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#26 ままならない心
しおりを挟む王都に着く頃には、もうすっかり日も暮れて、燃えたつようなオレンジ色の夕陽が遥か遠くに見える山の向うに沈みかけていた。
けれども門扉の奥に広がる王都の所々に設置されたアンティーク調のオシャレな外灯に灯りが灯されているお陰で、物寂しさは少しも感じられない。
それどころか街中ロマンチックな雰囲気が漂っている。
その情景に魅了されたように魅入っていると、広々とした門扉の前で馬がゆったりと立ち止まる。
すぐさま近寄ってきたひとりの守衛にレオンが通行証を掲示している間、もうひとりの守衛によって手荷物を改められた。
改めるといっても、危険な武器や王国で使用が禁じられている薬草なんかを所持していないか、口頭での確認だけだったので、魔法だとバレやしないかとヒヤヒヤしていた私が拍子抜けしてしまったほどだ。
まぁ、それだけ、この王国が平和だということだろう。
数分前まで一緒だったお婆さんのような、乞食がいるということは、貧富の差はあるのだろうが、元いた世界にもあったし、それはどの世界でも共通しているようだ。
王都を見下ろすようにそびえ立っている王城へと続いているらしい大通りを馬に跨がり進んでいると、私と同じように華やかなドレスに身を包んだ上品そうな貴人や貴婦人を乗せた見るからに豪奢な馬車が通り過ぎていく。
その傍らには、荷車を押したり、大きな荷物を背負ったりしている、地味な装いをした人々が行き交う姿が見て取れる。
たくさんの使用人たちを雇っているのだろう貴族であろう人たちと、それらに仕えているであろう平民と思われる人たち。
同じ人間なのに、生まれ育った環境が違っただけで、こうも違うのか。
住む世界が違えば、当然、価値観も考え方も違うだろう。
ましてや、異世界から召喚された私には、想像もつかないくらい、かけ離れているのかもしれない。
きっとそれは、私とレオンにもいえることだ。
いつしか感傷的になってしまっていた私は、
「お嬢様。この通り日も暮れましたし、約束の期限も明日までですし、薬草を届けるのは明日にして、このまま宿屋に参りましょうか?」
不意にそう進言してきたレオンの提案に、ビクッと肩を跳ね上げてしまった。
『宿屋』と耳にした途端過剰に意識してしまったせいだ。
ドキドキと駆け出してしまった鼓動を鎮めようとグッと手で胸元を抑えつつ、ゆっくりと背後に振り返ってみる。
すると不思議そうにこちらの様子を静かに窺ってくるレオンの綺麗なサファイアブルーの瞳が待っていて、またもやドキンと胸が高鳴ってしまう。
おそらく、顔だって紅く色づいてしまっているに違いない。
けれど都合のいいことに、靄がかかるようにうっすらと降り積むように迫ってきた宵闇が隠してくれていることだろう。
それをいいことに、私は、精一杯の明るい声を放つのだった。
このまま宿屋に向かったりしたら、狭い客室でレオンとふたりきりになってしまう。
そんなことになったら、意識しすぎて、心臓がもたないだろうし、間だってもちっこない。
心の準備のためにも、あともう少しだけでいいから時間が欲しい。
ただただその一心だった。
「だったら、まだ開いてるようだし、市井に行ってみたい」
けれどもレオンから返ってきた言葉に、私は落胆することとなる。
「……もう遅いですし、市井は明日に致しませんか?」
当然、快い返事が返ってくるものだと思い込んでいた私は、なんだか、自分の気持ちまで否定されてしまったように感じてしまう。
この気持ちが、我が儘だってことはよくわかっている。
これから先のことを思うと、踏み込むのが怖いという気持ちだって、今も変わらない。
でも、今こうしている間だけは……
レオンのことをこれ以上変に意識したりせずに、楽しい想い出でいっぱいにしたい。
そして、心の奥底では……
私のことだけを見ていて欲しい。私のことだけを考えていて欲しい。そう願ってしまう。
そんな想いに突き動かされて、聞き分けのない子供のようだなと思いつつも、そう聞き返さずにはいられなかった。
「え? どうして? まだあんなに賑わっているのに。どうしてダメなの?」
そんな私の様子に、一瞬、驚いたように、目を瞠ったレオンだったが、すぐに執事仕様の丁寧な口調で諭してくる。
「……それは。夜になると、酒に酔った輩がうろつくからですよ。そんなところに、大事なお嬢様をお連れするわけには参りませんので、宿に参りましょう。ね?」
いつもなら、きっと、『レオンのケチ。フンッ!』なんて、フェアリーのことを真似て悪態をつきつつも、レオンの言葉に従っていただろう。
けれど、どういうわけか、この時の私は、聞く耳など持ち合わせていないかのような有様だった。
「そんなの、レオンが傍についてくれてれば大丈夫だってば」
「そういうわけには参りませんよ」
「どうして? レオンは、なにがあっても私のことを護ってくれるんじゃなかったの? それとも、あれは口先だけのことだったの?」
「そんなことないよ。僕は何があってもノゾミのことを護ってみせるよ」
「だったらいいわよね?」
「否、でも……」
「もういい。ひとりで行くから」
「あっ、ちょっ……お嬢様、お待ちくださいッ!」
引き留めようとするレオンに対して、どうしても市井に行きたいとごねる私のことをなんとか説得しようとするレオン。
しばらくの間、市井に『行く』『行かない』の押し問答が繰り広げられていた。
やがて素に戻って、護るといいながらも、頑なな態度を貫こうとするレオンの態度に、だったら問題などないとばかりに、業を煮やし、馬から飛び降りてしまった私は、市井に向けて真っ直ぐに歩みを進めるのだった。
自分でもどうしてなのかは、さっぱりわからない。
けれどもきっと、レオンがどれだけ自分の我が儘を聞き入れてくれるか、知りたかったのだろうと思う。
レオンが私の気持ちを確かめるためにカマをかけたのと同じように、レオンの気持ちを確かめたかったのだろう。
本当に、同じ想いでいてくれているのかってことをーー。
そう遠くない別れの時が訪れてしまう、その前に。
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