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#033 白銀の少女①

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 俺は丁寧に十分ほどの時間をかけて、来海くるみに事情を説明した。
 
 投書の主を冷かす為に橋の下へと行ったが、そこに居たのは来海に惚れてしまった可哀想な男ではなく、白い幽霊を思わせる謎の少女だった。
 その少女は目の前で意識を失ってしまい、そこに置いて去る訳にもいかず、そのまま連れて帰って来た――と。

 これで分かってもらえるだろう。
 一息ついて顔を上げると、来海が口を開く。

「――そう。で、言い訳はそれだけ?」
「だから、違うって!」

 分かってもらえなかった。

「冗談よ。でも……そう、告白じゃなかったのね」
「まあ、そうだな。それっぽい奴は居なかった」

 来海は視線を眠る白銀の少女に移す。
 
「――その子が、白い幽霊の正体……?」
「いや、分からない。ただの俺の第一印象だ。でも、この前の話通り不審船の乗組員なんて元々居なくて、この迷子の少女が幽霊騒動の正体っていうも、 在り得る話だとは思う」
「でも、なら半月近くもずっと特区内を彷徨っていたって事にならない? そんな事ってあり得るのかしら……?」
 
 確かに、幽霊の噂は四月の頭から有った。
 だから海上抗争による不審船の漂着と時期が重なり、幽霊の正体は乗組員の解放戦線のメンバーなのではないかという話になったのだ。

 どちらにせよ、少女が目を覚ましてくれなければ話にならない。
 そう思っていた、丁度その時――、

「ん……、んぅ……?」

 ベッドの上で寝息を立てていた少女が小さく唸り、身動ぎ。
 そして、ゆっくりと瞼を上げた。
 
 瞼の奥には、青いガラス玉の様に綺麗な瞳。
 その瞳と、視線が合う。
 
「ええと、大丈夫か……?」

 なんと声を掛けて良いか分からず、そんな当たり障りのない言葉が口から漏れ出た。
 少女は首をこてんと傾げて、ゆっくりと身体を起こして、部屋を見回す。
 そして――、

 ――ぐうううぅぅぅ……。

 小さくか細い少女の身体から、大きな腹の音が鳴った。


「――はむっ! はふっ、はむっ……んぐんぐ」

 俺は家に有った物で簡単にオムライスを作って、目覚めた少女に振舞ってやった。
 グーの手でスプーンを握って、勢いよく口一杯に頬張っている。
 美味しそうに食べてくれていて、作った甲斐があったというものだ。
 
「もう、口いっぱいにケチャップ付いてるわよ。――うん、なかなか美味しいわね」

 来海がティッシュで少女の口元を拭ってやりつつ、自分の皿から一口。
 どうやら夕飯を食べていなかったらしく、二人分作らされてしまった。
 
 そんな並んで座り一緒に食事をする姉妹の様な二人を観察していて、改めて思う。

 ――白い、幽霊……。

 白銀色の髪、白い肌、白いワンピース、そんな全身白ずくめの中に輝く青い瞳。
 その容姿はこの世の者とは思えない神秘性すら感じさせ、ほっそりと華奢な身体も相まって、夜闇で視界に映れば幽霊だと誤認しても無理は無いだろう。
 
 何より、あの景色を歪ませていた謎のスキルだ。
 それによって、各務原かがみはらの瞬間移動やショッピングモールで相対した戦線メンバー江戸辰也えどたつやの透明化のスキルの様な挙動を見せ、忽然と現れ、そして消えるのだ。まさに幽霊の如く。

 しかし、実際に幽霊なんてオカルト的存在なはずもない。
 その証拠に、少女は口いっぱいにオムライスを頬張っていた。腹が減るのは生きている証だ。
 
 俺はそんな少女の口の中の物が無くなったのを見計らって、声を掛けてみる。

「ねえ、君。どうしてあんな所に居たの?」
「……?」

 少女は食事の手を止めて、こてんと小首を傾げる。

「ええと、名前は……?」
「ふるふる」

 首を横に振る。
 その様子を見て、来海も心配そうに声を掛ける。

「……あなた、自分の名前が分からないの?」
「こくこく」

 頷き肯定を示す。
 俺と来海は目を見合わせた。きっとその胸中は同じだっただろう。

 それからも、色々と聞いてみた。

「橋の下のやつって、君のスキルだよね?」
「……?」
「景色を歪めていたやつ、分からない?」
「こくこく」
「ええと、言葉は喋れる?」
「……うん」

 もしかしたら喋る事も出来ないかと心配したが、それは大丈夫な様。
 引っ込み思案で無口なのか、それとも――、

「他に、何か覚えてる事は? いつから迷子だとか、これまでどうしてたとか」
「……ふるふる」
「何も、覚えていないのか?」
「……うん。わから、ない」

 やはりそうだ。迷子の少女は完全に記憶喪失だ。
 
「うぅ……」

 自分が何も覚えていない、何も分からないという状況を改めて理解して急に不安になったのか、少女は青い瞳一杯に涙を溜めて俯いてしまった。

「ああ! ごめん! ほら、おかわりも有るから、一杯食べてくれ! なんならデザートも!」

 必死に宥めていれば、やがて少女は顔を上げて、

「……こくり」

 小さく頷いて、またオムライスを口に詰め込み始めた。
 ほっと胸を撫で下ろし、デザートの用意の為にキッチンへ。こんな事もあろうかと――という訳では無いが、趣味で作ったゼリーが冷蔵庫で冷えている。
 すると、来海も付いて来る。

「どうした、お前もデザートいるか?」
「違うわよ! ……いえ、やっぱり貰うわ。でも、そうじゃなくって!」
「分かってるって。あの子の話だろ」
「ええ。足も怪我していたし、記憶も無いみたいだし……かわいそう」

 小学生くらいの女の子が裸足で迷子になって、しかも記憶喪失。
 明らかにただ事ではないだろう。

「ともかく、明日、警察――は駄目か。なら、真白ましろ先生にでも相談してみるか。あの人なら、まあ大丈夫だろう」

 少なくとも少女は何らかのスキルを有している。
 普通の事件なら警察に任せるべきなのだろうが、超能力事件となればそうもいかない。
 記憶喪失やそういった事情も加味して、スキルホルダーである以上、結局これはS⁶シックスの管轄だ。
 
「そうね、あの先生は頼っても良いわ。どちらにせよ、私たちだけでは手に余りそうだもの。もちろん、S⁶シックスの方でもデータベースを洗って、入島記録や生徒名簿から特定してみるわ」
「ああ、頼んだ」
 
 その後、少女は余程腹を空かせていたのか、オムライスのおかわりに加えてゼリーを2個も平らげた。
 食後の食器を片していると、来海が声を掛けて来る。

「ねえ、桐祐きりゅう
「うん? どうした?」
「シャワー借りてもいいかしら?」
「ぶっ……」
 
 思わぬ台詞に、吹き出してしまった。

「何変な想像しているのよ、馬鹿ね。あの子を入れてあげるのよ」
「ああ、そういう……」

 確かに、裸足で外を歩き回っていて泥だらけ。
 服も汚れていて、そのままにしておく訳にはいかないだろう。
 
「じゃあ、任せる」
「ええ。それじゃあ、この子の着替え、何でも良いから適当に用意しておいて頂戴」
「……おう」

 来海はそのまま少女を連れて、風呂場へと行ってしまった。
 ――と思ったら、すぐに扉が少し開き、来海が顔を覗かせる。

「うん?」
「……覗かないでよ」

 そのまま、俺が答えを返す間もなくピシャリと閉められた。
 
 ……いや、覗かないぞ?
 そんな事をすれば、俺の命が無いであろう事は目に見えているのだから。
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