつも少し屈みこんでくれる。
「あなたは未来ある善き人だから、罰せられるべきではないって」
「……」
「そもそも、あれは友人同士の喧嘩が巻き起こした事故で、双方酔っていて記憶がなかったのでは?人のいいカルメット侯爵が責任を感じて、言われるままに在りもしない罪を受け入れているのでは?……と考えている人が多いそうよ」
テレザ夫人は署名を集めるだけの人望と行動力がある。
「ノアム侯爵家はあまり好かれていないから、あなたが無実を訴えれば味方になってくれる貴族は多いはずだって」
どうせ署名を集めるなら、政治的効力を持つ男たちの署名を集めて欲しい。私がそう頼むと、テレザ夫人は少し難しそうな顔をしてから頷いた。やれるだけのことはやってみると言ったからには、実行してくれるだろう。
「誰も嘘をつくわけじゃないんだから」
そう。
ノアム侯爵令息が記憶を失う程の傷を負わされた現場に立ち会った者はいない。事実を知る者は誰もいない。だから、誰も嘘はつけない。真実を知らないから当然だ。
そしてランスが善い人なのは事実。
秘密を守りながら、嘘もつかずに、誰も傷つけないままで、ランスの無実を証明する方法。
秘密に触れなければいい。
「私に、曖昧な人望だけでやり過ごせって言うのかい?」
「判決を覆してくれる支援者に今後よくしてあげれば、人望は本物になるわ」
「ありがたいけど、私に構う時間があれば自分の領地を大事にしてほしいよ」
しぶといわね。
東屋に着く頃には夕陽が最後の足掻きで赤々と燃えていた。
私も諦めない。
ランスが梁に頭をぶつけないよう、私の為でなく自分の為に身を屈めている。彼の腰に腕を巻きつけて椅子に座らせ、その膝に乗った。首に手を引っ掻けて、横座りでランスの抱擁を待つ。
ランスの腕が私を抱きとめた。
「あなたは私たちを大事にしないの?」
「……」
「ミネットもミュール夫人も、ベイルも言ってた。陛下が、結婚してから少し待って召喚したのは幸せを感じさせる為だって」
「……」
「私たちを残して行くの?」
ランスは口を噤んでしまった。
「あなたが必要よ」
以前、私は泣き喚いて失敗した。
実感した。縋りつく側では駄目だと。
ランスが私を無意識に撫でながら静かに言った。
「私は養子だよ。他の誰でもカルメット侯爵家を守っていける。陛下のお眼鏡に適えば、誰でもいい」
「そうよね!」
待ってましたとばかりに私はランスの膝の上で少し弾んだ。
「?」
「あなた言ったもの。後継者は私が誰かとの間に作った子でいいって」
今もそう思っているかは問題ではないし、たぶん、きっと絶対に思っていない。
「ということはつまり、私が次のカルメット侯爵を決めていいのよね?」
「え?ああ、うん……」
「あなた以外の誰かと愛し合う気はないわ。あなたの子を後継者にできないなら、私、養子を貰うって決めたの」
「……」
黙ってお聞きなさい、ランス。
今、少し安堵したのは見逃してあげるから。
「あなたも養子だから問題ないわね?」
「ああ」
即答だった。
よかった。
私たちは迫る夕闇の中で笑みを交わし、抱きしめあってキスをした。
そして互いを愛おしく見つめながら唇が離れた瞬間を狙い、私は告げる。
「だから一緒に幽閉されるわ。ずっと、あなたと一緒」
文句を言った私にランスは微笑みを深めて頷いた。
頷きはするけれど、それ以上のことは何も言わない。
ランスは明日、改めて王都へ向かう。
齧りついてでも一緒に行こうとは思うけれど、自由な二人だけの時間が確保できるかは定かではなかった。
夫の決意を覆すなら、今日が最後のチャンスだ。
「テレザ夫人が言ってくださったの」
「うん?」
背の高いランスは、私の為にいつも少し屈みこんでくれる。
「あなたは未来ある善き人だから、罰せられるべきではないって」
「……」
「そもそも、あれは友人同士の喧嘩が巻き起こした事故で、双方酔っていて記憶がなかったのでは?人のいいカルメット侯爵が責任を感じて、言われるままに在りもしない罪を受け入れているのでは?……と考えている人が多いそうよ」
テレザ夫人は署名を集めるだけの人望と行動力がある。
「ノアム侯爵家はあまり好かれていないから、あなたが無実を訴えれば味方になってくれる貴族は多いはずだって」
どうせ署名を集めるなら、政治的効力を持つ男たちの署名を集めて欲しい。私がそう頼むと、テレザ夫人は少し難しそうな顔をしてから頷いた。やれるだけのことはやってみると言ったからには、実行してくれるだろう。
「誰も嘘をつくわけじゃないんだから」
そう。
ノアム侯爵令息が記憶を失う程の傷を負わされた現場に立ち会った者はいない。事実を知る者は誰もいない。だから、誰も嘘はつけない。真実を知らないから当然だ。
そしてランスが善い人なのは事実。
秘密を守りながら、嘘もつかずに、誰も傷つけないままで、ランスの無実を証明する方法。
秘密に触れなければいい。
「私に、曖昧な人望だけでやり過ごせって言うのかい?」
「判決を覆してくれる支援者に今後よくしてあげれば、人望は本物になるわ」
「ありがたいけど、私に構う時間があれば自分の領地を大事にしてほしいよ」
しぶといわね。
東屋に着く頃には夕陽が最後の足掻きで赤々と燃えていた。
私も諦めない。
ランスが梁に頭をぶつけないよう、私の為でなく自分の為に身を屈めている。彼の腰に腕を巻きつけて椅子に座らせ、その膝に乗った。首に手を引っ掻けて、横座りでランスの抱擁を待つ。
ランスの腕が私を抱きとめた。
「あなたは私たちを大事にしないの?」
「……」
「ミネットもミュール夫人も、ベイルも言ってた。陛下が、結婚してから少し待って召喚したのは幸せを感じさせる為だって」
「……」
「私たちを残して行くの?」
ランスは口を噤んでしまった。
「あなたが必要よ」
以前、私は泣き喚いて失敗した。
実感した。縋りつく側では駄目だと。
ランスが私を無意識に撫でながら静かに言った。
「私は養子だよ。他の誰でもカルメット侯爵家を守っていける。陛下のお眼鏡に適えば、誰でもいい」
「そうよね!」
待ってましたとばかりに私はランスの膝の上で少し弾んだ。
「?」
「あなた言ったもの。後継者は私が誰かとの間に作った子でいいって」
今もそう思っているかは問題ではないし、たぶん、きっと絶対に思っていない。
「ということはつまり、私が次のカルメット侯爵を決めていいのよね?」
「え?ああ、うん……」
「あなた以外の誰かと愛し合う気はないわ。あなたの子を後継者にできないなら、私、養子を貰うって決めたの」
「……」
黙ってお聞きなさい、ランス。
今、少し安堵したのは見逃してあげるから。
「あなたも養子だから問題ないわね?」
「ああ」
即答だった。
よかった。
私たちは迫る夕闇の中で笑みを交わし、抱きしめあってキスをした。
そして互いを愛おしく見つめながら唇が離れた瞬間を狙い、私は告げる。
「だから一緒に幽閉されるわ。ずっと、あなたと一緒」
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