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第六章

第五十九話 二人だけの帰り道

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「そろそろ帰ろうか」

 カフェラテのカップはすでに涸れているのに、女子トークにいまだに花を咲かせてる愛たちを見て、俺は店員さんの気持ちを代弁した。俺に関しても、そろそろ話題についていけなくなって、少し退屈している。

「いっきは黙ってて!」

「いや、さすがに飲み物も残ってないのに居座るのは少し気が引けるな」

「「「あっ!」」」

 芽依はまだしゃべり足りないという感じで俺に口を噤むことを強要してきた。でも、俺の指摘を受けて、芽依たちは一斉に声を発した。

 よかった。この状況が気まずいと思うのは俺だけじゃないみたい。

「帰ろう! 帰ろう!」

 芽依の豹変ぶりを見て、俺は若干女性不信に陥りそうになる。芽依って先の自分の発言を忘れたのかな。もしほんとにそうなら便利な頭としか言いようがない。

「そうだね、私もいつきくんと帰ろうかしら」

「「えっ?」」

 愛がそういうと、芽依と結月から驚きの声が漏れた。

「今日はお母さんにいっぱい邪魔されたから、いつきくんの家に泊まろうと思うわ~」

「また前みたいな女子会をやるの?」

 芽依がそう質問すると、愛は顔を横に振って否定してみせた。

「今日はいつきくんの部屋に泊まるの」

「えっ!」

 今回は俺が声をあげた。愛のいきなりの発言に俺は驚愕を禁じえなかった。

「いつきくんは続きしたくないの……?」

「うーん、ノーコメントで」

 愛がもじもじしながら俺に聞いてくると、俺は恥ずかしくなってごまかした。そして、芽依が愛の発言に食いついた。

「続きって……なんの続きなんだよ!」

「秘密かしら~」

「姫宮さん、私からも教えてほしい」

 珍しく、結月も反応した。二時間に及ぶ女子トークでわだかまりが少し解消されたのだろう。

「二人にはまだ早い話だわ」

「同い年じゃん!」

「そうだね、姫宮さんと年齢は変わらないと思うよ」

「彼氏できてから教えてあげるわ~」

 どうやら「魔王」は健在のようだ。「魔王」というより、「小悪魔」みたいだけどね。

「ううっ」

 芽依は悔しそうに、爪を噛んで、結月は虚ろな目で窓越しに店の外の眺めていた。どうやら、ダメージは小さくないようだ……

「というわけで、二人は先に帰っていいわ~ 私はいつきくんと少し寄り道をしてから帰るから」

「寄り道!? 帰る!?」

 芽依は愛の言葉に一々反応して、大声をあげた。

「有栖さん、ここは姫宮さんといつきくんの二人だけにしてあげよう? ねえ?」

 結月は芽依を宥めると、芽依は「う、うん、わかったよ!」って言いながら席を立った。

「罰として私と夢咲さんの分はいっきが出してね!」

「はいはい」

 俺はやれやれと頭を振った。もともとそうするつもりだったから。




 俺と愛の二人だけが残されると、緊張感とドキドキに押しつぶされそうになる。そういえば、俺は大好きな人と今、本物の恋人になったんだったな……

 そう思うと、俺はゴクリと喉を鳴らした。恥ずかしすぎる。カップルのみんなはこんなドキドキに耐えながら生きてるのか……そうだとしたら、ほんとにすごいと思う。

 愛と二人きりでいるだけで、まるで羞恥プレイみたいだ。愛には失礼かもだけど、こう表現するしか、今の俺の心情を言い表せない。それほど、心をまんべんなくまさぐられているみたいでくすぐったい。

 喫茶店を出ると、愛は俺の腕にしがみついた。

「いつきくんは続きしたくないのかなー」

 愛はまた意地悪なフラットな口調になった。俺に何を言わせたいの? いや、分かってるけど、そう簡単に口に出せるものじゃないぞ?

 こうなったら、俺も意地悪し返す。

「俺は別にいいんだけど~」

「なんでそんな強がりを言うのかなー」

「強がりじゃないよ? 俺は愛のことを大切にしたいし、だからまだ早いかなって。愛もそう思うでしょう?」

「うっ……私は乗り気じゃないけど、いつきくんも男の子だし、我慢させるのは悪いから、させてあげてもいいかなー」

「いや、俺に気を遣わないで? 恋人だから、あんまり気を遣うと他人みたいで寂しいよ~」

「そりゃ大事な人だから気を遣うよー」

「俺も愛が大事だから、無理させたくないんだ」

「無理じゃないかなー」

 気のせいか、俺のほうがやや優勢になってきたような気がする。

 愛は白いワンピースの上に、ピンク色の薄いカーディガンを羽織ってる。その顔は微かに赤くなっている。




 愛の家を出る前に、愛が着替えだしたから、俺は慌てて「外で待ってるね」と言ったけど、愛に拒否された。

「外にはお母さんがいるから、私は気にしないから部屋の中にいて?」

 俺は逆らえずにベッドに座ったまま視線を愛の反対側に向けると、愛は「選んで?」と言って俺の顎をつかんでぐいと自分のほうに向けさせた。

 ベッドの上にある下着の群れ。その中から俺の好きなやつを選んでと言ってきたのだ。拷問みたい……

 自分の性癖を知られてドン引きされたくないので、俺は手で半分の顔を隠しながら、白いブラとパンツを指差した。

「いつきくんのえっち~ 白いのが好きな男はだいたい変態だって聞いたことあるよ」

 それ、ほんとに誰がでちあげたんだよ! そいつのせいで、俺はいわれのない非難を受けた。

 そこから、愛はパジャマを勢いよく脱ぎ捨てた。そのあとのことは思い出すだけで穴に入りたくなる……




「もしかして、愛がしたいってこと?」

 俺は白々しく攻勢に転じた。それが予想以上に愛を狼狽えさせた。

「何を言ってるのかなー いつきくん相手にそんなことしたいと思わないかなー」

「俺のこと嫌いなんだ……」

「違う! 大好きだよ!」

 そう叫んだあとに、我に返ったのか、愛は照れたようにうつむいた。

「俺相手にはしたくないのだろう……?」

 俺は容赦なく、追撃をかけた。今の愛が可愛らしく、愛しすぎて、思わず意地悪がエスカレートしていく。多分、小学生が好きな女の子をいじめるのと、同じ感じだと思う。

「したくないけど、いつきくんが頼んできたら別にいいかなー 将来の旦那だし」

 最後の一言はフラットの口調ではなく、嬉しそうな感じがした。本丸攻めもいよいよ佳境になってきた。

「いずれ結婚するなら、俺は結婚式の夜でもいいよ?」

 この言葉がとどめを刺したのか、愛は恨めしそうに俺を見つめた。

「して! バカ!」

「はい」

 怒られた……でも、それがまた心地よい。俺は今世界中で一番幸せな人間なんじゃないかと思ってしまった。

 俺は必ず愛を幸せにする。そう誓った。

 夏の夕日に照らされながら、俺は愛と腕を組んで、少し寄り道をした……彼女のワンピースは少しオレンジ色に染まって、二人の影は一つとなって長く伸びていた。
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