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第四章 星の降る夜
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「藍!」
陽介が呼ぶと、ちら、と少しだけ藍は振り返るが、足を止めることなく狭い小路を駆けていく。
「おい、そんなに走ったら……!」
また倒れるんじゃないのかとはらはらする陽介は、ついに細い路地の端で藍の腕をつかんだ。
「待てってば」
肩で息をしながら、藍は陽介を振り返った。その肩が小さく震えている。陽介は、いつかの放課後、藍が近藤に問い詰められていたことを思い出してあわてて手を離した。
「ごめん。怖がらせるつもりはないんだ」
「うん……わかってる」
藍は、陽介に掴まれていた腕を、そっと反対の手で押さえた。
「痛かったか?」
藍は黙って首を振る。次にかける言葉を考えあぐねて、陽介も黙り込んだ。
大通りからずいぶん中に入ってしまったらしく、観光客はおろか地元の人影すらもない。
さやさやとした葉擦れの音だけが、二人の間に流れていた。
おびえたように体を丸くしてうつむく藍に、陽介は自嘲する。
「これじゃ、俺、藍にもっと嫌われちゃうな」
その言葉に、弾かれたように藍が顔をあげる。
「嫌ってなんか……!」
そこで言葉を止めて、藍は唇をかみしめた。
「嫌いになったから、ずっと俺から逃げてたの?」
静かな陽介の声に、藍がふるふると首をふる。
「なら、どうして……って、聞いてもいい?」
「だって……陽介君といると、私……止められなく、なっちゃいそうで……」
「止められない? 何が?」
「私、こんな気持ち、持っちゃいけないの。だめなの」
「どんな、気持ち?」
ぎゅ、と藍が目をつぶった。
「教えてよ」
「……私……今の、私が、誰かを……好きに、なんて……」
陽介が大きく目を見開いた。
「なんで、だめなの?」
「私は、私じゃないから……私は……偽物、だから……」
藍の言葉は、陽介には理解できなかった。ただ、苦しそうな藍を見ているのはつらかった。だから陽介は、自分にできる一番優しい声で藍に言う。
「俺にとって藍は藍だよ」
陽介を仰ぎ見た藍の顔が、くしゃりと歪んだ。
「違うの……私は違う……だめなの……」
「好きになってくれたら、俺は、嬉しい」
どこまでも柔らかい陽介の声に、藍は両手で自分の顔を覆ってしまう。
「俺のこと、好き?」
「だめ……」
「お兄ちゃん、よりも?」
「私……」
陽介は、嬉しそうに微笑みを浮かべた。
「好きだよ、藍」
その言葉に、藍はゆっくりと顔をあげた。濡れた瞳で陽介をみつめる。
「私……っ……私は……でも……」
「無理に答えようとしなくてもいいよ」
ぱくぱくと口を開けては閉じる藍の、頬に流れる涙を陽介は大きな手でそっとぬぐった。
「今は何か、藍の中でそう言えない事情があるんだろ? でも、いつか言えるようになったら、そうしたら、俺に伝えて。それまで、俺、いつまでも待つから」
濡れた藍の瞳を、陽介は見つめる。黒目がちの大きな瞳の中に、涙に揺れて陽介が映っている。
(ああ。こんなにきれいな星空は見たことない)
「そうしたら、二人で恋をしよう」
「恋……」
「うん。いつになっても、ずっと未来でも、どんな藍でも。俺の気持ちは変わらない」
は、と藍が息をのむ。
「俺が藍を好きで、藍も俺を好きって言ってくれたら、俺たちすごく幸せになれると思うよ。藍もそう思わない?」
涙の止まった藍は、しばらく逡巡したあと、こくり、とうなずいた。陽介は、それで満足だった。
「……あのね、私……」
ためらいながら藍が何か言いかけた時、背後に気配を感じて二人はびくりと振り返る。どうやら近所の人らしく、けげんな顔つきで二人を見ながら横を通り過ぎていった。
陽介が呼ぶと、ちら、と少しだけ藍は振り返るが、足を止めることなく狭い小路を駆けていく。
「おい、そんなに走ったら……!」
また倒れるんじゃないのかとはらはらする陽介は、ついに細い路地の端で藍の腕をつかんだ。
「待てってば」
肩で息をしながら、藍は陽介を振り返った。その肩が小さく震えている。陽介は、いつかの放課後、藍が近藤に問い詰められていたことを思い出してあわてて手を離した。
「ごめん。怖がらせるつもりはないんだ」
「うん……わかってる」
藍は、陽介に掴まれていた腕を、そっと反対の手で押さえた。
「痛かったか?」
藍は黙って首を振る。次にかける言葉を考えあぐねて、陽介も黙り込んだ。
大通りからずいぶん中に入ってしまったらしく、観光客はおろか地元の人影すらもない。
さやさやとした葉擦れの音だけが、二人の間に流れていた。
おびえたように体を丸くしてうつむく藍に、陽介は自嘲する。
「これじゃ、俺、藍にもっと嫌われちゃうな」
その言葉に、弾かれたように藍が顔をあげる。
「嫌ってなんか……!」
そこで言葉を止めて、藍は唇をかみしめた。
「嫌いになったから、ずっと俺から逃げてたの?」
静かな陽介の声に、藍がふるふると首をふる。
「なら、どうして……って、聞いてもいい?」
「だって……陽介君といると、私……止められなく、なっちゃいそうで……」
「止められない? 何が?」
「私、こんな気持ち、持っちゃいけないの。だめなの」
「どんな、気持ち?」
ぎゅ、と藍が目をつぶった。
「教えてよ」
「……私……今の、私が、誰かを……好きに、なんて……」
陽介が大きく目を見開いた。
「なんで、だめなの?」
「私は、私じゃないから……私は……偽物、だから……」
藍の言葉は、陽介には理解できなかった。ただ、苦しそうな藍を見ているのはつらかった。だから陽介は、自分にできる一番優しい声で藍に言う。
「俺にとって藍は藍だよ」
陽介を仰ぎ見た藍の顔が、くしゃりと歪んだ。
「違うの……私は違う……だめなの……」
「好きになってくれたら、俺は、嬉しい」
どこまでも柔らかい陽介の声に、藍は両手で自分の顔を覆ってしまう。
「俺のこと、好き?」
「だめ……」
「お兄ちゃん、よりも?」
「私……」
陽介は、嬉しそうに微笑みを浮かべた。
「好きだよ、藍」
その言葉に、藍はゆっくりと顔をあげた。濡れた瞳で陽介をみつめる。
「私……っ……私は……でも……」
「無理に答えようとしなくてもいいよ」
ぱくぱくと口を開けては閉じる藍の、頬に流れる涙を陽介は大きな手でそっとぬぐった。
「今は何か、藍の中でそう言えない事情があるんだろ? でも、いつか言えるようになったら、そうしたら、俺に伝えて。それまで、俺、いつまでも待つから」
濡れた藍の瞳を、陽介は見つめる。黒目がちの大きな瞳の中に、涙に揺れて陽介が映っている。
(ああ。こんなにきれいな星空は見たことない)
「そうしたら、二人で恋をしよう」
「恋……」
「うん。いつになっても、ずっと未来でも、どんな藍でも。俺の気持ちは変わらない」
は、と藍が息をのむ。
「俺が藍を好きで、藍も俺を好きって言ってくれたら、俺たちすごく幸せになれると思うよ。藍もそう思わない?」
涙の止まった藍は、しばらく逡巡したあと、こくり、とうなずいた。陽介は、それで満足だった。
「……あのね、私……」
ためらいながら藍が何か言いかけた時、背後に気配を感じて二人はびくりと振り返る。どうやら近所の人らしく、けげんな顔つきで二人を見ながら横を通り過ぎていった。
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