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「僕だって、今のこの世界の在り方は知っているさ。魔術師の扱いだって。熟知しているとも。だけどね――同時に、この世界の優しさも……排他するだけが人間ではないという事実も――知っているつもりだよ」

 ふと、ミサはアンナのことを思い出す。
 ミサ達のことなどなにも知らないはずなのに、それでも彼女はなにも訊かずに宿を提供し、ミサに大切なネックレスまで譲ってくれた。

 もちろん、この世界の人間の中にはミサに乱暴をしようとした者もいる。
 平気で嘘をつく人間も、他人を傷付けてもなんとも思わない人間もいることだろう。

 しかし、それだけではない。
 そんな人間ばかりでは、ないのだ。

 ミサはこの世界に来たばかりなため、魔術師が実際にどんな目で見られているのか、陰でどんなことを言われているのかも知らない。

 それでも、そんな人間ばかりでないことも知っている。
 他でもないアンナが、それを教えてくれたのだ。
 メルウィンはザルフィナに続けて語る。

「もっとも、順調にうまくいく保証なんて全然ないし、むしろ乗り越えなくてはならない問題なんて山積みなんだけど。

 でも、少しずつ時間を掛けて変えていかないと、きっと摩擦が生じるだろう。そうなれば、いっそう問題がこじれる可能性もある。それは、君も望まないだろう?」

「……それは、そうですが……」

 答えて、ザルフィナは考え込む仕草を見せた、
 メルウィンは付け加える。

「ま、今すぐに結論を出せなんて言わないさ。これまで君が懊悩してきた時間も、きっと長く重いものなのだろうしね。ただ、ゆっくりと世界を変えていくことに関して僕は乗り気だから、それだけは覚えていておくれよ」

 師匠の話を聞き終えた弟子が、しみじみとした口調で言った。

「……ずいぶんと真っ当なことを言うんだな。これまでの自分の人間性がどれほど底辺だったのかを、今更ながらに自覚したのか?」
「あのねぇ、僕にだってまだ綺麗な心は残っているんだよ」

「あんたと旅をして長いが、師匠の心が綺麗だなんて感じた瞬間はこれまでに一度としてないぞ」

「なんでそんな酷いこと言うのぉ。よ~く思い出して。優しい師匠だなって感じた瞬間はあるはずだよ。記憶を抹消しないで」
「すまんが、どれだけ思い出そうとしても、金と女にだらしない記憶しか甦ってはこない」

 そこで、ザルフィナもぽろりと零した。

「そういえば、私の城からも金品を盗み出したのでしたね」
「あ~、そういうのは思い出さなくていい。この話はもうやめよう」

 自らの手で耳を塞ぎながら、メルウィンは述べる。どうやら、藪をつついて蛇を出してしまったらしかった。


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