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しおりを挟む「こういうのもあるんだ。やっぱり皆、上司にストレス感じてんだなー」
言って、彩香は衣服の両袖をめくり上げる。
「よし。んじゃ私も、上司を軽く呪ってストレス発散しようかな。えーと、必要なものは……紙と墨……墨はないから、アイライナーとかでいいか。……うわ、魔法陣なんて描かなきゃいけないんだ。めんどくさいな。……まぁ、多少ゆがんでもお遊びだし、いっか」
彩香はさっそく、少々ちらかったテーブルの周辺から目的のものを探し出す。
「紙……紙……使い終わった書類でもいいかな……どうせあとでシュレッダーに掛けるし……。えー、アイライナー……アイライナー……」
ポーチからアイライナーを出した彩香は、テーブルに広げた書類の裏面に魔法陣を描き始めた。
見本が描かれている雑誌のページと睨めっこをしながら、こんなふうに絵を描き移す作業なんて子供の頃以来だと、妙になつかしくなる。
「……魔法陣って、難しいな。……こんな感じ? っつーか、この蛇がのたくったような文字、なによ」
ひとりごとを呟きつつ、彩香は書類の裏面を曲線で埋めていった。ところどころは適当なのだが、幼い頃のお絵描きを思い出して、不思議に楽しい。
そんな感情が理由だろうか。魔法陣を描き終えた彩香の唇には自然と笑みがうかんでいるのであった。
「……よし、描けた。次は……呪文? 呪文とかいるの? もはやファッション雑誌でやる企画じゃなくない?」
誰に言うともなくそんなことを言いながら、彩香はこれまた雑誌に記されていた呪文を目で追いつつ声に出す。
慣れない魔法陣の描写に、慣れない呪文の音読。それらの内容に反して楽しみを見出してしまったのは、きっと新鮮な体験が子供心を呼び起こしたからだろう。
大人になってからはすっかり「常識」や「理性」の下に押し込められてしまっていた、幼くも無垢な心というやつを。
ふふ――と、彩香は思わず笑った。
「なんか、ちょっと本格的かも。オカルト的なものが好きなひとの気持ちも、わかんなくもないかもしんない」
彩香はパチンと音をたてて、両の掌を打ち合わせる。スタイルとしては完全に神社に参拝する者のそれであったが、他に頼み事をするポーズが思いつかなかった。
「悪魔さん悪魔さん、どうかカタクラさんに風邪をひかせて仕事を休ませてやってください。……なーんて」
そう、それは間違いなく、そこで完結するお遊びのはずだった。彩香のストレスが適度に発散され、そうして明日からの彩香の背中を軽く押す、ただの遊び。
それを抜きにしたところで、誰が素直に信じるだろうか。
呪文を唱え終えた直後に、適当に描いた魔法陣が光を放ち始めたなどと。
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