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ナイスパス!
しおりを挟む「ごめんなさい、私、サッカー部の秋斗クンが好きなの!」
言ってしまった。
荻野ゆいなは、頬を桜色の染めた。初めて自分の胸の内を他人に晒したのだった。
これでもう、後戻りは出来ないぞ、私!
ゆいなは、サッカー部キャプテン藤木秋斗の爽やかな横顔を心に浮かべながら、想いを伝えようと決心する。
ゆいなへの告白に失敗した相澤純平は、口をへの字に歪ませて、今にも泣き出しそうな顔をした。
「そっか、荻野さん、秋斗が好きだったんだ……。あの、実は俺もサッカー部で……」
「えっ、そうなの?」
う、うわぁ、やっちゃった。
気まずい雰囲気が流れる。
ゆいなは足元に視線を落とした。クラスメイトの純平に対して、運動が苦手そうだという印象以外は持っていなかったのだ。
まさかサッカー部だったとは……。そう言えば純平くんって、たまに秋斗クンと一緒にいたような……。
ゆいなは恐々と、上目遣いに純平を見上げる。
純平は、涙を必死に堪えるように眉を顰めて苦笑いした。
「じゃ、じゃあさ、荻野さん今度の試合見に来てよ! 秋斗がさ……、アイツって本当にかっこいいんだぜ、試合中」
「へ、へー、そうなんだ! 行っちゃおうかな? 純平くんも出るの?」
し、しまったぁ、聞かなきゃよかった。
ゆいなは言ってすぐに後悔した。純平が、秋斗と肩を並べて試合に出られるとは露程にも思っていなかったのだ。
だが、意外にも純平は、唇を震わせながら親指をグッと立てる。
「お、俺も、試合出ます!」
「えっ……? す、すごい! じゃあ、絶対に見に行かなきゃ! それじゃ、またね!」
ゆいなは、満面の作り笑いを浮かべて、逃げるようにその場を去った。
全国高校サッカー選手権、都大会予選。
相澤純平は、心此処にあらずといった表情でスパイクの紐を結んでいた。
「おい、純! 緊張してないか?」
キャプテンの藤木秋斗は、レギュラー陣に順番に声を掛けながら純平の隣にやって来た。
「ああ」
純平は、はあっとため息をついて気のない返事をした。
「どうした? まさか、まだ荻野さんに振られた事を気にしてるのか?」
「うるせーよ」
「そんなに気になるなら、試合の後でもう一度告白してみろよ」
「で、出来るか! お前の事が好きなんだよ、あの人は」
純平は紐を結ぶと立ち上がった。
今は試合に集中だ。今日は去年みたいな中途半端な試合には、絶対にしないぞ。
純平はその場で高く跳んで、足の調子を再確認した。
「純、決めろよ! 俺が絶対お前に繋ぐ!」
「おう」
「決めたら、荻野さんも絶対お前に惚れなおす!」
「うるせーよ!」
秋斗はニッと笑った。
コイツはほんと憎めないやつだな。
純平は苦笑いする。
都立東山高校の一回戦が始まろうとした。
荻野ゆいなは観客席の青いベンチから、藤木秋斗の短い髪をボーッと見つめた。隣ではクラスメイトの久保美樹と島原鈴香がきゃっきゃと騒いでいる。
試合開始のホイッスルが鳴り響く。フォワードのバックパスで、ボランチの秋斗にボールが渡った。ゆいなはギュッと手を握って、食い入るように秋斗のプレーを見つめる。
秋斗のロングパスが、右から敵陣に走る味方に繋がった。
「あれ!?」
ゆいなは思わず声を出した。右を走る小柄な男の子はクラスメイトの相澤純平だったのだ。
そう言えば、試合に出るって言ってたっけ?
ゆいなは、純平を振った時の事を思い出す。なんだか申し訳ないような居た堪れないような、複雑な気分になった。
純平は敵陣のコーナーまで走ると、敵のディフェンスを躱すようにクロスを上げる。しかし、ボールはゴールの外に大きく外れた。
「もー、何してるのよ……」
ゆいなはハラハラと、純平のプレーを見つめた。
純平にボールが渡るたびに、頼むから無理しないでと祈った。だが、ゆいなの心配をよそに、純平は上手だった。足もかなり速い。
前半終了間際、味方のロングパスが右ハーフの純平に渡った。純平は、敵のディフェンスを置き去りに敵陣を切り込むと、低いクロスを上げる。そのパスをダイレクトに、司令塔の秋斗がミドルシュートで決めた。
「きゃああああああああ」
ゆいなは隣の美樹と抱き合って歓声を上げた。秋斗のあまりのカッコ良さに気絶しそうになる。
「純平くんもナイスパス!」
サッカー観戦が趣味の鈴香は、純平の事も褒めた。
へぇ、今のってナイスパスなんだ。
ゆいなは少しだけ純平を見直した。
後半戦は荒れた。
東山高校が二点リードすると、相手の高校も一点返す。試合は常に一点差でもつれ、ゆいなは追い付かれやしないかと、ハラハラしながら試合を見つめた。
後半もあと僅かになった頃、とうとう東山高校は同点に追い付かれる。
「純!」
キャプテンの秋斗が叫んだ。右サイドにロングパスを送る。純平は走りながらそれをトラップすると、コーナーではなくゴールエリアに向かって走った。
敵のディフェンスを置き去りにする俊足。キーパーとの一対一になる。
決めて!
ゆいなは手を握りしめて祈った。
純平の蹴った弾丸シュートは、キーパーの伸ばす指の下をスッとすり抜けた。
「決めて!」
ゆいなは顔を赤くして叫んだ。
だがボールは、ゴールの外に僅かに逸れて、芝生の外に転がっていった。
その後、同点のまま試合が終わり、PK戦の末に都立東山高校の二回戦進出が決まった。
「やったぞ、純!」
「ああ……」
喜びを全身で表す秋斗とは対照的に、純平は複雑な気分だった。最後のシュートを外した時は、もう終わったと思った。
その後のPKでも外し、結局、未だに試合では無得点だった。
「二回戦進出おめでとー!」
応援に来ていたクラスメイトが集まってくる。その中に荻野ゆいなの姿もあった。
純平はサッと顔を下げると、他のレギュラー達の後ろに隠れる。
「ヘイ! 純平クン!」
可愛らしいゆいなの声が聞こえた気がした。
純平はそっと顔を上げると、ゆいなは純平に向かって、ほれっとペットボトルを投げた。順平は慌ててそれをキャッチする。
青いアクエリアスのラベルが水滴で光っていた。
「これ……?」
「おお、ナイスキャッチ、純平クン! 次は決めてよ!」
ゆいなはニッと笑ってピースすると、秋斗の元へ走っていった。
「ナ、ナイスパス!」
純平は冷たいペットボトルを両手で握って叫んだ。
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