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第十七章 無間地獄と天上世界
挿し絵ひとつない便箋を前に
しおりを挟む取り留めなく浮かぶ思い、今の私を感じる侭に伝えたい。
可能なら晋人さんの元を訪れて、無理なら電話越しにでもよい。
直接、言葉を交わしたい。
そう考えるのだが、病院に入院療養する身。 会いに走ってゆける訳も無い。
電話を掛けたとしても知っているのは個人のものではなく、教会の信者用相談窓口の番号。 取り次いで貰えても長くは話せない。
致し方なく手紙への返事として、認したためることにした。
病室の担当看護婦に売店で便箋を買ってきて貰い、これに向かうが時候の挨拶以降、先に進めない。
文字にしようとすると浮かぶ事柄があからさま過ぎて、羞恥に耐えなく、手を止めててしまう。
彼の手紙に書かれてあった全てに納得し、感謝し、感激の元に了承し、その様にお願いすることと、入院中であるが心配は無用である説明を、無難な言葉を選び連ね、漸く書き終え封筒に折り入れ、先の看護婦に彼女が好きだと言っていたブランドの小物を差し上げて、この封書を速達で出して来るよう頼んだ。
あれだけ寮母に懇願したにも関わらず、翌日から毎日、《父》から病棟への電話があった。
安静する様に、との医師からの指導で出ないで済ましていたのだが、三日目にはそれも出来ず、渋々の電話口で『暑さに負け体調が弱っていたところに、外食で食あたりをしたのが原因』とだけ云った。
『食事を安っぽい所で済ませているのだろう、馬鹿者』と罵られたが、『支払いは全て家に回すよう手配するので充分な治療をしろ。当分は大学以外への外出は禁ずることを寮母に伝えて於いた』と聞き、安堵する。
(晋人さんとの事は何も気付かれていない)
寮に入ってから今日迄、家へ連れ戻される不安のみに怯えて来たのだが、今心配なのは《あの人》が彼とのことを知り、何等かの禍いに為りはしないか、であった。
自分から去り、幸せに成ろうとする私を《あの人》が許す道理は無く、手を貸す者を遠ざけるに違いない。 どの様な方法も使って。
少なくとも、生神女進堂祭を迎えるその日までは、知られてはいけない。
それから先は、晋人さんと彼の神が守ってくれるのだ。
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