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だったら私が貰います!婚約破棄からはじめた溺愛婚(その後)

4.飴と鞭は大事だが、塩より砂糖の増量望む

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「そういえば今日が顔合わせなんだっけ」
「えぇ!アドルフが面接してくれたから何も問題はない⋯と、思うわ」


婚約者候補筆頭という立場だったにも関わらず冷遇されていた過去。
ついでに最後色々やらかした事実も相まって、誰も応募してくれなかったらどうしようかと少し不安に思っていたのだが⋯

“流石公爵家、専属侍女を募集したら思った以上に応募があったのよねぇ”

応募者の中から、特に私に近いメイドであるクラリスとカトリーヌ、そして最終面接を執事長のアドルフが行い私の専属侍女が決まって。

そして今日が、専属侍女との顔合わせ当日。


「何か不安になってる?」
「不安⋯って訳ではないのだけれど」

“やっぱりどんな子が来るのかはドキドキするわよね⋯”

もちろん私は雇う側なのだから堂々としていればいい⋯というのはわかってるのだが。


「シエラなら仲良くなれるよ」
「⋯!ほ、本当にそう思う?」
「もちろん。だってシエラはこんなに魅力的だしね」

にこりと微笑んでくれたバルフにホッとする。
問題はないとわかっていても、仲良くなれるかは別問題。
どうせなら楽しく働いて欲しいと思っていて。

“バルフには何でもお見通しなのね”

そんな私の小さな心配を掬い上げてくれるこの優しさが堪らない。

そっと彼の手が私の頬を包むように撫でた事に気付いた私は、頬がじわりと熱くなるのを感じながら両目を閉じ――


「シエラ様~!起きてますぅ?」
「「!!」」

扉をノックされて私達は慌てて離れた。


“いつもいつもいいところで⋯!”

くぅっ、と思わず私は小さく唸った。


「じゃあ、執務に行ってくるね」
「うん、無理しないでね」


領地経営に何も問題なく、現状維持⋯とは言うものの業務の引き継ぎや覚えなくてはいけない事、やらなくてはならない事はもちろん多い。

慣れてしまえば落ち着くだろうが⋯まだ来たばかりでバタついている今、相変わらずバルフは遅い時間まで執務室に籠っていて。


“寂しくない訳じゃないけど⋯”


それでも頑張っているバルフを応援したい気持ちが勝っていた。

「それに何と言っても私は彼の妻だもの!」


夫を支えるのも癒すのも私だけの役目。
私はいつその時が来てもいいように、この自慢のおっぱいとこの家を守らなくてはならないのだから。



“それにはまず1つずつこなしていかなくちゃ”

ルビーの使い道もだが、まずは目下の顔合わせである。



「あれ、もしかしてお邪魔しました?」
「さぁ、どうかしらね」

なんて、言いながらバルフと入れ違いで入ってきたクラリス。

“最初が肝心よ!第一印象で全てを掴むー⋯”

意気込みながら、クラリスに続いて入室してきた女性を見て私は息を呑んだ。


「⋯なんて、綺麗なの⋯」

ほんのり青く輝くシルバーブロンドに、神聖な湖のような真っ青な瞳。

バルフの元婚約者であり、なんだかんだ今では友人⋯と少なくとも私は思っているキャサリンとはまた違った可愛らしさも持ち合わせたその美貌は儚く幻想的な妖精のようで――

そしてそんな妖精に見紛うほどの彼女は、やはり所作も美しく、サッとお辞儀し⋯



「セラフィーナ・シルヴァです。継母ざまぁに失敗して亡命してきました。匿ってくださる限り全力でお仕えしますのでよろしくお願いいたします」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんて???」


見た目通りの麗しい美声で、ちょっとすぐには理解出来ない挨拶を繰り出した。




「待って待って待って、クラリスクラリスクラリス?」
「はい?」
「ごめんちょっと私の専属侍女が濃すぎる気がするんだけれども⋯」
「そうですか?どちらかといえば薄幸の美女って感じじゃないです?」
「いやいやいやいや、薄幸の美女ざまぁしない、ざまぁしない!!」
「えぇえ⋯?」

“何故不満そうなの!!”

まるで私の言い分がわからない、という様子のクラリスに目眩がする。
色々ツッコミ所しかないが、それでもアドルフが最終的に採用したのだから能力はあるのだろう。

あるの、だろうが⋯ッ!!!


「継母ざまぁ?亡命?え、え?どうして私の専属侍女がそんな⋯?」
「でもシエラ様の要望全部当てはまってるしマナーは完璧ですし」
「口さえ開いてなかったらよね!?」


思わずキーキーと騒いだ私の前に、そっと紅茶が置かれる。
その甘い香りに少し落ち着きを取り戻した私は、今更ながらに領主代理夫人として振る舞うべくコホンと咳払いをして。


「⋯取り乱してしまったわね、ごめんなさ⋯⋯っ!?」

少しでも威厳を取り戻すべく優雅に紅茶を一口含み、その香りの良さに驚いた。

「クラリスが淹れてくれたのより美味しいわ!」
「シエラ様!?」
「光栄でございます」


“鼻に抜ける香りまで完璧だわ⋯、それに添えられてるのってオレンジジャムじゃない”

王都では紅茶にジャムを入れて飲んでいたが、王都より涼しいキーファノでは紅茶に混ぜず添えて出すのが基本。

“亡命⋯って言ってたから他国から来たんだと思うんだけれど”

もちろんキーファノと同じ紅茶とジャムの飲み方をする地域から来ただけなのかもしれないが、それでもこのマーテリルアの定番と言える王都流の飲み方ではなくキーファノという領地流の飲み方に合わせてくれていて。

更には定番のベリーやりんごではなく少し苦味のあるオレンジジャムというチョイス。


「私少しほろ苦い甘みのオレンジジャムが好きなのよね」
「それはよろしゅうございました」


偶然かもしれないし誰かに聞いたのかもしれないが、それでも初日から覚えてくれているなんて⋯と思うと少し胸が温かくなり⋯


「あ、違いますよ?ご夫婦が砂吐きそうなくらい甘ったるいので、一緒に飲む前提で苦めがいいって教えただけです」
「クラリス!!?」

あっは、と笑い飛ばされガクリと項垂れ――


「⋯ふっ」


それはほんの一瞬、少しだけ。

“⋯笑った?”


なんだかんだで緊張しどこか表情が強張っていたセラフィーナの頬が弛んだのを見て、私も釣られて頬が弛む。


「可愛いわ!もっといっぱい笑ってちょうだい。私、セラフィーナとも仲良くなりたいもの!」
「シエラ⋯様⋯」
「セラって呼んでもいいかしら?」

にこりと笑顔を向けてそう聞くと、少しだけ彼女の青い瞳が見開かれて。


「もちろんです」
「よろしくね、セラ」
「はい、シエラ様」


まだまだ聞かなくてはならないことはいっぱいあるのだが、それはひとまず置いておいて。


「ね、あとカップ2つある?折角だもの、一緒に飲みましょう」

私はこの麗しの専属侍女と仲良くなれそうな未来にわくわくするのだった。







「――って、締めるのはまだ早いから!ちょっとどれかは説明して貰うわよ!?」
「どれか⋯ですか」

庭園に移動した私達は、温室にあるガラステーブルを囲んでセラの淹れてくれた紅茶に舌鼓を打つ。


“流石に今日初対面だし、お家事情はタイミングを見て⋯よね?”


ならば聞きたい事は1つ。


「クラリス、セラって私の希望要望全クリアだったわよね」
「えぇ、そうですよ~!塩もバッチリです」
「それは私の希望じゃないわよッ!⋯って、そこじゃなくて。セラ、私ルビーでキーファノの新しい名物を作りたいの」


宝飾品でもいいし、他の物でもいい。
まだ何も始まっていないからこそ、新しいアイデアの欠片でも欲しくてそう尋ねる。

そんな私の真剣な思いが伝わったのか、真顔のセラがそっとカップを置き、すっと左手の親指と人差し指で円を作った。


「?」

“あれはお金のポーズ⋯?よくキャサリンがキーキー言いながらやってたポーズよね”

何故突然そのポーズなのか混乱する私に、今度はセラが右手の人差し指をピンッと立てて。


「シエラ様がまず作るのは名産ではありません、これです」
「!!!」


そのまま左手で作った円に右手の人差し指をズプッと突っ込んだ。


「なっ!?ちょ、せ、セラっ!?」

“そんなお上品な顔で何を⋯ッ”


そのあまりにも堂々としながらズポズポする指に赤くなるのは私だけ。
そんな理不尽な状況に震えていると、なんとクラリスまで頷きはじめて。


「まぁ、お世継ぎは欲しいですよねぇ」
「ちゃんと励まれてますか?」
「は、励まれ⋯っ」

“た、確かにまだこっちに来てからそういった行為はないけれど⋯!”

「で、でもバルフ忙しそうだし⋯っ!妻だもの、その辺は、その⋯っ、ちゃんと疲れてない時とかを狙ってるっていうか⋯!」
「逆です」
「ひぇっ!?」

キッと力を込めた視線を向けられ思わず怯む。
そんな私にお構い無しのセラは、どこか気合いを入れた様子で。


「疲れている時こそシエラ様のおっぱいで癒すべきです」
「癒す⋯」

“今がその時ー⋯?”

「私の専属侍女としての初仕事、ご期待ください」
「期待⋯っ、するわ⋯っ!」


気付けばその雰囲気にあっさり流された私は、自信がありそうなセラの様子と今晩の事を想像し、ごくりと唾を呑んだのだった。
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