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23.ライアン・ガーネット⑤
しおりを挟む*予想通り長くなったので、二話に分けました。
【ライアン・ガーネット⑥】、【ラフレシア・カーバイト⑤】のあと、本編(深傷を負ったニアがライアンに置き去りにされた場面)に話が戻ります。
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訓練の打ち合わせや急ぎの書類等の片付け終わり、時計を見れば夜の十一時を過ぎていた。
俺自身が彼女の部屋に行くには遅すぎると思い、侍女を呼ぶと用件だけを書いたメモを折り畳んで渡し、必ず返事を貰ってくるように言った。
いつもベッドサイドにあるテーブルの上にグラスとワインが用意されている。
椅子に座るとワインをグラスに注ぎ、その芳醇な香りを堪能したあと一口飲んだ。
先ほど侍女に渡したメモの事を考えて憂鬱になる。
もう見限られていても不思議ではない。
きっとニアは、婚約の解消を願い出るだろう。
グラスに残ったワインを一気に呷る。
そして空になったグラスに再びワインを注ぎ、その色を眺めながら食堂で見た彼女の顔を思い出す。
凝視する訳にもいかず、一瞬だったが…。
前回ニアと直接顔を合わせたのは昨春のお茶会の時で、まだあどけなさの残るはにかんだ笑顔が眩しかった。
だが、少女から大人になる時はあっという間だ。
「いや~カレドニア嬢、暫く見ないうちに美しくなってましたよ。まるで蛹から蝶になったように。」
副官であるタリスの言葉を思い出す。
そう…確かに美しくなった想像通り…いや、それ以上に。
その瞬間を見逃した事が酷く悔しい。
タリスやデビアスが言っていた。
俺との婚約が解消されるかもしれないという噂を聞いた子息達が、俺の後釜になる気で彼女を狙っていると。
奴等の思い通りにさせるものか。
俺は彼女を手放す気など毛頭無い。
なのに、ラフレシアとその後ろにいる黒幕を排除したいのに出来ない現状に苛立つ。
東部辺境を治めるフローライト辺境伯家当主リカルド殿からは、寄子の男爵家令嬢のラフレシアが迷惑をかけて済まない。との私信を受け取っている。
本気でそう思っているのなら、東部でどうにかして欲しいものだ。
尤も、東部としてはこの機に乗じて厄介払いをしたいのだろう事が見え見えである。
俺は端から彼女が婚約解消を口にしたら、問答無用で却下するつもりでいた。
我ながら大人気ないとは思う。だが、彼女を失わずに済むなら形振り構っていられない。
そうは思っても現状ラフレシアと黒幕の件が片付かない限り身動き出来ない。
初めは俺を失脚させる事が目的だと思っていた。
だが、これまでの事を考えるとどうもそれだけではないように感じる。
万が一、ガーネット家を潰すのが目的だとしても、現辺境伯である父には何か仕掛けている様子は無い。
しかし、気付けば選択肢が限られている、一定方向に誘導されている感じは狡猾としか言いようがない。
それ以上考えてもわかる筈も無く…。
と、そこで先ほど用を言い付けた侍女が返事を携え戻って来た。
折り畳まれたメモを受け取り、下がらせてから恐る恐るメモを開いて見た。
ラフレシアがいない場所で事情を打ち明けようと思っていた。
なのに…。
△▽△▽△▽△▽△
時間が早すぎるとは思ったが、ラフレシアに出会さない内にお茶会をする場所へ向かおうとしていた俺はあの女に捕まってしまった。
媚びるような笑顔で
「ライアン様~やっとお会いできましたわ。ウフフフ。」
そう言って腕を絡め取られ、牡蠣のようにへばり付かれた。
「これから大切な用があるから急いでいる。手を離してくれ。」
「あらぁ~?私、知っていますのよ。カレドニアにお会いになるのですよね。一度ご挨拶したいと思っておりましたのよ~。だからご一緒させていただきますわ。ウフフフ。」
『何の挨拶をするつもりだ?
いや、それよりも何故ニアと会う事を知っている?』
何より、ラフレシアの笑顔を薄気味悪く思うと同時に背中にぞわりと嫌な感じがした。
仕方なく庭を散策して、適当なところで戻らせればいいかと考えながら歩いていたのだが、俺の腕から手を離しラフレシアが突然立ち止まった。
何かあるのかと振り返って見れば俯いて肩を震わせている。
「……て……るのです。」
「は?何を……。」
声が小さすぎてよく聞き取れなかった。
すると顔を上げ、俺の目を見て言った。
「…わかっているのです。…ご迷惑をかけている事は…。」
「……。」
今度は何を仕掛けてくるんだと警戒した。
「だから……もう……終わりにします。」
「……。」
俺としては喜ぶべき言葉だった。
が、
信用していいものかどうか……。
暫く無言で真意を探るようにラフレシアの顔を見ていた。
「だから…思い出に……おでこでいいから……その…キ、キスを……。」
何を考えているのか、ラフレシアの狙いが、真意が分からない。
不意に胸に抱きついてきた。
体を離そうと彼女の両肩に手を置いた。
「この訓練が終わったら、二度とお会いしません。だから…お願い…。」
上目遣いに下から見上げてくる。
この時、唇にする訳ではないから、おでこに軽く触れる程度なら…。それでこの女に付き纏われなくて済むのだと思ったのが間違いだった。
躊躇いがちにおでこに顔を近付けていった。
「?!」
急に相手の顔が近付いたと思ったら、ラフレシアの側から俺の唇に口づけてきた。
しかも、胸に両手を添えていただけだったのが、上着の胸部分を確りと両手で掴まれて距離を取れない。
力を入れてラフレシアの両手首を掴み、無理矢理引き剥がして体を押し遣り、手の甲で口を拭いながら睨んだ。
「ウフフ。ごちそうさま…かしら?」
「…クソッ!…」
油断した自分を殴りつけてやりたい。
「アハハ。バカね。でも安心して。この訓練が終わったら、本当に終わりにするから。」
何も言えず口を拭っている自分が情けない。
「そういう事で、訓練中はよろしく。じゃあね。」
ラフレシアは俺に背を向け手をひらひらさせて戻って行った。
油断していたとは言え、彼女に得体の知れない気持ち悪さを感じた。
△▽△▽△▽△▽△△▽△
疲弊した俺は重い足を引き摺るようにニアとのお茶会をするガゼボへと向かった。
今までニアは俺の事を“ライアン様”と呼んでくれていたのに、“ガーネット卿”と他人行儀に呼ばれ、更にダメージを受けた。
そして、婚約解消を求められた俺は、「却下!」と言うだけで精一杯だった。
だが、この時の俺は知らなかった。
ラフレシアが俺に口づけてきたのを見ていた事を。
そしてそれを恋人同士ならば当然の合意の上での事だと思い込んでいると。
自己嫌悪に陥ったまま一夜が明け、合同訓練が始まったのだった。
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*いつもお読みいただきありがとうございます。
*お気に入り、しおり、エール等も本当にありがとうございます。
*思っていた以上に改稿する部分が多かったので、読んでいて???となった箇所についてはご指摘いただければ有難いです。
応援ありがとうございます!
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