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11、過去編6

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 学生生活も最後となる五年生になり、周りが就職に意識を向け始めても、ラシェルは相変わらず古代魔術文字に取り憑かれていた。

 まあ、彼女の場合は研究所一択なので迷いもないのだろう。そして、彼女はどうあっても確実に研究所行きだ。他で働けるとは思えない。

 この学校の生徒は、二ヶ月後の魔術師試験に受かれば、卒業時に魔術師の資格を得られ、必ずどこかには就職できる。
 試験に落ちれば、仮免許となり毎年行われる試験に合格するまで魔術師としての就職はできない。

 俺は試験に落ちる予定もないし、希望の就職先も決まっているので、ラシェルと同じくいつも通りに過ごしていた。
 

 そんな試験が近づいてきたある日、念の為彼女と試験のおさらいをしていたら、とんでもないことが発覚した。

「は?攻撃魔術が使えない?!なんでだ?!」
「去年、部屋で練習していてうっかり大事な本が燃えちゃって、それ以来使ってなかったら怖くて使えなくなってる・・・。」

 なんで、あの散らかった部屋で攻撃魔術を練習しようとか思うんだよ・・・。せめて、片付けてから練習しろよ。被害が出るの当然だろ?

 怒鳴りたい気持ちを抑え込んで、攻撃魔術を使う時は校舎内の個別の練習室を借りるか、外でやるように、努めて通常の声で言い聞かせる。

 それから二人で色々とやってみた。

 自分が魔獣に襲われる想定をするとか、燃えた模写本をもう一度買ってやるというご褒美で釣るとか、大事な本を没収するぞと脅してみるとか。
 どれも攻撃魔術は使えたのだが、試験に通るだけの威力が足りなかった。
 そして、状況は好転することなく試験当日になってしまった。

 俺は男女別の試験会場に行く前に、緊張で真っ青になっているラシェルを呼び出し、昨夜思いついたことを伝えて別れた。

 試験結果は会場別に、全員が終わり次第、その場で言い渡される。もちろん俺はトップで合格したが、彼女の結果が心配で、朝別れた場所のベンチに座って待っていた。

 待っている間に、どんどん胃が痛くなってくる。こんなことは初めてだ。自分のことならなんとでもできるが、人のテスト結果は祈る以外できることはない。

 本当に、ストレスで胃って痛くなるんだなあ。彼女といるといろんな体験ができるな・・・。などと現実逃避まで始めた俺の所に、いきなり彼女が降ってきた。

 他の人は知らないだろうが、彼女はものすごく慌てると時々転移場所がずれる。今回は初めて上にずれたらしい。危ないな・・・。

 両腕でその小さな身体を受け止めて、地面に下ろす。
彼女は礼を言って俺を見ると笑顔を咲かせた。

「ありがとう、ルキウスが『大事なものを守るつもりで攻撃魔術を使ってみろ』って言ってくれたおかげで合格できたよ!」

それを聞いた俺も破顔した。

「やったな!おめでとう!ところで、大事なものって何を考えたんだ?やっぱり本か?」

 今後の参考に軽く聞いたつもりの質問だったが、返ってきた答えに息が止まった。

「もう試験に受かるにはめちゃくちゃ大事なものを考えなきゃって思って、崩れかけの壁にある古代魔術文字とルキウスのこと考えたら、先生が驚くレベルで発動したわ。」

 俺は彼女のめちゃくちゃ大事なものに入っていたらしい。
 古代魔術文字以外はいないと思っていただけに、自分が入っていたことに驚くと同時に喜びがこみ上げてきた。
 言った本人は、自分の言葉がどれだけ破壊力を持っていたか、わかってないようだったが。

 嬉しさのあまり言葉が出てこない俺を、彼女は助言のお礼にケーキを奢るよ、と言って引きずって行った。


 卒業まであと一ヶ月というある日、俺は校長室へと呼び出された。担任やら見慣れた教師陣の顔も揃っている。

 何の尋問だ。

「ルキウス君、君の就職希望用紙を見たが、本気なのかね?君にはあちこちから、いや、考え得る全ての就職先からぜひ来てほしいという懇願が来ているのだが。」

 やっぱりその話か。来ると思っていたので、俺は冷静に校長の話を聞く。
 彼は薄くなりかけの頭を振って、さも俺が間違っているとでも言いたげに、説得にかかってくる。

「君は、最高位の城付き魔術師にもなれるし、身体を動かすことが好きなら、騎士団からも誘いが来ている。こないだ体験に行ったそうじゃないか。」

 確かに行った。だが、それはラシェルが読んでいた文献が剣術書で、剣の使い方を実際にやってみたいから騎士団に体験に行くと意気込むのを、無理やり代わって行ってきただけだ。

 あっという間に使えるようになった俺に、団長がぜひうちにと誘ってくれたが、断ったはずだ。
 俺は騎士になりたかったのではなく、ラシェルに剣術を間近で見せるためだけに、習いに行っただけだったから。
 それから、医者や地方の出城も勧められたが、俺は首を縦に振らなかった。
 説得に疲れてきた先生方は、絞り出すような声で俺に聞いてきた。

「どうしても君は、研究所を希望するというのか?唯一、君に誘いをかけてこなかった所を!なぜだ?!」

 ああ、研究所は俺のことはいらないのか。じゃあ、あとで俺を売り込みに行かねばならないな。

 少しがっかりした気持ちでそう考えながら、顔だけは笑顔で先生方に釘を刺しておく。

「俺の研究は、国のためになると思っています。それと、ラシェルさんが研究所に行くなら研究所を希望すると書いたはずですが。彼女がいないところで働くなら、全力でそこのお荷物になる自信があります。」

 俺の全力でお荷物になる、ということを想像したらしい先生方は青ざめた。
 そして、無念そうに俺の希望を了承してくれた。

 実際には、仕事をやらない俺を彼女が嫌いになったら困るから、彼女と違う職場になっても別に荷物になる気はないし、真面目に働くつもりだ。
 できたら同じ職場がいいなと思ったから、言ってみただけだ。

 なるようになれ、と校長室を出て廊下を歩いていると、直ぐの曲がり角で待っていたらしいラシェルに会った。

「ルキウス、校長先生の呼び出しは、何の用事だったの?」

 若干不安そうに聞いてくるラシェルを安心させるように微笑みながら、俺は端的に伝えた。

「うん、俺の就職先が研究所に決まりそうだということだったよ。」
「ええっ、いいなあ。私も早く決まったって連絡ないかなあ。」
「まあ、ラシェルは希望全部、研究所って書いて出したんだろ?大丈夫だよ。」
「でも、先生たちがあわないと判断したら、希望外のとこに割り振られるんでしょ。怖いな。」

 まあ、誰がどう考えても、ラシェルは研究所にしか向いていないと思うが、不安に思う気持ちはわかる。

「まあ、お前がどこに行こうと俺も一緒だから大丈夫だよ。安心しとけ。」
「え、今さっき、研究所に決まりそうって言ってたよね?」

 何わけのわからないことを言ってんだか、と言う彼女を見ながら俺はいつ、結婚を申し込もうかと考えていた。


 そして、その後遠回しに結婚を申し込んだ結果、大いに失敗し、我慢の同居生活を強いられることになるのだった。

■■

 今、思うに、この時期に好きだとか愛してるとかきっちりとした言葉で伝えていたら、今頃俺達は結婚してたんじゃないか。
 あれから今日までのことも、大事な思い出だから、過去に戻ってまでやり直す気はないが。

 今の俺が、彼女にはっきり伝えればいいだけなんだよな。

 同居生活が楽しすぎて、失敗したらこの関係が壊れるのが嫌で、ずるずるとここまできてしまったが、そろそろ俺も堂々と彼女に触れたくなってきた。
 あとはいつ言うか、だけなんだが、もう少し彼女の気持ちを探ってみてからにしようかな。

 これに関しては俺も大概、臆病だ。

 ルキウスは机仕事で固まった身体をほぐすべく、両手を上にあげて大きく伸びをした。
 ちらりと右斜め前の彼女の机を見ると、いつものように本と書類の山しかない。

 位置情報を発動させてみると、なんだか随分遠くにいる気配がする。

「やれやれ、俺のお姫様はまたどこへ行ってるわけ?」
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