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貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

グレイ・ルフナー(49)

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 馬車が停まり、僕は先に降りるとマリーをエスコートする。今か今かと待ちわびていたようなイエイツに、僕の婚約者だと紹介した。
 感動した様子のイエイツ。マリーは「今後ともよしなに」と綺麗な淑女の礼を取って挨拶をこなす。

 そんなやり取りの後、イエイツの先導で建物内に入り修道院室まで案内された。
 扉を開けるとそこには修道院長と修道士・修道女の統括を担っている二人の人物。僕も見知っている、エヴァン修道士とべリーチェ修道女だ。
 全員が立ち上がって僕達を迎え入れた。

 「聖女マリアージュ様、よくぞおいで下さいましたな」とにこやかなメンデル修道院長。マリーの希望通り、仰々しくしないために人数をギリギリまで絞ったらしい。
 べリーチェ修道女は興味深げに、しかしエヴァン修道士は胡散臭い物を見るような眼差しをマリーに向けていた。

 僕は内心穏やかじゃなかった。マリーを聖女に認定し、招いたのは修道院側なのに。修道院長はちゃんと言い含めなかったのだろうか。

 それを知ってか知らずか、マリーは挨拶がてら、聖女様と呼ぶのをやめて欲しいと言う。修道士エヴァンはやや態度が軟化したものの、マリーをまだ聖女とは認めないと言い放った。何てことを言うんだ。
 院長が窘めるも態度は変えるつもりはないらしい。僕も何か言ってやろうかと思った時、マリーが「お待ちください」と声を上げた。

 賢者や聖女は自分で名乗るものではない。人に無理に認めて貰うようなものでもない。その為した功績を見て、自ずと人々がそう思うようになるもの。

 確かに一理ある。僕の婚約者は聡明で思慮深い。しかしマリーがちゃんとそう表明したにも関わらず、エヴァン修道士はまだ疑念を持っているようだった。自分が功績を為す自信があるのかと喧嘩腰で物を言う。

 一方マリーは気にした様子も見せない。

 元々教会と関わる気は無かった、災厄の対応の為に聖女を引き受けた、それさえちゃんと出来れば聖女を辞そうかと思っていると淡々と述べた。
 そんな彼女の淡泊な反応が少々面白くなかったのだろう、尚も疑いを言い募ろうとしているエヴァン修道士。僕は流石にこれはと気色ばんだその時。何とイエイツが教えて欲しい事があると横やりを入れてきたのだ。
 イエイツ……出迎えてくれた時からうずうずしている様子だったけど、とうとう我慢が出来なくなったらしい。

 石頭呼ばわりされたエヴァン修道士は眉根を寄せていたが、とりあえず成り行きを見守る事にしたらしく口を噤んだ。
 イエイツはかねてからの疑問を口にする。マリーは事も無げにそれに答えた。

 「学者は間違っています。世界は太陽神を中心として動いておりますわ」

 きっぱりと言い切った彼女に僕は驚いた。皆一瞬驚愕の表情を浮かべる。
 イエイツは一番に我に返ると食い気味に身を乗り出し、あの最大の疑問――空を飛ぶ鳥が世界が動くのに取り残されてしまわない世界の謎――を問いかけた。
 僕は少し心配になってマリーを見詰める。心配する反面、でもマリーなら…という期待のような思いもあった。

 緊張の一瞬。

 案の定、流石はマリーというか。

 「それは慣性の法則によるものですわ」

 と、当たり前のように答えた。
 僕は驚愕する。まさか、本当に答えられるなんて!

 それからは、その場に居た全員の精神に怒涛の勢いで衝撃が走るような知識が披露されていった。
 マリーは具体的な例を出し、理路整然と説明をしていく。イエイツは更に、世界が丸いのに反対側はどうなっているのかと問いかける。

 「ああそれは、重力の存在によるものですわ。物体には元々、物を引き付ける力が存在しますの。私達はいわば、世界という物体に引き付けられているのです。
 物体が存在する事で、その空間が歪みます。分かりやすいように例えると――そうですね、粘土の板に大きな玉を押し付けたとしましょう。
 するとそこは歪む――つまり凹みますよね。小さなものを凹みの傍に置けば、そこに向かって落ちていく、つまり引き付けられますでしょう?
 全ての物体には物を引き付ける力が存在し、大きな物ほど引き付ける力がより強くなる――これを、『万有引力の法則』と申します。そして、世界が持つ引力を、『重力』と呼ぶんですの。私達は丸い世界の中心に向かって引き付けられている――世界のどこに居ても、世界の中心が下という事になるのですわ」

 万有引力、重力――明かされていく神の知識。メンデル修道院長とべリーチェ修道女が祈りの所作をする。
 イエイツの顔が輝いていくのとは裏腹に、エヴァン修道士の顔には驚愕と僅かな畏怖の色。

 信じられない、認めたくないという悪あがきなのか、エヴァン修道士は何故月が世界に落ちて来ないのかと問うた。何とそれにもマリーは造作も無く答えてのける。
 しかも、四季や月食・日食の仕組みまで追打ちとばかりに付け加えて。

 「あ…貴女様は……本当に?」

 エヴァン修道士の声は震え、畏怖に彩られていた。彼の負けだ。ここまで来れば認めざるを得ないだろう。

 それにしても、と思う。マリーに知らない事ってあるんだろうか。
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