遥かな星のアドルフ

和紗かをる

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第2章「憲兵隊准尉の憂鬱」

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「だめ~?」
「はぁ、お前なに言ってるんだ?憲兵隊馬鹿にしてるのか?だってお前、なんで俺達がお前の指揮下に入ってって、そんな馬鹿なこと」
「む~、リッヒあれ!」
「仕方がありませんね、これじゃあオットー兵曹から武器を巻き上げた時と全く一緒じゃないですかアドルフ、もう少しやんわりとお願いすれば良いのに、さて准尉、ご自分でも確認されてると思いますが、今回の命令書、下段になんて記載されていましたか?」
「下段?確か・・・・・・」
 たしか下段の最後の方にはは陸軍のお偉いさんの名前が入っていたような・・・・・・。だがその事を言ってるんじゃないのは分かる。だったらその前の文章は何だったっけか?
「あっ」
「やっと気付いたのか准尉?」
 心の中で命令を再度確認してみる。 
発 ドイツ連邦 参謀本部 
 宛 ドイツ連邦 特殊士官養成機関 黒の家 司令官

 貴隊は速やかなる戦闘準備命令に従い、任地であるミュンヘンより南進、ハンガリー同盟サトゥ・マーレ要塞の視察及び監視。
 また、ハンガリー同盟の交戦意思の確認を行い、意思弱きと感ずればこれを誘引し、強気と見れば挫き、もって開戦の礎となるべし
 「貴隊は右に必要と判断する支援を受ける」
此の指導監督を担う憲兵二個小隊が追って派遣される。
以上
 ドイツ連邦 陸軍 総司令官 ルンテシュテット・フォン・ビスマーク大将
 
そう、この命令書は黒の家が求める装備、補給、支援、増援の一切合切を受けることが出来ると読み解くことが出来る。通常の軍隊であれば、それは自分達が訓練などで使っている装備の事を指すのであり、如何に同じ文章で命令が届いたとしても、いきなり隣の部隊の装備を奪ったり、兵士を引き抜いたりはしない。
常識的判断としてはだ。
「非常識?そうかも、でもさボク達別に死にたいわけじゃないし、命令は遵守するよ、別に軍人になった覚えは無いけど、確かにボク達は黒の家を使って生活していたし、その代償で行けって言うならボク達なりに行くだけだよ」
「そうか、で、俺を招き入れて指揮系統はどうするつもりだ?階級はどうする?」
 ユリウスは憲兵隊准尉、通常の陸軍の階級は当てはまらないが、それでも士官であることには代わりが無い。この若年層だらけの黒の家にあって、最上級者であるとユリウスは思っていた。
「えっとね、ボクの階級ってなんだっけリッヒ?」
「いい加減にしましょうアドルフ、本当に今回の件で覚えてることってどれだけあるんですか?」
「だって階級なんか別にお飾りだしって言ったのリッヒじゃん、大事なところは別に有るのは知ってるし、そっちは大丈夫だよ、ばっちり」
「はぁ~でしたらかまいませんけど、それでアドルフ、あなたの階級は少佐です、少佐、覚えておいてください」
「おいおい、なんでも有って、そこまでかよ?幾らなんでもそれはどうかと思うぜ?」
 アドルフの年齢で少佐なんて、この世界どれだけ探してもありえない。王侯貴族の子弟だって今は少尉から始めるのが普通だ。十五歳の少佐なんて同じ少佐階級の人間が聞いたら笑い者にするしか自分の矜持を保てないだろう
「いいえ真実です、通常士官学校の教官や校長、つまりその責任を負う立場にある人間は軍隊の階級を持ちません、しかしながら、先の大戦では士官学校の教官職、校長職も戦場に借り出されました、その際の階級は校長は中佐、教官は大尉となっています、慣例としてこの黒の家も命令が発せられているので、その代表者の階級を参謀本部に、ミュンヘン警護部隊を通して問い合わせを行ったところ、慣例に従うべしとの返答を得ています」
 それは事実だ。ザルツブルグの士官学校の校長が生徒と共に出陣、ハンガリー同盟の頭を抑え込んだバルトネー高原防御戦は大戦史でも語られている事実で、ザルツブルグ士官学校校長だったエンデ・ロイドマンは中佐として指揮をしていた。
 他の実例はキール軍港で聞いた、教官部隊の悲劇も、闇夜に出撃し、かえらぬ兵士となった教官たちの階級は大尉だ。
「逃げ道は無いってことか」
「ええ、その通り准尉、今この場であなた方、武装憲兵隊は黒の家旅団の一員です」
「よろしく、准尉!」
 満面の笑顔を見ながら、この顔をもう少し見たいだなんて事、思わなければ今頃はミント少尉の下へと帰還していたのだろうか?
 いや、あの時、即座に帰還しようとしても、それさえもこの小憎らしい少年少女は読んで手を打っただろう。
 
 あの出会いから、数週間の日が過ぎていた。
 とっくにハンガリー方面へ進出するだろうと考えていたのだが、いまだに少年少女たちが呼号する「黒の家旅団」はミュンヘン郊外からそれほど離れていない。
ただ、黒の家から出陣はして居る。オート自転車で半日もかからない場所に野営しているだけだが。
「これはあれだよな、つまりは参謀本部の命令どおりに出陣しました、ですが作戦の期限が無かったので、向かっておりますがまだ到着しておりませんって事だよな」
 野営の際のユリウスのテントは、当初は武装憲兵小隊の部下達と同じだったが、今部下達はそれぞれに少年少女の部下を持ち、軍隊での生活や訓練の面倒を見ている。
 その為、ユリウスのテントの中には彼に割り当てられた六名の少年少女が一緒に住んでおり、なんの偶然かその子供達は、あの中庭で洗濯物を扱って居た子達だった。
 彼女や幼児に軍隊生活を教えることに意味が感じられなかったユリウスは、彼女達には黒の家に居たとき同様に炊事洗濯、更には馬の世話を任せている。それだけで充分で、ユリウスは彼女達にそれ以上を教えるつもりは無かった。
 戦争なんて知らなければ知らないほうが幸せだ。たとえそれが大人の勝手な判断だとしても、実際に大戦時、上等兵として戦争に参加したユリウスはそう思っている。
「また独り言?悲しいわね准尉殿?それじゃあいつまでたってもこの旅団から逃げられないわよ?」
「うるさいです少尉様、憲兵隊司令部からの出向の形を作ってから派遣されてきやがった、身内騙しました的な士官様は、早くベルリンでも何処でも帰りやがったら宜しいじゃないですか?」
「何よ、人が心配してわざわざ来たのにその言い草は、憲兵隊司令部だってあんた一人くらい居なくなったって気にも留めないわよ」
「んだと~」
「なぁリッヒ、リッヒ、ハインリッヒ、これは、憲兵隊司令部は心配していないけど、私は心配だからわざわざ来たのに、なんで憎まれ口をたたくんだろう?っていう痴話喧嘩みたいなのかな?」
「ですねアドルフ、痴話喧嘩は何種だって相手にしたくないもの、放置してさっさと大砲訓練に向かいましょう、あっちで憲兵の教官が待ってますし」
「ちょっ、おい、待てよ」
「ん~なんだ准尉?ボクはかまわないから、少しぐらいなら、いちゃいちゃしてて良いぞ?せっかくベルリンから補給物資を届けてくれたんだしね~」
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