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地下にある部屋

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 王宮でセレスタンが騒動を起こした翌日、ヨーク公爵家より先触れの使者が訪れた。
 
 国王が帰国する前に話し合いの場を設けたかった私は、訪問の日時をその日の晩に指定する。

「え? 本日の晩に……ですか?」

 普通なら翌日以降を指定するものだ。まさかの『当日中に訪問しろ』という指定を受けた公爵家の使者は驚いて目を丸くしている。

「ええ、早い方がいいのでね。その時間以外は受け付けないと伝えてちょうだい」

 王女からそう言われたのなら、使者は頷くしかない。
 公爵家もおそらく否やはないだろう。謝罪は早いほうがいい、きっと喜んで支度をするはずだ。

「さてと……夜までにとも話をつけておかないとね」

 この騒動の当事者であるもう一人へと会いに行くため私は自分の宮を出て、へと足を進めた。



 王宮の地下には閂のある部屋が存在する。

 部屋の中は狭くも客間のような造りとなっているが、外の扉にある閂からここは誰かを閉じ込めておくための場所だと分かる。そこは一般牢には入れられない貴族の罪人を収監する場所、いわゆる貴族牢だ。

 昨日からここに一人の罪人が収監されている。
 畏れ多くも王女の婚約者と通じていた不届き者、セレスタンの最愛の恋人であるアンヌマリーだ。

 あの日、セレスタンの暴走を目の当たりにしたアンヌマリーは、身の危険を感じて早々に王宮から逃げようとした。だが、そんな簡単に逃亡することなど不可能であり、呆気なく捕まりここに入れられたというわけだ。

 私は門の前にいる衛兵に、中にいる罪人と話がしたい旨を伝える。
 流石に罪人と王女を会わせることに難色を示した衛兵だが、命令だと言えば彼は渋々了承した。

「ただし危険ですので鉄格子越しにお話しください」

「鉄格子? そんなものがあるの……?」

 これは知らなかったのだが、扉を開けると入口に鉄格子がはめ込まれているらしい。
 二重で施錠されているあたりが一般牢よりも厳重だ。

 ここまで厳重な牢に閉じ込める必要はあったのだろうか……。
 政治犯や殺人犯ならまだ分かるのだが、中にいるのは男を寝取っただけのただの尻軽なのだが。

 衛兵が閂を開け、扉を開くと確かにそこには仰々しい鉄格子があった。
 アンヌマリーとの会話を聞かれると困ると思い、衛兵にしばらく下がるよう伝える。

 まだ罪が確定していないとはいえ、こんな場所に閉じ込められるような人間と王女を二人だけにするのは気が引けるのか、衛兵は大分渋った。だが王女の命には逆らえず、諦めたようにその場から立ち去っていく。

 すると、その鉄格子の向こうからバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。
 そちらを見ると草臥れた姿のアンヌマリーがこちらに向かってくる。

「姫様! 申し訳ございません! どうか、どうかお許しを……!!」

 私の姿を見るなりアンヌマリーはその場に額ずき許しを請い始めた。
 いきなりのことに私は驚いてその場に固まり、床に這いつくばる彼女をじっと見下ろす。

(あのプライドが高く身なりに気を付けていた彼女がこんなことをするなんて……)

 自分よりも格上の身分の女から婚約者を寝取り、優越感に浸るような屑なのに、額ずいて許しを請う姿に同情心が湧いてしまう。

 せめて『彼は私を選んだのよ! アンタは選ばれなかった惨めな女なの!』という略奪女にありがちな神経を逆なでするような発言をしてくれたのならよかったのに。

「貴女は自分が何をしたのか理解している?」

 私の言葉にアンヌマリーはビクッと体を震わせる。
 その反応に彼女は自分がしたことを今更ながら理解したんだなと思った。

「……わ、わたしは……畏れ多くも姫様の婚約者様と男女の関係を結んでしまいました。駄目だと分かっていながらも、好きだと思う気持ちが止められず……」

 まだ悲恋に酔っているな、と先ほどまで感じていた同情心が呆れて何処かに引っ込んだ。

 不貞をする奴にありがちだが、彼らはよく『駄目だと分かっていても~』という台詞を使う。
 だがそれに対して言いたい。

 本当は分かっていないだろう、と。

 前世でも不貞関係が白日の下に晒された場合は社会的に抹殺される。
 そしてこの時代では物理的に抹殺されることもある。

 それを全くといっていいほど分かっていないから、バレたときにこうやって焦るし、下手な言い訳を使うのだろう。

「駄目だと分かっていながら、と言うけど本当は分かっていないのでしょう? だって貴女死ぬかもしれないわよ? それともそれ覚悟でセレスタンと関係を持っていたの?」

 アンヌマリーは顔を上げて信じられないものを見るような目を向けた。

 その目を見て私は呆れてしまう。やっぱり駄目だと分かっていないんじゃないかと。

「そんな……どうか命だけはお助けください……!」

「あら、命を懸ける覚悟もなかったの? その程度だったなら最初からやらなきゃいいのに、馬鹿ね」

 私の突き放すような物言いにアンヌマリーは絶望の表情を浮かべた。
 そんな顔をされてももう同情心は湧かない。後先考えず馬鹿だな、としか思えない。

「だって……セレスタン様を一目見て恋に落ちてしまって……。彼も私に恋をしたって……真実の愛だって……」

「ふうん、なら綺麗な恋をしたままこの世を去ってもいいんじゃなくて? 真実の愛に殉じるなんて素敵だわ」

 とうとうアンヌマリーは目から大粒の涙を流し始めた。

 こういう場合に不貞をした奴は高い確率で”愛の尊さ”を語り始めるが、それを言ったところで何になるのだろう?

 だいたいの人が不愉快に思うだけなのに、それすら分からないのだろうか。

「嫌……。嫌です……私、死にたくない……助けてください」

 ぼろぼろと涙を流すアンヌマリーを可哀想だとは思えない。
 
 王女の婚約者だと知ってセレスタンと関係を持ったのはアンヌマリー自身だ。
 散々不貞を楽しみ、王女相手に優越感に浸っていておきながら、今更助けを求めるなんて図々しい。

 
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