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「……は?」

 発光する魔法陣を前に、彩香は唖然とした。なにかの見間違いかと思った。
 しかし、魔法陣は光を放つのみならず、今度は煙まで吐き出し始める。これにはさすがに彩香もあわてた。

「えっ、ちょっ、なっ、なっ、なになに!」

 煙幕の向こうから、知らない声が響いてくる。

「――呼んだかーい」

 それは、非日常的な状況にそぐわない、いたく気の抜けた声音だった。
 視野を覆う煙が徐々に薄れ、その先に、彩香は声の主の姿を見る。

 ――テーブルの上に、見知らぬ男性がひとり座っていた。

 見た目は四十代の半ばほどだろうか。いや、それよりも気になるのは、男の背中から伸びているものだった。
 男性の背後にあったのは、大きなコウモリの翼のような、なにかである。

 もちろん、本物のはずはない。そうは考えるものの、現状の非現実さを前にして、軽率に「作り物である」と決めつけてよいものか。
 彩香は迷った。というより、混乱した。今の状況に、頭がまるでついていかない。

 呆然としている彩香をよそに、目の前の男性は平然と話し始める。

「おやおや、君がおじさんを呼び出したのかい? 可愛らしいお嬢さんじゃないか。嬉しいねぇ。最近はジジイに呼び出されてばっかだったから、なおさら有難い思いがするよ」

 ひたいを押さえて混乱による頭痛に耐えながら、彩香は尋ねた。

「なっ……え……? ど、ど、どちらさん……?」
「おいおい、呼んでおいてそれはないだろう。だが、自己紹介は大切だな。互いの第一印象は自己紹介から始まると言っても過言じゃない」

 男はテーブルからおりると、自身の胸に手をやりつつ述べる。

「俺はローランド。改めて伝える必要もないとは思うが、悪魔だ。もっとも、そこまで位の高い悪魔じゃないけどな」
「……あ……悪魔……」

 相手の言葉を繰り返してみたものの、少しもピンとこなかった。
 男性――ローランドは、腕を組む。

「おう。お嬢さん可愛いから、おじさんサービスしちゃうよ。だれ殺す? なんにん殺す? 末代まで祟る? それとも、あえて生かして苦しめ続ける?」
「ま、待って待って……え……?」

 脳が現状の理解を拒絶していたが、拒んだからといって事態が改善するわけでもないだろう。

 彩香は考えた。理解を拒む頭をなんとか動かして、とにかく考えた。
 そうして、震える指先を目の前の男に向ける。

「……悪魔……?」
「悪魔」

 彩香の問いにローランドは頷き、言葉を繰り返した。

「ど、どっから入ってきたの?」
「どっからって、君が描いたこの魔法陣からだよ。ちょっといびつな魔法陣だけどな」

 彼は魔法陣が描かれた紙をつまみ上げ、ぴらぴらと揺らした。

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