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2(ソレーヌ)
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結婚三年目を祝うパーティーは昼食会と晩餐会に分けて開くことに決めていた。
貴族と結婚し伯爵夫人になってしまった以上、社交界での人付き合いは義務だ。訓練と同じ。そう自分に言い聞かせる。
問題は昼と夜のどちらをより畏まった公的なパーティーにするかということ。結局、昼食会を盛大に催して晩餐会を私的な会に留めた。
できるだけ、宿泊する貴族は少ない方がいい。息が詰まる。
女騎士として王家に忠誠を誓い王国を守っていた頃は、人々の視線は私に勇気を与えてくれた。しかし今、結婚三年目ともなって未だに子どもができないまま年ばかり重ねる私への視線は、どこか好奇と軽蔑を潜ませているように思えてならない。
訓練というより、負け戦で足掻くようなものだ。
愛情深く心のあたたかなガイウスは、私との間に跡継ぎが産まれなくても構わないと言ってくれている。七才差という私の年齢や、出産と戦闘による体の傷が、恐らくは不妊の原因だろうと労わってくれる。
併し私は感じるのだ。
女騎士としては優秀だったが、妻としては失格だと。
それはこれが再婚であることも人々の顰蹙を買った大きな要因なのだろう。
前の夫アデルモは戦場で気高く散った。
その妻であった私が、命を預け合い生き永らえた私が、武闘会で若い貴族に惹かれ、その若い伯爵の未来を奪い、平民の生まれでありながら伯爵夫人の座に納まっているのが多くの目には裏切りに見えるのだろう。
事実、アデルモとの間に授かった息子アレクシウスは私の再婚に憤り、今では口も利いてくれない。手紙の返事もなく、そもそも読んでくれているかすらわからない。
教会の聖職者の中には再婚そのものを認めない者もいるが、修道騎士を志すアレクシウスもまたその一人となるだろう。
私は称賛を浴び、傅かれ、敬われる。
女騎士であった頃より人々は頭を下げるが、私は決して喜べない。
女騎士としては優秀だったが、妻として……母として……
「奥様、お口に合いませんか?」
「え?」
陰鬱とした思い煩いからふと醒めると、すぐ傍に跪いたヴェロニカの大きな茶色い瞳が真剣に私を見つめていた。
「……いえ。そんな」
いけない。
私を喜ばせようと、ガイウスに私の好みを聞いてまでして作ってくれたのに。
ガイウスとその父親の、恩師の孫娘。
女騎士であった私も例の元騎士団長の武勇伝は幾つも知っており、ある種の憧れと尊敬を抱いていた。
ヴェロニカは陽気で裏表がなく、よく笑う、可愛い娘だった。
娘と言っては失礼か。童顔だから、ついその年齢より下に見てしまう。宮廷でもその人柄と仕事の腕を信頼された大人の女性だ。
ゆるくウェーブのかかった栗色の髪と、大きな瞳。
無垢で心優しい馬のように私を気にかけ、擦り寄ってくれる。
彼女が私に注いでくれる厚意は、孤独と罪悪感に苛まれる私にとってガイウスに次ぐ救いとなりつつあった。
私はヴェロニカが好きだった。
「ごめんなさい。とても美味しくいただいています」
私は伯爵夫人となったが産まれは平民の元女騎士。
ヴェロニカとの身分差は複雑であり、つい引け目も感じてしまう。
ところが、ヴェロニカは私のそんな内心を知らず前のめりに囁いた。
「仰ってください。すぐ他のものをお持ちします」
ヴェロニカは忠実で、誠実だった。
それは王家に忠誠を誓った私だからこそ、よくわかっていた。伝わっていた。
ヴェロニカは芯の強い誠実な娘だった。
だから……
だからこそ、砕いてやりたくなったのだ。
今思い返せばあの時、あのまま、ヴェロニカの優しさを疑わず、ガイウスの愛を試そうともしなければ、私たちは愛と思いやりに満ちた優しい関係を築いていただろうか。
どこで間違えたのだろう。
私は、いつ、道を見失ったのか。
私は何処へ向かえばいい……?
貴族と結婚し伯爵夫人になってしまった以上、社交界での人付き合いは義務だ。訓練と同じ。そう自分に言い聞かせる。
問題は昼と夜のどちらをより畏まった公的なパーティーにするかということ。結局、昼食会を盛大に催して晩餐会を私的な会に留めた。
できるだけ、宿泊する貴族は少ない方がいい。息が詰まる。
女騎士として王家に忠誠を誓い王国を守っていた頃は、人々の視線は私に勇気を与えてくれた。しかし今、結婚三年目ともなって未だに子どもができないまま年ばかり重ねる私への視線は、どこか好奇と軽蔑を潜ませているように思えてならない。
訓練というより、負け戦で足掻くようなものだ。
愛情深く心のあたたかなガイウスは、私との間に跡継ぎが産まれなくても構わないと言ってくれている。七才差という私の年齢や、出産と戦闘による体の傷が、恐らくは不妊の原因だろうと労わってくれる。
併し私は感じるのだ。
女騎士としては優秀だったが、妻としては失格だと。
それはこれが再婚であることも人々の顰蹙を買った大きな要因なのだろう。
前の夫アデルモは戦場で気高く散った。
その妻であった私が、命を預け合い生き永らえた私が、武闘会で若い貴族に惹かれ、その若い伯爵の未来を奪い、平民の生まれでありながら伯爵夫人の座に納まっているのが多くの目には裏切りに見えるのだろう。
事実、アデルモとの間に授かった息子アレクシウスは私の再婚に憤り、今では口も利いてくれない。手紙の返事もなく、そもそも読んでくれているかすらわからない。
教会の聖職者の中には再婚そのものを認めない者もいるが、修道騎士を志すアレクシウスもまたその一人となるだろう。
私は称賛を浴び、傅かれ、敬われる。
女騎士であった頃より人々は頭を下げるが、私は決して喜べない。
女騎士としては優秀だったが、妻として……母として……
「奥様、お口に合いませんか?」
「え?」
陰鬱とした思い煩いからふと醒めると、すぐ傍に跪いたヴェロニカの大きな茶色い瞳が真剣に私を見つめていた。
「……いえ。そんな」
いけない。
私を喜ばせようと、ガイウスに私の好みを聞いてまでして作ってくれたのに。
ガイウスとその父親の、恩師の孫娘。
女騎士であった私も例の元騎士団長の武勇伝は幾つも知っており、ある種の憧れと尊敬を抱いていた。
ヴェロニカは陽気で裏表がなく、よく笑う、可愛い娘だった。
娘と言っては失礼か。童顔だから、ついその年齢より下に見てしまう。宮廷でもその人柄と仕事の腕を信頼された大人の女性だ。
ゆるくウェーブのかかった栗色の髪と、大きな瞳。
無垢で心優しい馬のように私を気にかけ、擦り寄ってくれる。
彼女が私に注いでくれる厚意は、孤独と罪悪感に苛まれる私にとってガイウスに次ぐ救いとなりつつあった。
私はヴェロニカが好きだった。
「ごめんなさい。とても美味しくいただいています」
私は伯爵夫人となったが産まれは平民の元女騎士。
ヴェロニカとの身分差は複雑であり、つい引け目も感じてしまう。
ところが、ヴェロニカは私のそんな内心を知らず前のめりに囁いた。
「仰ってください。すぐ他のものをお持ちします」
ヴェロニカは忠実で、誠実だった。
それは王家に忠誠を誓った私だからこそ、よくわかっていた。伝わっていた。
ヴェロニカは芯の強い誠実な娘だった。
だから……
だからこそ、砕いてやりたくなったのだ。
今思い返せばあの時、あのまま、ヴェロニカの優しさを疑わず、ガイウスの愛を試そうともしなければ、私たちは愛と思いやりに満ちた優しい関係を築いていただろうか。
どこで間違えたのだろう。
私は、いつ、道を見失ったのか。
私は何処へ向かえばいい……?
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