上 下
12 / 54

12.

しおりを挟む
「いやホントすみません、仕事疲れですかね」

これ以上、気遣わせてはいけないと気付いて自分で涙を拭う。

「私もお風呂入ってきちゃいますね!」
「あ、ああ」

最大限に明るく言って立ち上がる。
魔王様はまだ少し心配そうな顔をしたまま私を見上げた。
上目遣いもあり得ないほどに可愛いしかっこいい。
こんな素晴らしい人が私ごときに神経をすり減らしている場合ではないなと改めて思う。

私は彼の役に立ちたいのだ。

「そうだ、お疲れでしょうからそこのベッド使って休んでくださいね」

そう決めたら自然と笑顔に戻って、さっきまで自分が腰掛けていたベッドをポフポフと叩いて示す。

寝るためだけの家だから家具は最低限だけど、ベッドだけは大きめのかなり良いモノを使っている。社畜生活でも体力を保つための秘訣だ。そのせいで余計に狭い部屋を圧迫しているのだけど、魔王様に勧めても恥ずかしくない程度の品質だと思う。
あいにく平日なので布団が干し立てじゃないのがとても申し訳ないけれど。

「電気はここで消せますので。もう暗くして大丈夫ですよ」

では、と会釈してドライヤーを手にスマートに退室する。
何か言いたげな視線だったけれど、振り切るようにして脱衣所へ向かった。

妙な態度を取って余計な心配をかけてしまった。
一人反省会をしながら来ていた服に手を掛ける。

そこでハタと気付いた。

換気扇を回しても湿った空気が漂っている。
そうだ、さっきまでここを魔王様が使ってたのだ。

思った瞬間、バクンと心臓が大きく脈を打った。

どうしよう、やばい。
無意味にソワソワし始めて、落ち着きたくて普段通りにしようと服を脱ぎ始める。
それから浴室に入った。

壁も床も使用後の痕跡そのままに水滴が残っている。

わぁ、なんてリアルな幻覚かしら。
私の脳味噌ってすごいなぁ。

現実逃避気味に必死に違うことを考えようとするけど無理だった。

だってさっきまでまおうさまがここで。

頭が上手く働いていない。

深呼吸のため、空気を胸いっぱいに吸い込もうとして思いとどまる。
これじゃ完全に変態だ。

頭に血が上って鼻血が出そうになったので慌てて頭を振る。
邪念を排除するために念仏のようなものを唱えながら冷たいシャワーを浴びた。

気分は滝行だ。
もしかしたら外に念仏もどきの声が聞こえているかもしれない。
不気味さ増し増しだけど我慢してもらうしかない。

知らない世界でやばい女としばらく暮らさなくてはならなくなってしまった魔王様の境遇を、心から可哀想だと思った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】偽物の聖女は辺境の地で愛を歌う

恋愛 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:419

僕と君しか知らない遠距離恋愛

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,975pt お気に入り:2

最初に私を蔑ろにしたのは殿下の方でしょう?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:17,916pt お気に入り:1,963

ある公爵令嬢の生涯

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:4,987pt お気に入り:16,125

【完結】断罪後の悪役令嬢は、精霊たちと生きていきます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:617pt お気に入り:4,037

処理中です...